艦これ日記 15春イベント その4

「敵艦探知」

加賀が言う。いつもながらの静かな、感情の無いとすら言える声で、彼女の視線は、青い海原の先、遠い空へと向けられている。その青空には、すでにタイプC7偵察ユニットが、放たれている。トラック島での戦いでの教訓だ。たとえ攻撃力が低下しても、偵察ユニットを派遣する価値はある。加賀は続ける。

「敵は空母機動部隊の模様」

この青いカレー洋はすでに敵の海だ。戦艦を主体とする艦隊と、空母を主体とする艦隊、そのいずれもがいることは、わかっている。だが、鎮守府部隊も選ぶことが出来る。そのどちらを突破するか、だ。あきつ丸は命じる。

「前進このまま。正面の敵集団を突破する」

それは、彼女だけの決心ではない。鎮守府部隊の、艦隊司令の、決心でもある。いまさら問わずとも良い。戦艦と正面から殴りあうより、有力な戦闘ユニット機能を生かして、敵空母の戦闘ユニットを駆逐し、自ら詰め寄って叩く。そして、突破する。リランカへ向けて。

「攻略部隊は戦闘準備」

「加賀了解。これより加賀は、連合艦隊の対空戦闘を指揮する」

それも定めてあったことだ。あきつ丸の通信データハブの容量は大きいけれど、対空戦処理能力それ自体は高くは無い。高度な戦闘ユニット指揮機能を持つのは加賀の方だ。だから、加賀が対空戦については判断、指揮し、これをあきつ丸のデータリンクを使って連合艦隊に共有する。

それに従い、利根と筑摩も攻撃ユニットの射出体勢に入る。同時に、摩耶、初霜、大淀の三人が防空領域を分担しはじめる。そのすべては、敵への接触針路を維持しながら行われる。敵を実見したならば、鳥海か、あるいは長門、陸奥のいずれかが、砲戦前提の針路を提示する。加賀は命じる。

「航空隊、射出、はじめ」

すでに弓型の射出ユニットに、矢型の攻撃ユニット集束体は番えられている。加賀はその矢尻ーに見える先端を、青空へと向ける。そして放った。カレー洋の空へと向かって、攻撃ユニット集束体は吸い込まれるように飛び去ってゆく。つづいてあきつ丸も制空型攻撃ユニットを発進させ始める。彼女の航空甲板は、軽空母に似たものだ。ただ運用できる攻撃ユニットはごく限られている。重装備の攻撃ユニットは運用できない。それでもかまわない。攻撃ユニットの中では比較的軽装な、制空型攻撃ユニットなら発進できる。それでいい。今、それが必要とされている。あきつ丸の携える光学誘導灯に導かれ、タイプA6制空型攻撃ユニットが、次々と飛び立ってゆく。

カレー洋の風を切って、翼をきらめかせ、高く舞い上がる。タイプA6は、鎮守府部隊の持つ制空型ユニットの中で、最も高性能なものだ。かつてはほんのいくつかを生産するだけで手いっぱいだった。今はちがう。加賀の、あきつ丸の、全ての制空型攻撃ユニットはタイプA6から構成されている。あきつ丸の射出したタイプA6は、艦隊の前面に展開する。対空スクリーンだ。

加賀の射出した攻撃ユニット集束体は、青空をさらに飛ぶ。そして、矢型を解いた。自ら千切れ、飛び散ったように見えて、次々と翼を開く。元の姿をとりもどし、編隊を組む。加賀の攻撃ユニット群の任務は、前衛だ。ほとんどが制空型で、攻撃型はわずかしかない。それらは密集して、編隊の後方に位置する。制空型の任務は、敵の攻撃ユニットを積極的に狩ることだ。翼をきらめかせ、舞い降りてゆく。

上昇してくる敵の、深海棲艦の、その攻撃ユニットへと突っ込んでゆく。ちかちかと機銃の銃火を瞬かせながら、すれ違う。翼を振り立て鋭く旋回しながら、敵を追い、また噴射に物言わせて飛び巡る敵と、空戦が始まる。空にきらめく攻撃ユニット群は、たがいに混ざり合うように飛び、戦う。あるものは機銃で敵を打ち砕き、あるものは打ち砕かれて飛び散り、燃えて煙の筋を引きながら海へと落ちてゆく。その波すれすれに、加賀の攻撃型ユニットが飛ぶ。

加賀の攻撃型ユニットはわずかしかない。搭載力のほとんどを、制空型に振り向けているからだ。強力になった敵の攻撃ユニットを空中で迎撃しなければ、艦隊が危険だ。だから、攻撃ユニットは少数しか搭載できない。それでも、水平線に見える敵艦隊へ、突っ込んでゆく。熾烈な防空砲火をものともせず。

かつて鎮守府部隊は、強力な攻撃ユニット群によって、敵随伴艦を一掃し、もって敵艦隊中枢を丸裸にして攻撃を行った。いまでは、敵攻撃ユニットの能力が高まった今では、むしろ鎮守府部隊こそが、敵のその、漸減攻撃にさらされている。

それでも、鎮守府部隊は、敵空母機動艦隊を、自ら敵として求め、カレー洋中央ルートを選んだ。かつて鳥海と摩耶が提示した意図とは逆に、だ。カレー洋中央の敵の捜索の隙を突くのではなく、強力な捜索力をもって中央の守りを固めているだろう、敵機動部隊に自ら突入、突破する。

その随伴艦群に、次々と水柱が立つ。加賀の攻撃隊が放った水中弾だ。だが、撃沈にはいたらない。敵の随伴艦群の性能強化も著しい。航空攻撃一撃で、一掃することは難しい。しかし、戦場は空中にある。激しい空戦は、今や散り散りに広がり、攻撃ユニットもチャージされたエネルギや、攻撃弾を使い果たして、母艦へと飛び戻ってゆく。入れ替わるように、けれどさらにわずかな、ユニットが飛行している。攻撃監視、誘導を専門に行う観測型攻撃ユニットだ。タイプF1。しかし自力での攻撃能力はほとんどない。攻撃を行うのは、母艦だ。

「敵艦捕捉。戦艦戦隊、砲戦態勢とれ」

長門が、陸奥がその艤装の、巨大な砲塔を振り向け、砲身を振り上げる。

「打ち方、はじめっ!」

長門のふるう腕とともに、戦艦たちは、一斉に砲撃を放つ。衝撃波が広がり、海面を窪ませ、さらに広がる。しかし艦むすには、一滴の飛沫もかからない。戦艦ならではの重厚な力場は、容易には破れない。それが、鎮守府部隊の勝算だった。放たれた砲弾は、青空をとびぬけ、やがて敵へと舞い降りてゆく。高く、水柱が吹き上がる。上空のタイプF1観測ユニットは、それを仔細に見つめている。艤装から射出される、ごく小型の砲弾が、高レイノルズ数環境でありながら、考えられない程遠距離の標的へ命中するのは、それが、力場システムに寄るものだからだ。射出される砲弾自体にも、力場影響が及ぶ。空間ヒステリシスエフェクト、と呼ばれるそれこそが、深海棲艦の力場防護を貫く鍵だ。だが力場は、重力の影響を受け、また艦むす自身の力場の影響も強く受ける。連合艦隊システムのような、力場の高度制御が行われている場合、弾道にも影響が大きい。命中精度が落ちる。それを補うのがタイプF1の観測だ。

「誤差修正、つづけて撃て!」

海原を吹き払う衝撃波を残して、ふたたび斉発が放たれる。そして、上空から、攻撃ユニット群収容中の、深海棲艦空母へと叩きつける。水柱が立ち並ぶ。爆発が巻き起こる。

彼ら空母は、かつてよりずっと強化されている。だが、まだ、鎮守府部隊戦艦群の砲撃に耐えきるわけではない。砲弾は、その力場を押しぬけ、貫く。貫けさえすれば、まだ勝算はある。攻撃ユニット群を運用する空母は、打撃に弱い。深海棲艦の空母もそうだ。攻撃ユニット群に再びエネルギーをチャージし、攻撃弾を再装填する精密なシステムの自己秩序が破壊される。それが狙いだ。

「選り取り見取りね」

陸奥が笑う。彼女の艤装、砲身がわずかに動いて修正挙動を終える。撃て、と砲撃を放つ。陸奥の装備するのは、いつものタイプ41砲と、扶桑から借り受けてきたタイプ41-3砲だ。扶桑たちの第二次改修に伴って、艤装とともに再製造されたものだ。威力はあるが、若干、扶桑たちの艤装には過重だった。いつもなら、構わず扶桑たちが装備し、その威力を如何なく発揮している。だが、今は連合艦隊出撃だ。命中精度が低下しやすい。それを嫌って、長門と陸奥にそれぞれ貸し出されている。そして、敵の軽空母を打ち砕く。

「ビッグ7の力、侮るなよ」

長門は楽しげにさえ、砲撃を放つ。敵艦を打ち砕く。突撃してくる敵駆逐艦を打ち砕き、敵空母を打ち砕く。林立していた水柱が、海へ戻って行ったあとに、もう敵の姿は無かった。観測型ユニットもただ上空を旋回し、敵影無しを伝えてくるだけだ。

「・・・・・・計算通り、だった、か、な?」

鳥海がつぶやく。長門ら第一艦隊の前衛部隊だ。結局、第二艦隊は交戦らしい交戦をしなかった。第二次改修成った鳥海、摩耶に、近接戦闘の得意な雪風、初霜、さらに水中型攻撃ユニットを持つ木曽から成り、さらに管制防空砲を備えた大淀が援護する。ただ、戦闘らしい戦闘はしなかった。すでに攻撃ユニットを発進させることもできなくなった敵空母を始末しただけだ。摩耶がぼやく。

「歯ごたえの無え奴らだ」

「喰えるうちに喰っておかないとな」

木曽が笑う。艦隊は進む。計算通りの戦闘を行い、計算通りに優位を獲得し、計算通りに敵を倒し、カレー洋の中央を突破する。目指すはその先の陸地、リランカだ。

「攻略部隊、前進、前へ!」

あきつ丸が命じ、腕を振るう。これまでにない手ごたえと、自負とをもって、艦隊は進む。カレー洋の青い空の下を。

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