艦これ日記 15春イベント その0

ヘリポート待機室のソファで、不知火は待っていた。艦隊司令と大淀の帰還通知が来たからだ。艦隊司令がヘリポートから帝都に向かうのはそれほど珍しくないが、大淀を伴うのは珍しい。艦隊司令が、帝都の大本営に、高級参謀の大淀を伴って赴くなら、きっと何かが起きる。鎮守府部隊では皆がそう囁き合っていた。そして艦隊司令と大淀は、ティルトローター機で鎮守府へ戻り来るところだ。待機室内のスピーカーが鳴る。

『到着まで5分』

続いてヘリポート側からの気象情報が通知される。スピーカーから聞こえるのは、鎮守府ペリポートと航空機との間の通信だ。ヘリポート要員は、鎮守府部隊入口の警備部隊、それに医療区画の関係者と並んで、数少ない艦むすではない鎮守府部隊人員だ。けれど、あまり関わりあわない。それは警備部隊ともそうだ。医療区画の医師や看護師とは、顔見知りくらいにはなっているけれど、そういえばあちらともあまり親しくは無い。

不知火は待機室を出た。やがてティルトローター機の音が聞こえてくる。東の空にその姿が見える。左右に翼を広げ、その両端にあるエンジンを上に向け、大きなローターを振り回し、そしてヘリポートへと舞い下りてくる。不知火の頭上を飛びぬけ、吹きおろしが押し寄せ、通り過ぎる。そうして、ヘリポートへ、ふわりと舞い下りる。ひゅんひゅんと風切るローターは止まらず、エンジンの響きもそのままで、ただ機体後部の乗降ランプが押し開かれる。

艦隊司令と大淀の姿が見える。機内のクルーに何事か話、それから、乗降ランプから降りてくる。吹きおろしの風が、大淀の長い黒髪を激しく乱す。それを押さえ、歩く彼女を従え、艦隊司令は風の中を歩いてくる。機内のクルーが、不知火たちを見ていた。彼は航空グローブの親指を立てて見せ、それから乗降ランプを閉じる。再びエンジン音が高鳴り、ローターの風が強まり、ティルトローター機はふたたびふわりと浮きあがる。

「出迎えご苦労」

歩くまま艦隊司令は言う。いつも通りだ。ティルトローター機の風に帽子を飛ばされないように、顎紐を使っているのも、航空出張のいつも通りだ。

「何か変わったことは」

「特にありません」

歩くまま応じる艦隊司令とともに、不知火も歩く。彼は言った。

「15分後に高級参謀を集合させろ。30分後には各艦種先任、任務部隊指揮艦は大会議室に集合」

それに、と彼は続ける。

「レーベレヒト・マースも、同じく大会議室に呼べ」

「了解しました」

応じ、またスマホの一斉送信に彼女の名を追加しながら、不知火はいつもと違っているな、とも思った。レーベレヒト・マース、またはZ1。彼女は、潜水艦たちの苦労の対欧州連絡で得た、欧州型の力場コアシステムの艤装を持つ。彼女の名は、ドイツ海軍の軍人の名なのだという。だから男性の名なのだけれど、もちろん彼女は艦むすで、つまり女性でもある。おとなしい子で、いつも壁際にいた。そのあとで、同じようにしている時雨とも仲良くはなれたらしい。

レーベレヒト・マースの艤装の設計コンセプトは、欧州によるもので、鎮守府部隊のものとは違う。だから性能が特に良いか、というとそこまでではない。着任時期が遅く、鎮守府部隊が深海棲艦らと激しく戦うようになってからの昨今では、彼女の出撃機会はあまりない。彼女のあとに着任してきた、同じく欧州系艤装のプリンことプリンツ・オイゲンのほうがずっと多く出撃している。大型で大出力の力場を発生できること、プリンの場合は、鎮守府部隊の水中弾システムと相性が良く、もとよりさらに大火力を発揮できていることもあるのだけれど。

「送信終了。返信が無いものについては、直接確認します」

うん、と艦隊司令は応じ、ただ司令部建屋へと歩いてゆく。いつも通りのように見えるし、少し違うようにも見える。大淀は、いつも通りというより、少し以前の頃のように思える。どこか憂鬱そうだ。それは良くない予兆だ。大淀は不知火を見返し、少し笑みを作って見せる。

艦隊司令と大淀が艦隊司令公室に着いたとき、その入り口の前には、明石と間宮の二人が待っていた。艦隊司令が鎮守府にいるならともかく、いない時に、艦隊司令公室の鍵は掛けておく。開くのは、主鍵の主である艦隊司令でいい。副鍵は、要るときだけ使えばいい。明石も間宮も、余計なことは言わなかった。ただ、出張お疲れ様です、留守番ご苦労、のようなありきたりなやり取りがあっただけだ。艦隊司令公室に入るまでは。

「5分待て。いや、大淀が荷物を置いて戻ってくるまで待つ。不知火、大会議室集合まであと何分ある」

「24分です」

「いえ、構いません。早めに情報共有をしておきたくて」

艦隊司令はそうか、とうなずき、それでも、隣の私室へ続く扉の鍵を開く。その鍵は、艦隊司令しか持っていない。予備鍵がどこにあるのかも、不知火は知らない。彼は後ろ手にぱたりと扉を閉じる。

「・・・・・・それで、どうだった?」

控えめに明石が問う。うん、と大淀は応じ、けれど何も話さなかった。何か良くないことが決まったのだろうか。ここのところの鎮守府部隊の充実は著しい。あたらしい装備も続々取り入れられている。それは南西航路の安全確保のために、艦隊が力を入れ、資源輸送船団が活発に行き来しているからでもある。かつてのように鎮守府部隊を解体して、護衛専門艦隊だけを海軍の指揮下に置く案も、聞かなくなった。ドアを開け、ふたたび艦隊司令が姿を見せる。手には平たい小箱を持っている。

「待たせた。不知火、済まないがお茶を頼む」

彼は席に着き、包み紙を解いて箱を開く。机に置いて、皆の前へと押し出す。もちろん、チョコレートだ。手を伸ばしたのは彼だけで、また不知火の入れたお茶を飲んだのも艦隊司令だけだった。彼は言った。

「大本営の要請通り、カレー洋での作戦を実施する」

彼は言う。あまりにいつも通りで、鎮守府部隊に初めからカレー洋で戦うつもりがあったかのようだ。けれど、それは、すくなくとも不知火は、いまはじめて聞いた。そっと明石と間宮を見ると、二人は驚いていたけれど、どこか予期していた風にも見えた。艦隊司令は質問を待たずに続ける。

「目的は、リランカの再奪還ではない。奪還しても維持する見込みは無い。それは大本営も承知している。目的は、欧州との間に、一時的な海上交通線を解放し、欧州産の力場システムコアを本邦にもたらすことだ」

「・・・・・・やはり、彼らだけの手では・・・・・・」

思わず、という風に問うたのは、やはり明石だ。それから慌てて口をつぐむ。艦隊司令はうなずき返す。そうだ、現物が重要だ、と。

「我々鎮守府部隊の能力は限られている。情報のみから、彼らの力場システムをいちいち再構成はできない。しかし彼らにも、時間が無い。貴重なコアの一つを我々に送ってでも、艦隊行動に適合するよう、コアシステムの調整を行わせたい、そういう戦略レベルの要請だ。現物は我々の手に残してでも、修正情報が欲しい、そういうことだ」

「・・・・・・」

話の流れを、良くわかっていないのは、不知火だけであるらしい。問えば艦隊司令が答えるのはわかっていたけれど、不知火は問わなかった。艦隊司令は続ける。

「リランカを失陥した今では、プリンツ・オイゲンのように自力回航は無理であるし、U-511のような潜水到達も無理だ。ならば、我々の側から迎えに来い、ということだ」

リランカ。カレー洋、カレー亜大陸の先端より少し離れて浮かぶ島。一時は鎮守府部隊の活躍により、深海棲艦の包囲から解放されたが、ふたたび彼らの攻撃を受け、再び包囲下にある。今、鎮守府部隊は、リランカに到達することもできないでいる。敵の強さは、かつてとあまり変わりない。しかし、敵には新しい探知システムがあるらしい。カレー洋横断をはかる鎮守府部隊の重装備艦隊は、的確に迎撃され、リランカそのものに到達できない。そして、繰り返される中部太平洋からの攻撃対処に鎮守府部隊は忙殺され、いつしか、カレー洋への長駆進出は行われなくなった。我々の側から迎えに行く、と艦隊司令は言った。大淀は黙ったままだ。

「・・・・・・」

「この作戦の要請は、本邦の生存の要請のみに基づくものではない。人類全体の、対深海棲艦戦争から、要請されたものだ。我々鎮守府部隊の能力は、それを左右するところまで拡大した、と言っていい」

それが良いとも、悪いとも、言えんがな、と艦隊司令は人の悪い笑みを浮かべる。深海棲艦に対して、決して優位に立てているとは言えない我々が、人類側の対深海棲艦戦争の先端に居て、その力を、後続に分け与えねばならないわけだからな、と。

「鎮守府部隊の常時の活動は維持する。これに紛れて、ふたたびジャム島に前進基地を構築する。不知火、ホテルの予約をしておいてくれ」

冗談とも本気ともつかないことを、艦隊司令は言う。でも、ジャム島に展開するなら、またマムのホテルを拠点にするということなのだろう。それは、すこしうれしい。金剛姉も喜ぶと思う。艦隊司令は続ける。

「国家の要請に対して、如何ににすれば、意味のある戦闘結果を獲得できるか、それを考えるのも我々の任務だ。政治の要請は、連絡路の打通だが、これのみを行えばよいというわけではない。カレー洋での戦いは、同時に敵の、資源と戦力を吸引すべき場所になる」

艦隊司令は不知火に、艦隊司令公室の大判ディスプレイの電源を入れるように命じ、つづいて自らのタブレットを操作する。ディスプレイに表示されるのは、カレー洋をめぐる情勢だった。カレー洋南部から敵戦力の侵入経路が矢印で示されている。一つは西部カレー洋からカレー亜大陸突端を経由したもの。もう一つは豪州の南側を経由して、カレー洋に到達するもの。

「我々がリランカを奪還出来た最大の理由は、敵のプラントが不全であったことからだ。敵はこれを放置せず、大西洋からカスガダマを再奪還するのと同時に、太平洋方面から豪州を迂回して、リランカへの勢力増強を行っていると見られる」

確証は無いが、兵力展開としては妥当な推定だろう、と艦隊司令は言う。もし、ここで我が方が攻勢に出た場合、敵はもちろん、我が本土の隙と見て攻勢を強化するだろう、と。

「しかしそれは同時に、カレー洋での敵勢力に対して、我々が優勢を維持できる見込みでもある。我が方は内線側だ。兵力を積極的に移動させながら戦うしかない。そのためにも、ショートランド、トラックへの輸送は維持し、沖ノ島への威力偵察も維持する。当然ながら南西航路護衛も維持だ」

「この方面への敵の攻勢があった場合は?」

大淀が問う。艦隊司令は応じる。

「もちろん、迎撃が主要な任務になる。我々の最大の任務は、我が国の生存を維持することだ。各拠点へ迅速に移動し、各所より出撃、迎撃を実施する」

つまり、と彼は言う。ジャム島もその一か所になるだけだ、と。

「これまでの敵の動向からして、太陽光によるエネルギ取得が容易なカレー洋には、すでに複数の中間プラントが存在しているはずだ。これを撃破することも、我々にとって必要なことだ」

彼は言う。部隊にとって、カレー洋での戦闘には意味がある。敵と我々の勢力が隔絶していない今こそ、カレー洋の敵戦闘支援機能を撃破し、さらに欧州と連絡することは、国家戦略と同時に、我々の軍事戦略に意味がある。

「この作戦行動を以後、011行動計画と呼称する。大淀、明石、間宮」

「はい」と三つの声が重なる。

「ジャム島の基地機能を再強化する。これは敵の圧力下での輸送、さらには兵站計画を含む。これを立案せよ。また、ジャム島近辺の敵の動向について、仔細情報を獲得せよ。さらにジャム島を策源地として作戦行動を維持する全措置について、検討、立案、報告せよ」

「了解しました」とふたたび三つの声が重なる。艦隊司令はうなずき返す。

「まずは、皆に説明しておきたい。不知火、時間まであと何分だ」

「12分です」

「では、大淀。荷物を降ろして来い」

彼は少しの笑みを見せ、それからチョコレートへ手を伸ばす。

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