長編小説[第3話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

私のスタートライン
 この土地に帰ってくると、時間の流れが緩んでいく気がする。大きなスーツケースを転がしながら、私はここ、仙台駅の新幹線ホームの上を歩いていた。
 私、星光(あかり)は、長かった山奥の温泉街リゾートバイトから解放され、地元仙台へと戻ってきたのだ。
 いやぁそれにしても過酷な場所だったんよ・・・。冬になれば雪に埋もれて、リアル山籠り状態。昔おばあちゃんに青森の越冬話を聞いた時、話盛りすぎじゃない?って思ったけど、今なら分かるよ。あの話は実話だったんだね。

 買ったばかりの『ずんだシェイク』のストローを加えながら、ペレストリアンデッキの花壇の端に腰掛ける。少しばかしの草の香りと、通り過ぎる人々の賑わいをBGMにしながら、私は休憩をしていた。心地よい風が背中と首筋を撫でていく。それにしてもコレ、いつ飲んでも美味しい。

 しばし黄昏(たそがれ)ていた私だったが、大事な事に気がついてしまった。なんということでしょう、私には、帰る家が無いのである。さらに、なんということでしょう、私には、これから先の仕事が無いのである・・・。
 自由バンザイ。無職の真骨頂いえぃ!とか言ってる場合では決してなく、早々にこれらの問題を解決しなければホームレスまっしぐら。私はスマホの画面を開き、気乗りしないなぁと思いつつ、お部屋探しのアプリをインストールし始めた。

 それから早1ヶ月、こうして喫茶店のナポリタンを頬張れる程には余裕ができた。
 今どき珍しい『タバコOK』なこの店のナポリタンは、麺も野菜も、ソースも盛りもり。金曜日限定の特別なメニューだから、狭い店内には人がぎっしり。今日も今日とて大盛況だ。
 というのは置いておいて、私のその後の話を少々。
 家具を持っておらず、お家賃も削りたかった星光(あかり)お嬢ちゃまは、市内全域のシェアハウスを片っ端から漁りまくった。
 北の方に、家賃がお安めなお部屋を見つけた私は、早々に契約を結び、晴れて住居地を確保した。
 さらに、リゾートバイトでかろうじて培った接客経験を猛アピールして、近所のチェーンレストランへ転がり込んで仕事を確保。おかげ様で人としての尊厳をギリ保つ事に成功して今に至る、というわけなのだ。うん、なんとかなって良かった!

 食後のコーヒーを飲みながら、真向かいに座る黒髪ロングの女の子に、私は独り言を装いながら、ナポリタンの奥深さについて語りかけていた。
 しれーっと居座る藍色のワンピース姿の彼女は、おそらく人間ではない。以前は人だと思って堂々と話しかけていたのだが、周囲の私を見る目が冷たく、まるで「関わっちゃダメよ」と言わんばかりのオーラを出されていたことに気づき、恐らく私にしか見えていないのであろう事を察した。
 それからというもの、彼女、通称クロちゃん(黒髪ロングが印象的だったから勝手に名付けた)に声を掛ける時は、なるだけ周囲から独り言だと思われるような話し方になるよう気をつけている。
 クロちゃんは大体、私が休憩をしている時にどこからともなく現れて、ニコニコしながら近くに居座っている。かと思えば、いつの間にか消えている。
 私は彼女の声を聞いた事がないが、彼女は私の話に終始頷いたり、顔をかしげたりするので、こちらの声は届いているのだと思う。

 リゾートバイトの最終日、旅館のお部屋の掃除をしていた時のこと。私は棚の端に置き忘れられた、見慣れないデザインのハンカチを拾った。
 淡いグリーンの背景、中央に描かれた白い鳥が、アロエベラの詰まった編みカゴを口元に加えながら、大きな羽を広げている。
 フロント担当の先輩に手渡した時に聞いてみたが、先輩もこんなデザインは初めて見たと言っていた。そのハンカチのデザインには、どこか惹かれるものがあったので覚えている。

 コーヒーを飲み終えた私は、会計を終えて店の外に出る。
 ゆっくりと流れる雲を仰いで、私はグッと、背中を伸ばした。


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