青山霊園前駅で降りた僕は

銀座線に乗って、不思議な体験をしました。


 銀座駅で地下鉄に乗って、シルバーシートの前に立っていた。新場死駅でどどっと下車し、僕は席に座った。地獄門駅で数人が降車した。銀座での込み具合が嘘のように、この車両には十人くらいしか乗っていない。血の池散々駅を通り過ぎ、垢だけ見付駅では乗り換えなのに誰も下りず、青鬼一丁目駅で五人ほどが降り、外苑墓地駅では四人ほどが降りて、この車両に乗っているのはシルバーシートに腰かけた僕だけになった。地下鉄が動き出すと、首筋がひんやりして、僕はぞくぞくっと震えた。そして青山霊園前駅で僕も下りた。薄暗い駅で振り返ると、明かりの消えた暗い地下鉄が左側のトンネルに消えていった。

 何でこんなに暗いのだろう。僕は改札口と表示のある薄暗い階段を昇って行った。自動改札口の両側には蝋燭の炎が揺らめいていた。そうか、停電なんだ。そこだけ炎のせいで明るい。しかし、改札の向こうは真っ暗だ。改札を出てからどちらに行けばいいのかわからない。改札の並びに駅員室のガラス窓があり、白っぽい影がゆっくりと動いていた。僕は蝋燭の燃えている改札口を出て、駅員室のほうへ向かって歩く。

 ガラスをノックすると、白っぽい影の様な駅員が、僕の顔を見た。駅員の顔は帽子のかげに隠れてよく見えない。何でだ?薄暗いせいだろうと思いながら

  「すみません。出口が暗くてわからないんですが」

  「どちらに行かれるのですか」

  「青山霊園です」

  「ああ、それなら、この前をまっすぐに進めば、地下霊廟ですよ」

  「あの、地下ではなくて霊園の管理事務所に行きたいんですが」

  「霊廟のドアを開けると前に管理事務所がありますよ」

  「そうですか。ありがとうございました」

 僕は灰色のかげの様な駅員に礼を言うと、右手の闇に向かって歩き出した。静かで寒くて暗い。真っ暗のように思えるが壁面のカビだか苔だかが薄青く光っている。そのおかげで何となく歩くことが出来た。突き当りは両開きの重そうなドアで、ドアの両側に金属製の長いポールの様な把手がついている。思い切って両手でポールを掴んだら、ものすごく冷たくて、両掌が金属のポールに貼りついてしまった。

 

  「あっ」

  ぼくはそっと手を剥がそうとしたが、掌の皮膚が剥けそうだ。

  「いたたたたた」

  掌を握ったり開いたりして、すこしづつポールから手を剥がしながら、ドアを開いた。そこは外と同じように薄暗く、棺が等間隔で並べられていた。火葬ではないのかなと思いながら、棺の間を抜けて、メイン通路に出た。通路右手にはやはり両開きのドアがあり、両側で蝋燭が燃えている。僕は掌をズボンの尻でこすりながら、霊廟の正面入り口と思われる蝋燭の燃えているドアを肩で押し開いた。そこは石段になっており、上へとのぼっていた。霊廟の中と変わらない薄暗さの中を十三段のぼると、明かりの消えた管理事務所が見えた。昼間取材に来ていてよかったと思った。後ろからガタン、ドシンといった物音が聞こえ、振り返ると、霊廟のドアが開くところだった。何だかドアのすき間から煙が漏れてきたのかと思ったが、それは人型となり、次々に階段を昇ってくる。前に突き出した両腕から手首が垂れ下がり、幽霊なのか、ゾンビなのかわからないが、歓迎すべき存在ではなさそうだ。

  昼間来た霊園入り口を見ると、その向こうに渋谷の街灯りが見える。僕は久しぶりに明るい景色を見たような気がした。もう一度振り返って階段を見ると、あと二メートルというところまで灰色の影のようなものが近づいていた。走って霊園の門をくぐると、一度振り返った。灰色の影は見えなくなっていた。

  鳥肌だっていた首筋に汗が噴き出てきた。なんなんだあれは。僕は交通信号機の明かりで掌を観察し、あかくなっているのを確認した。両手をズボンのポケットに入れて、自動車通りに向かって坂を下って行った。自動車の行き交う賑やかな通りに出て、安心して振り返った。ゆるい上り坂の向こうに青山霊園の闇が広がっていた。

 

  僕は渋谷駅に向かって坂を下りながら、銀座駅から乗った地下鉄がおかしかったことを思い出した。死に場所なんておかしい。しんばしのはずだ。次が地獄門。これは虎ノ門だろう。でも地獄門で降りていたらどうなっていたのか。青山霊園でぞろぞろ出てきたのは、幽霊なのか、ゾンビなのか。どうして駅の通路が霊安所に繋がっていたのだろう。これは夢なのか。夢の中で渋谷に向かって歩いているのか。目が覚めたらどこにいるのだろう。確か銀座の元デパートだったビルのテナントに取材に行った帰りだから、渋谷に帰る地下鉄に乗るのはおかしくない。問題は新橋駅がなかったことだ。もうそこから変だ。なぜ変だと思わなかったのか。渋谷駅の工事現場を過ぎ、京王胃頭線に向かった。


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