長編小説[第11話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン
責任の行方
静けさの広がる真っ白な会議室。私、渚さん、導さんの3人だけが、一列目中央に置かれた長机を挟んで向かい合い、パイプ椅子に腰掛けている。
張り詰めた空気の中で、導さんは重い口を開いた。
「まず勘違いしてほしくないのが、彩芽ちゃんの件と今回のSNS用の広告動画制作は、全くの別物だということ。それを踏まえた上で、話を聞かせてもらおうか。」
導さんが私達の目を見て、神妙に、そして慎重に、話を切り出した。
渚さんは何かを考えた後、低い声でゆっくりと話し始める。
「別物だとは思いません。だからこそ、同じ過ちを繰り返すべきではないと思う。それと、星光(あかり)ちゃんの名前が推薦されていますが、私はその事に関しても異議があります。」
「星光ちゃん、ちょっとお使いをお願いしてもいいかな?下の自販機で、みんな分のコーヒーを買ってきて欲しいんだ。」
導さんは私に自分の財布を預けると、渚さんに向き直った。きっと、少し席を外して欲しかったんだと思う。
私は目だけで渚さんを応援して、それからそっと、会議室の扉を閉めた。
戻った私はコーヒーを3つ抱えたまま、会議室の扉を開けようとしていた。
取手に手をかけたその刹那、部屋の向こうから、机が床を引っ掻くような、不快な音が鳴り響いた。
恐るおそる会議室の扉を開ける。
ひっくり返ったパイプ椅子。張り詰めた空気。
導さんの首元に掴みかかる渚さん。
顔色を変えずに渚さんの顔を見据える導さん。
「自分が何を言ったのか理解できてますか?」
ボソボソと暗い声音で言葉を発する渚さんの瞳孔が開いている。
一瞬何が起きているのか理解が追いつかなかった。
急いでコーヒーを机に置き、渚さんの手を払う。
導さんと渚さんを離しながら叫ぶように声を発した。
「手出しちゃダメです。話し合いをしましょう、ね。」
椅子に座り直した渚さんは、どこか投げやりな視線を向けながら、再び導さんに話し始めた。
「彩芽の死が自己責任って、どういう事ですか?」
「言葉の通りだよ。」導さんは偽りの落ち着きを貼り付けながらそう返す。
一拍置いて、導さんが続ける。
「彩芽ちゃんには仲間がいた。周りはできる限り、彼女のサポートをしようとしていた。メンタルが不安定な事も、無理しがちな性格な事も、僕らのチームの面々はちゃんと理解していたんだ。その上で、死を選んだのは彼女自身だ。それ以上でも、以下でもない。」
「それでも、もっと、やれる事はあったでしょう。」
「僕らはあくまでビジネスチームだ。もちろん人を育てる役割も担っているが、ここは成果主義の世界だ。事情はともあれ、彩芽ちゃんだけを特別扱いする事はできない。」
「・・・友人として、一人間として、見ていなかったってこと?」
渚さんの口調が尖る。
導さんはおもむろにコーヒーを手に取ると、少し考えたようにそれを眺めて、それから私に話を振った。
「星光ちゃん、BBQみたいなチームのレクリエーションが、なぜ必要か分かるかい?」
「えっと、仲が良い方が、みんながラフに話せる環境の方が、仕事がしやすいから・・・?」
コーヒーを2つ手に取り、一つを渚さんに、もう一つを導さんにそっと渡しながら、そう返した。
「その通り。もちろんそれだけではないよ。モチベーションの維持、息抜き、帰属意識、いろんな効果がある。だが、その本質は、健全なビジネスチームの存続の為にあるんだ。」
導さんは改めて私達に向き直り、はっきりと言葉を続けた。
「僕らの活動はあくまでビジネス。仲良しごっこじゃないんだよ。」
私は自分の中の正解を探して、言語化しようと頑張った。だけど、言葉は見つからなかった。きっと渚さんも、そうだったに違いない。
「冷たいですね。」
渚さんが、なけなしの心を振り絞って導へ言葉を投げ飛ばす。
導さんは言葉を返さない。
放り出された言霊と沈黙だけが、いつまでも会議室の中に漂っていた。
「SNS広告動画の件、君達の推薦は取り下げておくよ。これで話しは全てかな?」
渚さんは導さんと、目を合わせようとしなかった。
代わりに私が頷いて、導さんへ返事をする。
導さんはゆっくりと立ち上がると、後ろ手に静かに扉を閉め、会議室を後にした。
残された私達は、まるで磁石の力に抗えない鉄石のように、いつまでも椅子から立ち上がれずにいた。
渚さんの指がコーヒーの缶を引っ掻くように握り、缶は今にも形を変えようとしていた。
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