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2017/11 ドイツサッカーレポート谷本薫選手インタビュー

 すっかり秋めいた10月上旬、ふとInstagramを開くとSV Bergisch Gradach09所属、谷本薫のストーリーがあった。それを見ると、気になる文字があった。「あと一か月」と。
「え、どういうこと?」
気になる。事の真相を尋ねるべく、8日のホームゲームSiegburger SV 04戦に行くことにした。

SV Bergisch Gladbach 09の本拠地、Belkaw ArenaはKölnの東に位置する。最寄り駅から歩いて10分のところにあるスタジアムには陸上トラックが備えてあり、ピッチと観客席までの距離は少し遠い。 
SV Bergisch Gladbach 09はリーグ戦開幕から2分け4敗と勝ちがない。地域カップ戦、「Kreispokal Berg」では一回戦から順当に勝利し、「Mittelrhein Pokal」進出が決まっている。だが、スコアを見ると大差をつけての勝利で、リーグ戦未勝利の慰めと感じるぐらいのことだろうか。
 試合前のウォーミングアップに両チームの選手たちが出てきて、谷本もその輪に居た。コートを羽織っていて、この日もベンチスタートだと悟った。握手を交わして少し会話をしようとすると、「実は、監督が辞めたんですよ」といきなり大きな話題を振ってくれた。

10月1日、アウェイでのFC Hennef 05戦で、クラブ側がこの試合のための選手登録にミスがあり、ベストメンバーで試合に臨むことができなかったのである。ベンチもちょうど三人しか控えることができず、この出来事にThomas Zdebel監督が激怒し、試合翌日に辞任したのだという。一方で、選手たちはそのことを喜んだそうだ。練習が厳しく、あまり良好な関係ではなかったと谷本から聞いていたが、いくらなんでも想定外な事態に驚いた。その話題に続いて、単刀直入にInstagramに投稿したあの一言について聞いた。
「10月末に、このクラブとの契約を解除します。9月末に監督にそのことを伝えていて、そしたらこんなことが起きた(笑)。すでに代理人とは、次の所属クラブについて話し合っていて、練習参加からプロ契約を勝ち取っていく考えです」
 チームメイトから声を掛けられ、いったん話はここで終えて谷本は身体を動かしにピッチに出ていった。選手全員でのウォーミングアップが終わると、彼は一人でドリブル突破をイメージしてボールを転がす。難しい時期にあるからこそ、彼のドリブル突破からのゴールを観たいと願ったが出場機会は訪れず、試合も0-2で敗れてしまった。試合後、ピッチ上でSV Bergish Gladbach 09全員が円陣を組もうとしている中、選手一人は感情に身を任せて激高しながらロッカールームに帰ってしまい、チームの雰囲気は最悪に達していた。
再び、谷本はこちらに出向いてくれた。
「雰囲気、最悪っすね」とこぼすが、同情するほかない。この一か月と少しの近況を話してもらおう。

―ブログで、「自分と向き合う時間が多すぎる」とあった。ここ最近、谷本君はどう過ごしていた?

「チームの状況が良くなかった時期が続いていて、自分も監督と揉めることが多くありました。サッカーも本当につまらなくて。練習では反抗的じゃないですけど、そんな一面が出ちゃっていて、監督にも試合前に『その態度はなんだ』と言われたりで。ただ、練習での監督の評価は『別に』という感じなんです。『もうこのチームはいいや、どうせ出ていくし』と考えていたんで。だから半年後とか、先を見据えて、午前中はジムでひたすらトレーニングして、昼寝してから午後のチームの練習をしていました。身体が重い状態で練習に取り組んで、監督にアピールするとか考えず、ひたすら身体を追い込むという日々を過ごしていました」

―監督とは、どんな会話をするの?「サッカーが下手だ」とも言われたようだけど。

「結構、バチバチしてるんです。言ってることは正しいけど、言い方がウザすぎて。監督としては尊敬しているけど、人間性が好きになれなくて。ただ、『サッカーが下手』と言われて意識するようになりましたね。悔しいですけど、(言っていることは)正しいと思ってたんで」

―ブログに、「サッカーはドリブルだけじゃないし、攻撃だけでもないし、守備だけでもない」とあった。谷本君のドリブルに対する考えとは何だろう。

「自分のストロングポイントがドリブルで、局面を打開するプレーだと思っていて、それについては監督も評価してくれていたんです。でも、サッカーはそれだけじゃない。守備ができなくて、(監督からすれば)使い勝手が悪い選手なんですよ。ドリブラーって、良い時と悪い時がある特徴があるじゃないですか。自分はその典型的なパターンだと思われていて。『波をなくすためにも、守備や走ることを継続的にできる選手になれば波はなくなるから、俺(=監督)としては使いやすくなるから』と言われて、確かにそのとおりだなとは思いました」

―ここでプレーしている選手たちはステップアップを目指す選手が多い。監督も、そこは分かっているだろうから、そこで綱引きがはじまっているよね。

「この前の試合でも監督に、『お前は自分のためにプレーしている』と言われた。『チームのためにプレーしなければ、自分にも良くならない』とも。『確かにそうだな』ってことですね」

―「サッカーはゴールを決めて、ゴールを守るスポーツ、この簡単なルーツを忘れていたかもしれない。」とも書いていた。監督の言葉で、初心に帰ったということかな?

「ゴールをとるために動くのがサッカーですけど、自分はドリブルをするためにボールを蹴ってるから、裏に抜け出すことを全然しなくて。今日ベンチスタートだったのも、相手の両サイドバックが弱いということもあって、両サイドハーフに走れる選手を置いて、ロングボールをそこに送って高い位置で攻撃を組み立てる戦術だったからです」

 この日を最後に、谷本薫がSV Bergisch Gladbach 09のユニフォームを着ることはなかった。というのも、その後日本に帰国して二週間ほど滞在し、10月下旬に再びドイツに帰ってきた。年内は日本で活動することになり、SV Bergisch Gladbach 09との契約を解除し、次の準備にむけて動き出すために、ドイツでの身の回りを整理するためだ。ドイツ滞在期間は十日間。そのうちの11月3日、デュッセルドルフで会う機会をいただいた。日本食処で昼食をともにし、彼がおすすめしてくれたカフェで再び語ってくれた。

―10月8日以来だけど、その間は何をしていた?
「遊びまくってますね(笑)。でも、ちゃんとやることやって遊ぶタイプなんで、身体は動かし続けてます。走りはしてなくて、筋トレで身体づくりに励んでます。次、練習参加するところはこれまでのクラブよりもレベルが高くなるので、見た目とか身体の部分で劣っていると舐められると思う。重たくするわけではなく、しなやかで強い筋肉作りを目指しています」

―SV Bergisch Gladbach 09の契約を勝ち取った際の練習参加は、シャツが汗で絞れるほどやりきったと言っていた。いまは精神的にも、肉体的にも余裕があると思うけど。

「あの時ははじめてドイツでのテストだったというのもありますけど、次はプロレベルのところになるので、また同じ状況になると思いますね」

―いま、代理人と考えている、次の舞台はどこの国なのだろう?

「オーストリアかイランですね。いまの代理人はブンデスリーガの元プロ選手のイラン人で、イランからドイツに選手を送り込んでいる。結構多くのイラン人選手がドイツでプレーしてるじゃないですか。個人的には、イランもありだなって思ってるんです。隣国にイラクがあって治安とかで悪い印象がありますけど、リーグの市場価値でいうとJ2(約100億円)とオーストリア一部(約150億円)の間ぐらい(イラン一部、約120億円)みたいです。イラン人選手って人柄が穏やかでいつも笑って話してくれるんです。去年チームメイトだったイラン人選手がめちゃめちゃいい奴で、相手チームにもイラン人選手が多くてマッチアップすることがよくあった。サッカーでいえば足元が上手いし、敵にまわすと厄介ですけど、味方になるとなおさら良いですね。ただ、どうなるかはまだ分からないです」

―SV Bergisch Gladbach 09での一年と少しを振り返ってほしい。監督はパスサッカーを展開しようとしていたけど、試合を観るかぎりボールを繋いでいるだけで時間を使ってしまい、ゴール前で攻撃が詰まってしまうことが多かった。谷本君としては、自分のプレーをチームのプレーにはめ込みたかったけどできなかった、ということかな?

「できなかった、という訳ではなくて、時期によります。うまくいっている時期は自分のプレーがあるからチームもうまくいくんですけど、チームがうまくいかない時に自分もそれに引きずられることがあった。ただ、良い時も悪い時も相乗効果だと思うので、ハマったかハマってないかはどちらとも言えないですね」

―チーム全体に、怖さがなかった?
「まったく、なかったですね。悪い方へ引きずられて行って、何もなかったと思います」

―谷本君はこのチームで、どんなプレーをするつもりだった?岡崎慎司選手は最近のコメントで、60分でもいいから走り切ってチームのためにプレーする、とあるが。

「チームのなかで自分がやるべき役割をして、それに加えて自分のプレーを出すのが一番良いですけど・・、なんて言うんですかね・・・。自分の好きなプレーをピッチで表現して、それがチームのためになれば一番良いって考えです。だから、まだ自分の好きなことをやりたいという気持ちです」

―それは、まだ若くて時間があるからなのか、その実力があるからなのか。

「自信があるからです。自分にボールを集める戦術もあって、俺のところでクロスを入れたり、シュート撃ってこぼれ球に反応するという戦術を組んでいたので。ただ、そんな場面でたまに弱気になる自分がいた。自分のメンタルが原因なこともありました。失敗の方が多いと思うんですけど、トライ&エラーを繰り返して、ひたすら考えて、でも結局行きつく先は気持ちなんです。毎回そう思わされます」

―でも、決定的なシーンを演出したり、ゴールを決めるシーンはそう多くはない。日常生活でメンタルを養うことは考えたりするのかな?

「勇気があるか、ないかです。失敗を恐れないでチャレンジする、一歩を踏み出す勇気です。日常生活でいえば一番良いのはナンパじゃないですかね。勇気いるじゃないですか(笑)。
恋愛ってサッカーと似てると思うし、気持ち的にブレることがあるじゃないですか。恋愛に強い奴は、勝負事にも強いと思うし、チャラチャラした奴って、サッカー上手いじゃないですか。トッププレイヤーみんなそうだし、それって関係しているんだと思います」

―街中でそういう巡り合わせを引き寄せるために、鏡の前で自分を作るとか。

「確かにそうかもしれないですね」

―谷本君は作る方かな?

「ぜんぜん作らないですね。私生活から超自由なんで。それに人を巻き込んでいくタイプなんです。飾ったりしないし、サッカーやってるやってない関係なく誰にでも同じように接したり、好きなことを好きな時にやって自由にやってます」

―年内は日本で活動することだけど、どういったことをどの場でしていくのだろう?

「そこには、海外を目指す選手がそのための基礎作りをするトレーニングしていて、指導者も海外でプレー経験がある指導者が情報や指導を落とし込んで、心構えを作る場です。自分はそんなこと必要ないですけど、毎日練習できるんでコンディションが上がると思うんですよ。個人でトレーニングするよりも、チームでトレーニングすることの方で体力やプレーのキレが保てると思うので、そこを利用しようと思っています」

―11月からの二カ月間は何を見込んでいる?

「11月は身体づくりをやって、12月は新しくできた身体を動きに慣れ合わせることを考えています」

―こちらの基準でいえば、日本はまだまだ球際の激しさは劣るのだと思う。加えて、練習であるから公式戦さながらのギリギリの極限状況を感じることはできない。そこは目を瞑るしかないよね。

「その点は自分がどうこう言ったって変わらないので、我慢するしかないです。その中でもやれることはあって、自分を良くしていくだけなので周りのことは気にしていないですね」

―SV Bergisch Gladbach 09で学んだことは何だろう?

「戦術理解は深まりました。こっちでなきゃ気づけなかったことは多くありますし、Bergischでなければ気づけないこともあった。でも、最終的にいきつくのは気持ちなんです。自分をどれだけ平常心に保てるか、大きく見せるか、頭のなかを空っぽにして強気でピッチに立っていられるかが一番大事だと思いましたね。人はちょっとでも弱気になればミスするんで、それをより実感できました」

―そのルーツにあるのは、サッカーというスポーツを理解すること。ゴールを決めるために、ボールを奪う、運ぶといった細かい技術や、ゲームを展開させるための読解力が必要になる。

「ボールを持たないときや、ポジショニングだったり、守備だったり、戦う姿勢だったり、二回りぐらい深く知ることができました」

―「サッカーをよく分かっていない」と言われて、谷本君はどう感じたの?

「それは薄々感づいていたんです。だから、よく直接言ってくれたと思ってます。日本の監督はそんなこと言えないと思うんで。言われて実感しました。『俺、サッカーよく知らないなぁ』と。それは指導者と選手お互いが尊重しあっているから、そう言い合えるんだと思います」

―いま、谷本君自身が自分はサッカー選手と言える根拠は何だろう。
「サッカーが好きか嫌いかですね。サッカーをやめなければプロになれると思うんで。中学時代の恩師の言葉で、だいたいの選手は諦めて、可能性を捨ててやめていくんですけど、やめなければプロになれると言ってくれたんです。その人にはそういう確信があったみたいで、それを教えてくれた。でも、サッカーが好きだから、やめられないから、そういうことも含めてプロになれる自信はあります」

 いま、谷本薫は日本にいる。ボールを追いかけ、肉体と精神を鍛え、その時がくるのを待っている。それは、周囲の人からすれば、どこにでもいるフットボーラーの日常的な風景なのかもしれない。この先、彼はいくらでも日々を、物語を紡いでいく。フットボーラーとしての彼は、まだはじまったばかりだ。

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