長編小説[第18話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

旧友の語便り
 「寒いですね・・・。」
「そりゃそうでしょう。もう秋だよ、その格好は舐めてると思う。」
「アハハ。」
薄手の七分袖Tシャツに夏仕様のロングスカートを身に纏(まと)っていた私、星光に、渚さんは呆れた顔で突っ込んだ。
 私達は秋晴れの空の下、ゆっくりと河川敷を歩いていた。
 穏やかな空気の中に、時折り思い出したかのような木枯らしが通り過ぎていく。その度に私は渚さんに抱きついて「寒い」と言い放ち、渚さんはそんな私をヨシヨシしながら、ニット地で私の腕をさすった。

 曲がり角を通り過ぎると、遠くから誰かが大きく手を振りながらコチラに近づいてくるのが見えた。
 渚さんは首を傾(かし)げている。
「誰だろう?」
「うーん、ちょっと見覚えがあるかもです・・・。」

 私と同年代くらいの細身の女性。フワフワとしたマスコットみたいなその出で立ちを見てピンときた。リゾバ時代に一緒だった珠(すず)だ!
 彼女の肩から下げられたカバンには、スズメのようなキャラが団子を持った、『大正レトロ』なストラップがぶら下げられている。

 「星光ー、ひさしぶりー!」
「うわぁー珠だぁ元気にしてたー!?」
落ち合った私達はお互いの肩を叩き、懐かしのストラップを見せ合いながらはしゃいでいた。
 「喫茶店、寄ってく?」
渚さんが気を利かせて声を掛けてくれた。それから私達3人は、近くの喫茶店に向かって行った。

 クリームソーダとコーヒーフロート、ホットコーヒーがテーブルの上に並べられた。私達はリゾートバイトを終えた後の、珠の近況の話で盛り上がっていた。

 「それでちょっと足を伸ばして名取まで遊びに来てて。」珠が照れながら話す。
「うわぁ、じゃあ今日会ったのって本当まぐれだったんだ!ちょっと鳥肌だね!」私も興奮しながら口を挟んだ。

 「いやぁ、私の方も色々あってね・・・。」
シェアハウスの事、職場の事、怪しい占い師、それからネクプロでの日常の事、私はこれまであったいろんな出来事を、かい摘みながら珠に話した。
 渚さんは終始2人の会話に頷きながら、聞き役に徹していた。

 「ネクプロ青葉の彩芽さん・・・?」
名前を聞いた珠が少し考え込んだ後、私達に向き直ってもう一度口を開いた。
「もし人違いだったら申し訳ないんだけどね、私の友達と、同一人物かもしれないです。」
「えっ・・・!?」
言葉にならない声を漏らした私と渚さんは、同時に目を丸くする。そして、珠の次の言葉を待った。

 「私、結構前に、心療内科に通っていて。その時に、グループセラピー?みたいな治療があって、何回か参加してたんです。その時に彩芽さんが一緒で。」
「一度、セラピー後に彩芽さんとお話しした事があったんです。その時に、ネクプロ青葉の活動の話しとか、昔働いていた会社の親友の話とか、色々お聞きしてました。」

 私と渚さんは黙って話を聞いていた。
 珠はメロンソーダを一口飲んで、それから話を続ける。
「私は適応障害って診断されていて、彩芽さんは確か、躁鬱病、だったと思います。」
「その後私はリゾバに行ってたから、しばらく病院には行けてなかったんですけど、少し前に主治医の先生から呼び出されて。その時に、彩芽さんが自殺で亡くなった事を知りました。」

「私が病院に行ってなかった時期も彩芽さんは真面目に通い続けていたって。それで主治医の先生は、亡くなる数日前の彩芽さんを知っていました。」

「彩芽さんが亡くなった時期は、ちょうど病気の回復期だったそうです。この時期が一番危ないって、先生がそう言ってました。」

 話を聞いてふと、彩芽さんの日記の文章を思い出した。それから導さんが言った、「サポートはした」って話しも一緒に。
 元々不安定な時期だったんだと思う。SNSの炎上事件は、きっと本当に、ただのきっかけ。死のうと心に決めた、トリガーに過ぎなかったんだ。

 「話してくれて、ありがとう。」
渚さんは珠に、たった一言そう伝えて、握りしめたコーヒーカップを、あてもなく眺め続けていた。


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