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🔲 「ちかき几帳のひもに、箏の琴のひき鳴らされたる」   明石の娘の日常生活  「明石の巻」

明石の浦では秋風が吹き始め、源氏は、ひとり寝のわびしさに耐えられません。明石の入道にその気持ちを話して、約束していた入道の娘(明石の上)を自分のところに来るようにと催促します。しかし、聡明な娘は、身分違いをよくよく思案して、源氏のところに行くことを拒み続けているのです。

八月十三日の月の美しい夜、入道は、ひそかに源氏に話をつけて、娘のところへ忍び込ませます。女との語らいには自信満々の源氏ですが、そこには娘の姿が見当たりません。


ちかき几帳のひもに、箏の琴のひきならされたるも、けはひしどけなく、うちとけながら、掻きまさぐりけるほど見えて、をかしければ、「このきゝならしたる琴をへや」など、よろづにのたまふ。 

(古典文学大系一 83頁)

そよ吹く秋風に、几帳の紐が揺れて、箏の琴をならしているのです。片付けもできずに慌ててほかの部屋に逃れていったことが推測されます。今まで月の光をめでて優雅にくつろいでいた娘のことを思うと、源氏の心は、もはや抑えることはできません。奥の方の部屋に隠れているに違いありませんが、娘の普段の生活、飾りけのない優雅な生き方。たかが明石の入道の娘ごときものという気持ちはどこかへ吹き飛んでしまったようです。

源氏は、明石の娘と契りを結び、長い秋の夜も一瞬のうちに過ぎてしまったように思い、帰途についたのでした。


この物語の肝となるのは、「几帳のひもに、箏の琴のひきならされたる」という部分でしょう。源氏と明石の娘との恋物語は、「几帳のひも」「箏の琴」によって具体的なイメージを与えられます。こういう場面を紫式部も日常生活の中で何回か体験したことでしょう。その体験を暖めていて、源氏と明石の上との出会いの決定的な瞬間に形象化できたのですね。こういう場面を作り出せる人って、天才なんですね。



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