長編小説[第10話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

その動画
 「私達の活動は、人を豊かにするビジネスです。また、古来から続く自然由来の製法で作られた商品を通じて、『本物の価値』を広め続けています。」

 動画を再生すると、自社の活動をカッコよく、それでいてぼんやりと伝える内容のコンテンツが流れ始めた。
 画面上に映し出された彩芽さんは、古代ローマの庶民が着ていそうな白くてゆったりとしたワンピースを身に纏い、裸足のまま森林の中にいる。
 小さな川から手で水を汲んだり、苔を踏みしめて歩いたり、葉の香りを嗅いだりしている。
 大企業がよく流す、イメージ重視のCMみたいだなと思った。

 動画の下にはコメント欄が付いていた。私達はその内容を追っていく。

『ネクプロってネットワークビジネスの会社でしょ?犯罪組織が公にCM流していいの?』
『山の中で裸足は危険。絶対真似しないで。』
『この子の笑顔嘘っぽい』
『この前ネクプロのアロエベラ飲まされたけどビミョーだったよ』
『ネクプロ = メンヘラ牧場 ってイメージしかないんだが。自分の周りが大体そう。関わりたくない。』

 さらに下にスクロールしていく。

『モデルの子、服装エロいね』
『この子簡単に落とせそう』
『ナシよりのアリ』
『グラビア撮影か何か?』
『いや、AVじゃない?』

 開いた口が塞がらない私の横で、渚(なぎさ)さんは静かな怒りのオーラを全開に放ち始める。渚さんのそれは、暖かかった部屋の温度や陽の光を、みるみるうちに奪っていくようだった。

 コメント欄を眺めていると、『犯罪組織がCMを出すな』という内容のメッセージに、山のようなイイネが集まっている事に気がついた。
 こんなの、彩芽さんが都合よく矢面に立たされてるだけじゃん・・・。

 「削除されたから終わりって、そういう訳にはいかないでしょう。」
渚さんの、最大限に低い声音が部屋に広がる。

 思考もろとも固まった私。部屋の隅に立ち、身体を萎縮させたまま片ひじをさすり続けるクロちゃん。俯(うつむ)いて顳顬(こめかみ)を抑えながら考え込む渚さん。
 私たちは、きっとこの部屋の時間が永遠に戻らないんじゃないかと心配になるような、不快な静けさの中にいた。


導と渚と
 真っ白な会議室。講義仕様のセッティングで規則正しく並べられた長机とパイプ椅子。使い込まれた大きなホワイトボードを背に、リーダーの導(みち)さんがこなれた様子で立ちながらハキハキと話を進めている。

 1列目の端の席を確保した私、星光(ひかり)と渚(なぎさ)さんは、心を無にしながら導さんの話に耳を傾けていた。

 淡々と続く業務連絡と成果報告。ネクプロ青葉支部だけなら、もっとアットホームな雰囲気で話が進んでいくのだが、今日は仙台全域のチームが集められた合同ミーティング。日々の疲れと昨日の衝撃も相まって、私の脳内は『帰りたい』の煩悩と必死に戦っていた。

 「続いて、広報戦略の議題に移ります。資料の16ページをご用意ください。」
眠い瞼をこすりながら資料を開く。太いタイトル文字で『広報戦略』と書かれたページ。数行下まで読み進めると、『SNS広告動画作成について』と書かれた項が始まる。その項を読み進めていくと、広告動画の内容や想定する視聴者層などが、事細かに記載されていた。

 導さんが詳細について説明をしている。その話をほとんど流し聞きながら、私は資料に目を通していた。

 ふと気が付く。彩芽さんの動画で一度炎上しているのに、また作るんだ・・・。
 そしてさらに気が付く。SNS動画制作チームの推薦に、私と渚さんの名前が載っている。

 さっきまで働くのを嫌がっていた脳内が、急に仕事をし始めた。
 えっ、私と渚さんが動画制作やるの!?

 導さんは淡々と資料の説明を続けている。
 何を話しているのか詳細は入ってこないが、このまま広告動画制作の話が進められてしまうのは嫌だ。そう、私の本能が叫んでいた。

 隣の渚さんが、片手をスッと真上に上げた。
 導は少し怪訝そうな顔をしながら話を止め、それから作られたような笑顔で渚さんに向き合った。

 渚さんが口を開く。
「SNSで広告動画を流すのは反対です。昨年末に流した動画が炎上しています。それが原因で大切な仲間が一人この世を去っている事を、もう、お忘れですか?」

 導の目から光が消えた。
「もちろん、しっかり覚えているよ。」

 一拍置いて、導さんが続ける。
「SNSには可能性がある。不特定多数が目にする訳だから、一定数の心ないコメントがつく事は致し方ない。それはむしろ認知されている証拠じゃないか。そう思わないかい?」
「同意しかねます。」
渚さんはまっすぐな目で、きつく導さんを睨んでいた。
導さんは一切動じずに話し続ける。
「このミーティングは業務連絡の通達の為にある。SNS動画を作成したいのは、ネクプロ本部の方針だ。何が言いたいか分かるかい?」
渚さんは固い口調のまま言葉を発した。
「決定事項だと。そう言いたいんですか?」
「よくできました。だが、意見があるのなら私にもそれを聞く義務がある。このミーティングが終わったら、続きの話をしよう。星光ちゃん、君も残ってくれないか?」
「わかりました。」

 話は次の議題へ移り、会場の生ぬるい空気の中、ミーティングは淡々と進んでいった。

 会議が終わり皆が会場を出払っていく。
 部屋に残された私達、導さん、渚さん、私の3人は、残された長机を挟んで、向かい合わせにパイプ椅子に腰掛けた。

 重苦しい空気の中、導さんは、まるで私達に説教を始めるかのような面持ちで口を開いた。

 

 



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