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ショパン「別れの曲」を初めて弾いた時の話

前の記事で、恥ずかしながら、ショパンのエチュードOp10-3の演奏をアップしたのですが…

この曲は、みなさまご存知「別れの曲」として有名な曲です。

年がバレますが、この曲を初めて意識して聴いたのは、当時人気だったドラマでした。

そのころ、私は高校生で、そのドラマを見て、「これ弾きたい!」と思った、単純な動機の曲です。

(あのドラマを見て、弾きたくなった人は、いっぱいいるはず(笑))

でも、

私は、もともと、先生が言われた曲をこなすのに必死で、

「これ弾きたい!」という曲がない、

というより、

知っている曲も少なく、弾きたい曲がなかった。

その私が、「これ弾きたい!」と思うのは珍しく、

先生に、恐る恐る「これ弾きたいんですけど」って、初めて言ったような記憶があります。

そしたら、先生になんと言われたかというと、

「まだ早い」。

その時は、悔しい思いをしましたけど、

今、先生の立場になると、その気持ち、よーーーく分かります(笑)

私も生徒に言っちゃうときある。まだ早いって(笑)

中学・高校生のころ、レッスンやコンクールで、みんなに口をそろえて言われていたことがあります。

「表現力が足りない」
「ダイナミクスが足りない」
「表情が豊かじゃない」

指はそれなりに動くので、速いパッセージなどはなんとか弾いていたのですが、

音楽性が、抜群に足りなかったんですよね。(音楽家として、致命的^^;)

「別れの曲」の最初と最後の部分は、表現力がないと弾けない部分です。

そりゃー、言うよね~、「今は無理だよ」と。

でも、

結局、「まだ早いけど、」と言いながらも、先生、弾かせてくれたんです。
(ありがたや~)

そこで、今思うこと。

当時、弾く事は弾けた。

でも、たぶん「ただ弾けた」状態だったと思います。

自分なりに、表情をつけようと思って弾いていましたよ。

でも、できていなかったと思います。

でも、音楽性、表現力では未熟であって、未完成であったけど、

その時、弾かせてもらえてよかったと、今でも思っています。

表情以外のテクニック的なこと、指使いや、速いパッセージの指の運びが、体がいまだに覚えているんですよね。

だから、最初に弾いた時から、〇十年経っているけど、譜読みがほとんどいらないで弾けるんです。

当時は、譜読みがとにかく遅い私でしたので、苦労しました。

今、その苦労が報われている感じです。

そして、その時はできなかった、表現が、今は、少しはできているかなと思う。

でもね、もっと上手な人たちは、中学・高校生の時から、
表現力は豊かだし、
譜読みも早いし、
譜読みの曲数も桁違いで多いので、
私の苦労は、「全然」だったということも、今になって分かります。

だから、何が言いたいかというと(笑)

音楽的なものが未熟であっても、テクニック的に弾ける曲はどんどん若いうちに弾いちゃえ!って思います。
未完成でもいいじゃん。とにかく曲数弾く。

もし、今、私が、このレベルの曲を、最初から譜読みするとしたら、それなりに時間かかると思う^^;
(まだまだ未熟です…)

でも、こんな甘ちゃんで、レベルの低い私で、エチュード全曲弾けないけど、
何曲か、今、ちょっとやれば弾ける曲あるのは、よかったなぁって思うんです。

なぜ、今、急に「別れの曲」を弾きたくなったかわからないけど、
時々弾きたくなるんですよね。

私の、拙い演奏を聴いてしまった人は、お耳直しに、素敵な演奏を紹介します。

ピアニストによって、全然、音楽的な持って行き方、違いますよね~。

表現って、いろいろあっていいと思う。
(多少、ショパンの思惑と違っても)

ショパンだって、最初、この曲はVivaceにしていて、後から、Lentにしたってことは、
曲が完成してからも、メロディーが当初のイメージと違ったからでしょう。

どのピアニストもいいなぁって思うけど、誰かっていえば、キーシンかなぁ。

そして、この曲聴くと、

ほんと、高校生のころ、思い出す。


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