長編小説[第12話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

亀裂のその先
 曇天の空の下を音もなく淡々と歩き続けた。生ぬるくて風ひとつ通らない不快な大気。私と渚さんは一言も喋らずに、ただひたすら、前に進み続けていた。

 渚さんの家が見えてきた時、渚さんがやっと口を開いた。
「星光ちゃん、少し、ウチ寄ってかない?」

 アパート特有の薄い扉を開け、私達はその部屋へ入っていった。

 マグカップに暖かい緑茶を淹れた渚さんが、ローテーブルに戻ってきた。
私達は緑茶を一口同時に飲むと、盛大に息を吐いて、言葉にならない声を漏らしながら机に突っ伏した。
「疲れましたね。」
「うん。」

 私達はしばらく、まるで魂が抜けた人形のように、身体を動かす事を放棄していた。

 渚さんが緑茶を飲もうと顔を上げる。
 そしてお茶を飲み、カップを置き、口を開いた。
「どうしよう、ちょっと殺意しか湧かない・・・。」
「気持ち分かります。なんていうんでしょう、この、なんか、裏切られた感・・・。」

 私達は部屋の空間をただぼーっと眺めながら、容量オーバーの頭をどうにか回して、さっきの会議室での出来事を消化しようとしていた。

 「良いやり方では無いと思うんだけど、ネクプロ壊せないかな。全部はムリだとしても、せめて青葉支部だけ・・・。」
そう語る渚さんの言葉には、まるで本音がそのまま吐き出されたかのような、妙な力が宿っていた。

 「星光ちゃんなら、こんな時どうしたい?」
私は少し時間を掛けて、自分の中の答えを探る。

 「私も『壊す』に一票です。」
力を込めて言い放った後、続けて浮いてきた言葉達を、私はそのままの形で口から放っていった。
「ネクプロに染まって、導さん自身がもうこの組織の道具になちゃってるんだと思います。私も染まりかけてました。自分がビジネスの道具にされてるって、全然気づいてなかった・・・。」
自分の事を正しいと思っている人間に、逆の正しさを解(と)いたって理解されない。それが目下の人間からの言葉なら尚(なお)のこと。
「渚さんの感覚は、間違ってないと思います。」

 「ありがとう。」
そう口にした渚さんは、まるで戦地の女王のような、不敵な笑みを浮かべていた。


導の償い
 『佐々木 彩芽 お別れ会』
淡い紫色のお花畑の背景に、場所や日時が印字されたプリントを導家の大きなテーブルに置いて、泉と導、そして奥さんの3人は、顔を突き合わせていた。
「だいぶ時間空いちゃったわね。」奥さんが呟くように話し始める。
「そうだねぇ。けどこういうのはさ、彩芽ちゃんの為っていうよりかは、残された人達の為にやるものだから。いいんじゃ無いかな。」泉さんが言葉を続ける。
導は2人の言葉に頷いて、それから何かを考えるように、そのプリントを眺めていた。

 あの合同ミーティングの一件以降、渚と星光は、SNSの広告動画制作チームから外され、ネクプロ青葉チームは広告動画の仕事に関わる事が無くなった。しかし、動画そのものは制作が進められ、公開を目前に控えているという情報だけが、組織の通達で回ってきていた。

 数日後、部屋の壁に貼り出された『お別れ会』を目にした渚と星光は、じっくりと内容を読み込んだあと、何も言わずにその場を立ち去った。
 遠目からその様子を見ていた導は、彼女達がそれを見て何を感じたのか、推し量る術を持っていなかった。
 渚だけでなく星光までも、あの日を境に導にそっけない態度を取るようになっていた。それでも導は以前と同様のフレンドリーな距離感を、決して崩そうとはしなかった。

 本部からの勝手な仕入れや業務連絡が滝のようになだれ込む。それらがチームの面々に直に覆い被さってしまわないようにせき止めるだけでも、導は日々、多大な労力を消耗していたのだった。

 「大丈夫?、顔色悪いわよ。」
「あぁ、大丈夫。ありがとう。」
心配そうに声をかける奥さんに礼を言った彼は、奥さんと泉へ後の事を任せると、ヨロヨロとした足取りで寝室へと引っ込んでいった。



 




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