長編小説[第9話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

渚の秘密
 ワンルームの部屋の中、雑然とした机の上でマグカップのコーヒーを握りしめながら、私、星光(あかり)は渚(なぎさ)さんの次の言葉を待っていた。

 淡々と、ケロッとした顔で渚さんはPCの画面を私に差し出しながら話を続ける。
「この記事、読んでみて。」

『自殺に追い込まれた女性、ネットワークビジネスが原因か!?』
 12月1日未明、泉区八乙女で女性の遺体が発見された。遺体の損傷は激しく、ビルの屋上から飛び降り自殺を図ったのではないかと考えられている。現場と見られる笹谷ビルの屋上では、自殺を図った女性の足跡と見られる痕跡が残されていた。
 当時女性が所属していたネットワークビジネス組織で制作されたSNS動画の炎上が原因と考えられ、捜査が進められている。また、問題になった動画は現在、既に削除されている。
執筆 2018年12月20日

 読後、顔を上げた私を見計らい、渚さんが言葉を続ける。
「佐々木 彩芽。去年の12月1日に自殺した、私の親友の名前。」
私は言葉を必死に探して、次の情報を模索した。
「もしかして、あの日記の・・・」
「そう。同一人物。」

 コーヒーを一口含んだ渚さんは、私を見ながら話を続ける。
「12月の頭に、昔務めていた会社から彩芽の訃報が届いたの。その時は頭が真っ白になっていて、ほぼ形式的に、葬儀に参列しに行った。」

 テーブルの手帳を触りながら渚さんは続ける。
「お互いに会社を辞めても、一緒に映画見に行ったり、ご飯食べに行ったりするような、距離が近い存在だったの。元々、余計な事まで考えすぎるような人だったけど、会えばいつも楽しそうにしてたし、少なくとも私と一緒にいる時間は元気だった。」
少し考え事をするように、渚さんは言葉を止める。

 それから、再び続きの話を語り始めた。
「5月くらいに会った時かな、新しいサークルに入ったって話を聞いたの。そこで、お金にも人にも恵まれた、すごい人に出会ったって、嬉しそうに話をしていて。」

 「最初の頃は、サークルのリーダーの話とか、一緒に活動する友達の話とか、それこそイベントの話とか、面白そうに色々と話してくれていたの。だけど、時が経つにつれて、会う約束が延期になる事が多くなって、メッセージの既読も2~3日付かなかったりする事が増えていった。」

 「一時、ネットワークビジネスのサークルって聞いた時、これ以上は辞めときなよって止めたんだよね。もしかしたら、それもあって私に連絡するのが嫌になってたのかな。」
渚さんは乾いた思い出し笑いをした。

 一呼吸置いた彼女は、話を続ける。
「それから音沙汰が無いまま月日が流れて、ある日突然、訃報が届いたの。意味が分からないでしょう?一時はあんなに楽しそうにしてたのに。」

 私が相槌を打ちながら、渚さんの話に必死に追いつこうとしていると、感情が抜けたような顔をしたクロちゃんが、部屋の片隅に突っ立っているのが見えた。

 渚さんは話を続ける。
「葬儀に行った時、誰もが彩芽の最後の話を避けていた。交通事故なら堂々と相手を恨むし、病気ならハッキリそう言うと思う。消去法で自殺だろうなって考えた時、あのサークルに原因があったんじゃないかって思った。」
「現に、彩芽の事が書かれているのだろうネットニュースも発見した。」

 「確かめたかったんだよね。彩芽を自殺に追い込んだ組織が、どんなものだったのか。」

 渚さんはひとしきり話し終えると、マグカップを握りしめ、思い出したように話を切り替えた。
「そういえば彩芽に貸したイヤホン、まだ返してもらってなかった。」
私は唐突に始まったかるい話題に、少しだけホッとして乗っかった。
「それ、いつの話ですか!?」
「いつだっけね。ウチでご飯食べた後、帰り駅まで歩くっていうから貸したんだ。」

 私はもう一度、渚さんに差し出されたネット記事を読んでいた。
 PC画面が暗くなりそうだったのを阻止しようとマウスをクリックすると、アダルトサイトの入り口のような変な広告が画面に広がった。
 慌ててクローズボタンらしきものを押すと、見たこともない何かの裏サイトのような画面が表示された。

 そこには世間から消されたハズの動画達がパネル表示されている。芸能人の不倫現場や、政治家の問題発言、人が誘拐される現場など様々だ。

 「あ、変なの押しました。すいません。」
「何したの見せて・・・」

 画面を受け取った渚さんが目を見開いて固まった。
隣の私も数秒後、その理由に気づいて目を見開く。

 『ネクプロ炎上動画コメント付き【削除注意】』
サムネイル画像には、淡い森林のような背景をバックに、アロエベラドリンクを差し出す彩芽さんの姿と、『大地の呼吸を助けよう』のメッセージテロップが写し出されていた。

 「消されたSNS動画って、きっとこれの事ですよね・・・。」
「でしょうね。」
渚さんは反射的に動画を保存し、それから私たちは、その動画を恐る恐る再生していった。



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