Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(十一)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
十一
『こんはろ~!! プロアクティブ所属6期生。桜の精霊・桜乃このみだよ!!』
どうやら、いついかなるときも、お決まりの挨拶文句は言わなくてはならないらしい。
戸塚に案内された大きめの会議室。そこに設置されたモニターに、Vチューバー姿の桜乃このみが映し出された。
『あ……、えと。戸塚さん。本日はお忙しい中、このような場を設けていただき、ありがとうございますぅ……』
元気がハツラツとした挨拶とは打って変わって、戸塚に対してへりくだる。その様子から立場関係がうかがえた。
――いや、動画配信者のあんな姿見たくなかったな。
「えー、八咫さま。ご存知のとおり桜乃さんはバーチャルの動画配信者です。先ほどもお伝えしましたが、関係者とはいえ、そのー……」
「わかってます。直接の対面は出来ないから、対局は『雀天』の友達対戦で行う」
オンライン麻雀ゲームである『雀天』では友達どうし専用の対局ルームを作ることができる。個人でポイントやレーティングを競い合う段位戦とは違って、赤ドラの有無やウマオカなど細かいルールを設定することも可能だ。
「問題ありませんよ。リアルが主流ではありますが、別のネット麻雀で遊んだことくらいあります。操作がわからなくて実力が出せないなんてことはないでしょう」
それを聞き、戸塚は「チッ」と露骨に舌打ちをした。
「八咫さまは『雀天』のプレイは初めてとのことなので、お手数ですがアプリのダウンロードと初期設定だけ、お願いいたします。わたしは女流プロを迎えにいきますので、その間に」
そう言い残して、戸塚は会議室を出る。頑なに女流プロの名を明かそうとしないのが、玖郎にはいささか不思議であった。
『……あの、玖郎くん。ごめんね。その……なんか、巻き込んじゃった、みたいで』
モニターの中から、桜乃がおずおずとした態度で、そう言った。
「別に。俺が勝手に首を突っ込んだだけだから」
事の経緯は戸塚から共有されているが、桜乃からしたら、玖郎に対しても後ろめたいと思うのは当然だった。
「……むかつくんだ」
『え?』
「あいつはさ、今日の麻雀でも自分たちが勝つと思っていやがる。麻雀プロの俺が参戦しても、だ。もちろん勝負事だから、勝つつもりなのは当然だし、自信も大事だ。だけど、やっぱりそれって、軽んじてるよな」
『……軽んじてる? 玖郎くんの麻雀の実力をってこと?』
「ひとつのことに賭ける思いの強さ、ってやつをだよ」
台詞を吐いた直後、玖郎は自身の耳に熱が帯びるのを感じた。
そんな彼に桜乃は、いつもの豊満な笑顔とは違う、慈しむかのような微笑みを向ける。
「……あー、そんな話はいいとして。桜乃、俺なんかに言われたくはないだろうけど、大事な仕事の命運を麻雀で決めるような真似、絶対にしないほうがいいぞ。まあ、上手く戸塚の口車に乗せられた形だったんだろうけどさ。それでも、お前の本職はVチューバーなんだから。麻雀に人生賭けるのは、麻雀プロだけでいい」
『うん……。ありがとう。でもね、別にわたし、言いくるめられたりしたわけじゃないよ、戸塚さんに』
奇妙な倒置法で彼女は言った。
『戸塚さんはね。プロアクティブのVチューバーの認知を、もっともっとたくさんの人に広めるのが仕事なの。そういうプロなんだよ。それに、あの人は誰よりも、わたしたちのことを考えてくれてる』
「は?」
『わかってるんだ、戸塚さんは。いっぱい見てきたから。ファンが離れていく動画配信者を。その人たち配信を辞めていっちゃう姿を。そして、このままだと、わたしもすぐに、その人たちと同じ結果になっちゃうことも』
ファンが離れていく。
マイルドに表現しているが、それはつまり、売れなくなるということ。
人気商売をしているものにとって、生きる場所を失うということだ。
『だから最初の、玖郎に影武者になってもらうって企画だったんだよ。麻雀だけは本物のプロに任せて、『桜乃このみ』の、その自我は、わたしに残したままでいようって。でも、それをわたしは拒んじゃった……』
「だからって中身を入れ替えようってのは、酷い話だと思うけどな」
『一番酷いのは、このままダラダラ続くことなんだよ。わたしが『桜乃このみ』のまま活動している期間が長くなれば長くなるほど、活動休止時に立ち直ることが難しくなるから。戸塚さんは「辞めるなら早い方がいい」って、そう言ってた』
――そういうもの、なんだろうか。
見識のない玖郎は、黙って唇を閉ざす。
『このままでも、あともう少しの間はプロアクティブに所属しているってブランドだけで活動していられるけど、じきに誰からも見向きされなくなっちゃうから。みんなから忘れられちゃうから。わたしには、みんなの中で生き続けられるほどの強い売りがないから。だったら、どうしようもなくなって倒れちゃう前に、立て直さなきゃいけないの』
――それゆえに『桜乃このみ』の入れ替え、か。
「でも、そんなのは。どうしても、詭弁に聞こえる。大人の都合ってやつに見えちまう」
『その通りだよ!!』
急に声量を高めた桜乃に、玖郎はたじろぐ。一瞬、間違えてモニターのリモコンを踏みつけて音量が爆上がりしてしまったのかと思った。
「なにが……、その通りなんだ?」
『つまり戸塚さんも、詭弁を言わなきゃいけないくらいに、いっぱいいっぱいなんだよ。Vチューバーの人気を落としたくないって思いでさ。だから――――わたしのすることは、戸塚さんを安心させてあげることなの!』
「あ、安心?」
『うん! 「大丈夫だよ、戸塚さん!」「心配しないでも、わたしは麻雀Vチューバーとして人気になってみせるよ!」「それだけの力を持ってるよ!」って。そう伝えるために、わたしはわたしの処遇を、今日の麻雀勝負に賭けたんだ』
「…………」
『今日、戸塚さんが連れてくる女流麻雀プロの方に勝ってみせる。そして戸塚さんを安心させる。それが出来なくちゃ、どのみち、わたしに未来はないからね! わたしは、わたしが、わたし自身で、今日の一戦を麻雀Vチューバー桜乃このみのオープニングファンファーレに決めたんだ!!』
玖郎は閉口こそしていたものの、その心中は開いた口が塞がらなかった。
今回の件、桜野このみは社会からの圧力をかけられた被害者だとばかり思っていたが、彼女自身は、この展開を望んでいたかのように言うのだ。
それもVチューバー活動におけるパートナーを安心させるためだけに。
しかしそれは、よく考えたら会社の得意先からの評価をや信頼を得るための行為と類似するかもしれない。
どの世界でもそうだ。評価と信頼を得ることこそが、過酷な競争社会を生き抜くことに繋がる。評価されなければ会社は利益を出せないし、信頼がない銀行なんて潰れるまで秒読みと言える。つまりそれは、不安となる。
だから安心の証明をするためにリスクを犯すのは何も間違っていない――――否、リスクを侵してでも安心を作りだすべきなのである。
そのことを桜乃は、肌で感じ取っているのかもしれない。
「それにしたって無謀だろ、桜乃。少しだけお前の麻雀動画見たけどさ、はっきり言って、素人の域にも達していなかった。それに今日相手するのは『雀天』の最下級の奴らとは、わけが違うんだぞ。麻雀プロなんだ。それに戸塚も麻雀には自信があるって言っていた。正直、勝率はかなり低いと思う」
今更そんなことを言ってもしょうがない。玖郎自身そう思っていたが、桜乃に気を引き締めてもらう意味での言葉だった。しかし桜乃は、ふふんと鼻をならし、見くびってもらった茶困りますよ、と言った。
『わたしね、この一週間、玖郎くんのアドバイス通り一生懸命に麻雀の勉強してたんだよ!!』
「おれのアドバイス通り……? ああ、戦術本でも読めとか言ったけ?」
『一冊読み切りました!!』
ほう。玖郎は素直に関心した。
あんな投げやりの言葉を真摯に受けてくれるとは。麻雀プロでさえ、いくら言っても麻雀本を読まない者だっているというのに。
しかし、これは朗報ではなかろうか。桜乃がセレクトした本ということは、つまり初心者向けの入門書だろう。一冊読み切ったとなれば、内容を完璧に理解はしていなくとも、ある程度のセオリーも身についているはずだ。
ならば――――勝機はある。
「ちなみに、なていう本を読んだんだ」
玖郎の問いかけに、桜乃は元気良く返答をする。
『これだよ!!』
彼女に姿を映していたモニターの映像が切り替わり、大手ネットショップの購入履歴画面となる。親切に原本を見せてくれるようだ。
画面に表示された書名は、玖郎もよく知るものだった。
【著:バービィー】
【書名:バービィーのメンチン何切る】
「なんでよりによって、それなんだよ!!!!」
玖郎の怒声が会議室中に響き渡った。
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