見出し画像

Sorry Not Sorry: タイラー・ザ・クリエイターの軌跡

2021年の『Call Me If You Get Lost』に、未発表などの8曲を入れて突然リリースされた、タイラー・ザ・クリエイターの『Call Me If You Get Lost: The Estate Sale』。

「Estate Sales」というのは、財産の処分、販売、という意味。正式版入りしなかった曲の処分、という意味では残り物なのかもしれないけれど、ヴィンス・ステイプルズやA$APロッキー、YGの客演曲や、カニエへのオード(頌歌)的な「Heaven To Me」、先行リリースされた「Dogtooth」も印象的。


けれど、個人的に一番印象深かったのは、アルバムの最後を飾る「SORRY NOT SORRY」とそのMV。


歴代のタイラーが登場して繰り広げられるショウでは、センチメンタルなメロディに合わせて、過去を振り返りながら、心の内を吐露していく。

Odd Futureの仲間たちと仲たがいしてグループを続けられなかったこと、
一時的な関係を持って期待を持たせてしまった人たち、
付き合っていることを隠さなければならなかった男の子や女の子たちへの謝罪。

どちらにしても、自分のことを詮索しようとする人たちに、
彼はアートを提供してるんだから、身の程を知れ、
と自分のプライバシーへの尊重を主張する。

「タイラー、あなた変わってしまったね」、と言うファンに謝りながらも、
彼のことを個人的に知らない人たちに彼の本音は見せられない。

アフリカ系アメリカ人の祖先たちに、同胞たちのために闘わない自分について詫びながらも、アフリカから発掘されてきたダイアモンドに夢中。
自分はスーパーマンでもなければ、同胞も救えない。

才能と知識と情熱があることを悪びれず、
自信を持って我が道を生きることも悪びれず。

でも、彼にも貧困を舐めて来た過去があり、
ケチャップを水で薄めて使わなければならない生活もしてきたけれど、
自分を信じることで多大なる成功を収めてきた。

でもそんな成功者をひがみ、
共感できない輩は必ずいるもので、
そんなヤツらかの攻撃も華麗にかわし、反撃し、
悪いけど、同情できないんだよね。
そんなヤツらに捧げる言葉は、「お前らなんてどーでもええし」。
悪いけど、自業自得だろ。(ここら辺のビートが、ちょっとディラっぽいような?)

などと、言い放つタイラー。なんとも、彼らしい。
そしてこのMVからは、それぞれの作品や時期に収めて来た成功に執着せず、常に新しい自分を開拓し、今味わっている成功への固執もしない姿勢も感じさせる。

ファンやメディアに「変わったね」と指摘されて「自分は同じところに停滞していたくはない」と冷めた口調で言い放ったケンドリックとも重なる。

そしてこのMVで個人的にぐっとくるのが、出だし35秒辺りに出て来る、タイラーのお母さんの表情。

タイラーは生まれ持った強烈な個性を持っているのは、誰の目にも明らかだと思うけれど、このダイハードに女手一つで息子を守り、育て、応援してきたお母さんなくしては、今のタイラーはありなかったのではないかと思う。

オッドフューチャーがビッグになり始めた頃、頭を打って近所の病院に行ったら、ライブで骨折をした時に付けたギブスを外しに来たタイラーと、おかん、タコと出くわしたことがある。このMVのおかんは、あの時のおかん、そのままだ。

病院の人が誰もタイラーだと気付かない中、ひとりで「わたしタイラーのむっちゃファンなんです!」というわたしに気をよくしたお母さんが、通り過ぎる看護師や患者のみなさんに「彼女、私の息子のファンなのよ!」と嬉しそうに言いふらしながら、「息子ね、もうすぐ日本にツアーに行くのよ。私も一緒に行くの。日本でヴィトン買えるかしら?(笑)」と嬉しそうにわたしに語ってくれた。

あれから10年以上の月日が経って、タイラーの多大なる成功を、お母さんはどんなに誇りに思っているだろうか。そんなおかんの、次の次の次の次…くらいに、わたしも嬉しく見守っているよ。

おめでとう、タイラー。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?