声なき一言を

 声が出ない。

「あー、こりゃ完全に喉腫れてんな」
「あのね、ごほっ」
「こら、無理に話そうとすんな」

 唇から零れるのはひゅーという息の音。
 声を出そうとすれば、痛みが言葉を阻害する。

 今日は彼に言いたいことがあった。
 だから、体育館裏に呼び出したというのに、これではなんの意味もない。

 まさか緊張で寝つけなかった報いがここでくるとは……

「話ならいつでも聞くからさ。今日は止めとこうぜ?」
「でも、ごほっ」
「ほら、無理だよ。なっ?」

 ああ、情けない。
 たった一言、ただそれだけのために呼び出したのに、その言葉すら伝えられない。

 それでも、言葉じゃなくても。

「……あのね」
「ん?」

 彼の耳元に唇を寄せる。

 その赤い耳に口づけをひとつ落とすために。

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