艦これ日記 15春イベント その10

「この熊野、当然ながら、出撃割に入っておりましょうね」

「あー、それじゃあ、通じないと思うけどなー」

熊野の隣で、さすがに少し困ったように、鈴谷が頭を掻く。とはいえ、熊野の言いよう、いわゆる熊野語には、皆もだいぶ慣れている。たとえ2人が急に艦隊司令公室に訪れて、急にまくし立てたとしても、だれも怪訝には思わない。艦隊司令もそうだ。彼は卓に頬杖をついて熊野を見返す。

「出撃を望むのか」

「ええ、もちろん」

「っていうか、行かせてくれないかなあ、艦隊司令」

鈴谷は、いつもと少し違って不安げだ。それも珍しい。艦隊司令は問い返す。鈴谷はどう思ってるんだ、と。

「あたしも、熊野といっしょだよ。出撃した方がいいって思うんだ。ホント、胸騒ぎするくらいに強く」

でもね、と鈴谷は続ける。どうして、とか、なぜに、とかそういうのがうまく説明できなくって、と。

「説明なんか不要ですわ。鈴谷型二隻に、何の不満があるというのですの」

「まあ、ね。自信はあるけどさ。最上も、三隈も、おんなじみたいなんだけど、あの二人だからさー、無理に言わないだけで」

三隈は、つい先日に鎮守府配属となった。三隈を長いこと待っていた最上は、喜び彼女へと駆け寄り、抱きつくほどだった。そして案の定、額をぶつけあい、二人して頭と、互いを抱えて泣き笑いする、というギャグのような一幕にもなった。

「わかった。出撃枠に入れる」

即答する艦隊司令に、鈴谷は、いいの?、と問い返し、熊野は胸に手を当てて、承りましてよ、と請け負う。こんなことは、以前にもあった。その時には那珂だった。どうしてもトラック作戦に参加したいと言っていた。若葉はキスカのことを何度も口にしたし、霞は、彼女が決して口にしない何かを、ひと時も忘れることなく胸に抱いているようだ。艦むすの記憶特性には、そういうものがある。そして、それを聞かされた時、艦隊司令はいつも同じように答える。

「頼むぞ」

「当然ですわ」

「お任せー」

鈴谷の方は軽く敬礼をしてみせる。二人の退出を待って、艦隊司令は自分の端末を操作し、いくつか書き換える。それに伴って、シミュレータがいくつかの曲線を描きだす。その数値を見つつ、大淀が問う。

「よろしいのですか」

「もちろんだ。鈴谷型二隻に不満などない」

艦隊司令の見やる大判ディスプレイには、カレー亜大陸南側のカレー洋海図が示されている。深海棲艦のプラントは、設置深度が限られている。いわゆる大陸棚一般は、彼らにとって深度が深すぎるらしい。そのため彼らはこれまで、島嶼沿岸、海嶺、海山、環礁、そういったところにプラントを設置していた。今回もおそらくそうだろう。海図にも、それらが強調表示されている。そのどれに深海棲艦がプラントを設置しているのか、はっきりはわからない。

U-511が欧州から自力回航してきたとき、そのカレー洋通過時の報告から、その周囲に深海棲艦のプラントがあるのはわかっている。確認するには、実際に向かうしかない。艦隊司令は、ここには二個艦隊が派遣を計画していた。残り二個艦隊のうち、一個艦隊はジャム島に常に控置され、一個艦隊枠がベーグル湾掃討と、ジャム島本土間の海上交通線護衛を行う事となっていた。艦隊全体の運用としては、ぎりぎりだ。国家レベルでも、海上交通線護衛水準が低下し、産業への影響も無視できない。

艦隊司令はどこ吹く風で、ただそのディスプレイを見ている。彼の派遣する艦隊のうち、一個は、鈴谷、熊野を含む。これには長門、陸奥、加賀が配置され、呂-500が先導につく。彼女らが、本務部隊、第一艦隊だ。二個目の艦隊は、鳥海、摩耶、千歳、千代田、島風、雪風からなる。軽快な偵察艦隊だ。これら二つの艦隊は、連合艦隊を編成しない。二つの艦隊は、スピンオフの支援艦隊システムによって力場を調整し、比較的近距離で活動できるようにするが、それぞれに違う役割を与えられている。第二艦隊が捜索、発見した敵を、第一艦隊によって撃破突破する。

鳥海もまた、出撃したい、と言っていた。ただ彼女の場合は、艦隊司令に訴えるよりも前に、出撃割に組み入れられていた。鳥海と摩耶は、最初のリランカ攻略のときから、カレー洋での戦闘に関わっている。今回は第二艦隊の打撃力の中枢だ。

鳥海は、第二次改修を受けて、新しくなった艤装を持ち、摩耶とお揃いのベレー帽をかむって、出撃準備を整えていた。自負とともに、彼女は力強く言う。

「さぁ、行きましょう!やるわよー!」

その鳥海の両脇で、島風と雪風が跳ねる。はやく、はやくー、と。まったくガキっぽいんだから、と摩耶は腕組みをしているけれど、つま先は待ちきれないように桟橋をとんとんと叩いている。千歳と千代田の姉妹は、大型艤装の航空甲板を準備万端に整えている。

第一艦隊の6隻も同じくだ。長門と陸奥がともに大作戦に参加するのは、これが初めてになる。長門はいつも通りを装っているけれど、少し違う。苛立っているのか、不機嫌なのか、それとも気合が入っているのか、はた目には良くわからない。ほんとうにいつも通りなのは陸奥姉で、そんな長門をつついてはくすくす笑っている。呂-500は、その陸奥姉の横にくっついて、同じくくすくす笑っている。第一艦隊の先導をするのは、その呂-500だ。彼女は跳ねながら手を振ってみせる。

「それじゃ、みなさーん、ろーちゃんの後についてきて!」

艦隊、はっしーん!その声とともに、二つの艦隊は、ジャム島を出撃する。


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