見出し画像

台本/1:1:0/ミカエリサマ

ライトな雰囲気です。おんぼろ学校に赴任してきた矢絣に袴をはいた女性教師と、生徒の会話。 初めて会う人種に戸惑う少年に大人の対応をしている女性教師と思っていると、女性教師がこの地方由来の伝承を少年に尋ねたことがきっかけで徐々にそんな雰囲気はなくなってしまい……。 時代は大正あたりかもしれない。

A:ある日、島に若い教師が赴任してきた。
A:一学年しかないおんぼろ学校に赴任してきた教師の姿は、はいからな矢絣の振り袖に暗褐色の袴着を胸高々と着けていた。
A:子供達はやれ東京から来たのだろう、都会の学校はどんなところだろうと噂の絶えることなかった。
A:若く美しい女の先生は、生徒男女問わず注目の的になっていたのだ。
A:こんな小さな学校であるから、注目の的にならぬはずもあるまいが、それは学徒だけでなく子供達の親たちにもそれはそれは評判であった。
A:時代柄、ひと昔は女が勉学をするとは余計なことをするな、知恵のついた女など嫁の貰い手がないといわれていたものだが、この小さな島ではそこまで強く都会的な習慣にも染まらず、老人などはやれ綺麗な女子が来たと喜んでいるくらいだった。
A:ことあるごとにうちの息子の嫁にと酒の肴にでもするように話を持ちかけていたが、そこはにこやかかつ、さわやかに、『あら、まだまだお若いのに私など勉学しか取り柄のない女などもったいない、もっといい人がおりますよ。』とさらりさらりとかわしていたものだ。
A:ともかく、弁が立ち、見目麗しい先生は子どもたちの憧れの的になるのはあっという間のことだった。
A:先生は、師範学校を終え、初めての受け持ちがこの学校だということだったのは後ほど知った。
A:そして、この雨の日、初めて先生と個人的に話した。
0:雨。
B:雨降っちゃいましたね。傘、持ってきましたか?
A:はい、持ってきていますけど、この雨じゃあ……。
B:天気予報にも困ったものね、近頃は予報の確率も上がったという話なのに、ここの地域といったら山が多いから急に天気が変わってしまって。
A:先生も……。
B:ん?私が何ですか?
A:先生も傘を忘れたりするんですね。
B:……ぷっ。
A:うん?
B:あはは、それは私だって忘れることがありますよ。君の中で私ってどんな人なんですか。
A:え、その、いつもそつなくて、やることなすこと完璧な人。
B:あら、そんなふうに思ってくれるほど、私ってしっかりしているように見せられていたのね。
A:先生、傘貸してあげる。家近いから。
B:いいわよ、生徒に傘を借りて風邪をひかせちゃったら問題になっちゃうわ。それに……ほら!
A:(M)そういった先生は雨の中に飛び出していた。ざざぶりの雨の中だ、もう傘を刺したってずぶ濡れには変わらない。
A:なんか、ずるい。
B:ずるい?……そうかしら。そうかもしれないわね。
A:先生に傘を貸せなくなった。
B:そうね、わたしはあなたに傘を貸しても無意味にした。大人ってそういうものよ。
A:(M)そうにこやかにうそぶく先生はいやに僕達よりずる賢いような、僕達と同じような雰囲気がして、なんだか悔しいような気がした。悔しいような気がしたから、僕も傘を刺さずに雨の中に飛び出した。
B:あ、こら、何してるの!ちゃんと傘を刺して帰りなさい!
A:もうずぶ濡れです。靴の中までぐずぐずだから先生とかわりません。山の祠の近くまで行けば山小屋に非常用の毛布もありますから。
B:はー、まったく、もう。一旦、校舎に入りましょう。乾いた手ぬぐいくらいはあるでしょう
A:(M)その後は先生が頭をわしゃわしゃと拭いて、あとは自分で拭きなさいといってから、『私はもうそのまま帰るわ、女中さんに怒られちゃうわね』とぼやきながら雨の霞に消えていった。
A:(M)この出来事は僕にとってはひどく特別なことで、他の連中とは共通の話題にする気にならなかった。
A:(M)そんな中、授業が終わって廊下を歩いている時に、先を歩いていた先生が急に振り返り、こんなことを聞いた。
B:『ミカワリサマ』って知ってる?
A:(M)突然のことで面食らった。ミカワリサマ。確かばあちゃんは『ミケーリバアサンやらミカーリサマ』やら、そういった呼び方をしていたと思うが、多分それのことだろう。うなずくと、先生の目がきらりと光った気がした。
B:後から生徒指導室……は悪いか、音楽室にきてくれない?
A:(M)あれよあれよという間に、先生は袴を翻して小走りに走り、他の先生に怒られていた。
0:放課後音楽室
A:(M)放課後の教室に若く美人な先生と二人きりという状況に戸惑いながらも、先生が何を話すのかを待っていたのだが、先生は何やら思案しているようで、しばらく沈黙を守っていた。
B:……ミカエリサマって呼ぶわね、便宜上。いろんな名前があってよくわからなくなるから。ミカエリサマには会ったことがある?
A:いえ、ないです。あとミカエリバアサンっていう呼び方をよく聞きますね。
B:はあはあ、ここではミカエリバアサンなのね。
A:八日の晩には里を巡るっていうんで、みんな戸締りして絶対に外に出ないことにはなってます。
B:戸締りしていたら平気なんだ。それに夜に閉じこもっていたら見返りすることもない。合理的ね。声をかけられることもなく、また覗かれることもない。意外ときちんとしているのね。
A:あの、話が見えないんですが。
B:話が見えないのは結構結構。本来はこんな話は知らない方がいいことなんだから。君はあんな晴れ予報の日に傘を持ってくるくらい慎重だから、ちょっとだけ先生の秘密を教えてあげてもいいかなと思ってね。
A:先生の秘密、ですか。(M)そういう先生は笑顔だったが、どうにも目つきが鋭く、微笑んでいるのにそうでない、抜身の刀のような雰囲気を纏っていた。
B:兎にも角にも、ミカエリサマとかミカエリバアサンが八日の晩に歩き回って誰も外に出ないって不気味じゃない?
A:言われてみれば不気味かもしれません。そういう風習だって昔から言われていたから全然意識してませんでしたけど。
B:先生はねー、そういう風習を蒐集したりちょっと懲らしめたりするのがしきたりでね?そういう所に行くと必ず調べごとをしなきゃいけないんだぁ。
A:(M)普段とは違った童女じみた話し方がどうにも心を許してくれているようで何とも言えない気分になってしまうが、これが先生の素の姿なのだろうか。
A:でも先生、別にこの村で『変なことが起きたことはない』ですよ。
B:百点満点の解答だね。でもね、八日の晩に閉じこもって決して出てはいけないなんて風習は、この村の周辺にしかない。むしろ、この村が中心になっているの。
A:そう、なんですか?
B:そう、八日の晩に覗き込む、というなら一つ目小僧の話が合ってね、覗かれて驚くくらいなのだけれど、ミカエリサマはちょっとね。見返ると何かが起きるから見返り様なわけだから。
A:見返ると何かが起こる……。
B:そう、でもこの村では絶対にそうならないように徹底している。それはつまり見返ると碌でもないことが起こるということ。なのにこの地に長く居続けるということは、封印されているか縛られているかのどちらかね。
A:封印ってどんなものですか?
B:神社仏閣地蔵祠、いろいろねー。でもこの辺りなーんにもないじゃない?面倒を見てある道祖神はきちんと手入れされているし。
A:あの、手入れされてる、けれど祠なら心当たりあります。
B:え、どこ?
A:雨の日に寄った山小屋です。
B:あ、そんなこともいっていたわね。今からでも寄れるかしら。
A:ちょっと遅くなるけど、僕は帰り道だから……でも先生は真っ暗になっちゃうかもしれないので……。
B:おやおや、大人の女の心配かな?
A:して悪いですか……。
B:悪くない悪くない。今のは私が悪かったわね。(にししと笑いながら)いやいや、青少年を見てるとどうしてもからかっちゃうというか、可愛がりたくなるというか。下手なんだよなぁー、私。とにかく、真っ暗になっても大丈夫よ、お家柄、そういう夜道を歩くことが多いの。だから変なのが出てきても一網打尽ってね。
A:わかりました。
0:場面転換
B:うっひゃー、こんな山道を毎日歩いてきてるの?
A:そうですよ。
B:すっごい、ちょっとした行人みたい。
A:褒めてるんですか。
B:褒めてる褒めてる。
B:で、問題の祠は……これか。ちゃんと手入れもされてる、見たところボロもない。んー、まだ何かあるのかなぁ。
A:特に役に立ちませんでしたか。
B:そんなものだよ、役に立たないのが役に立つの。一つ一つ可能性を潰しておくのが一番なんだからね。
A:あ、そういえばもうすぐミカリの時期だったな………供物用意しなきゃ。
B:ミカリ?
A:あ、うん、十一月下旬は物忌の季節でミカリって……あ。
B:ミカリ、ミカリ……神の狩猟の時期でもない、髪を結うのも狩りとは関係ない……どういうこと……?何の妨げになっちゃいない。
A:忌物だから神様関係かなとは思うけど、神様の妨げになっているものはないと思うんだけど。
B:山神様だと場合によっちゃ手に負えないんだけれど。
A:山を振り返っちゃいけない、とか?
B:いやいや、それは……それは……あるかも。
A:え、本当に?
B:山神様が木の数を数えているから山に入ると木に変わってしまうという話もあるのよねえ。
A:でも見返るとは関係ないんじゃ。
B:数える時確認することを見返すって言わない?
A:あ。
B:ミカエリサマがその手のものだったら放置するしかないんだけど何か引っ掛かるのよね。特に村の中限定っていうところが。その手の伝統ってどこの村もだんまりなのよね、どこが違うか、同じものなのか、全然わからないの。だから可能性が高いものや手軽なところから試してみるしかない。
A:病気になるとかそういうのはないんでしょうか。
B:下駄を外に脱ぎ捨てておくと病気になるっていうのはあるわね。
A:そんな不精な。
B:いるのよ、そういうのが。ところで。今日は八日の晩なのだけれど、ずっと後ろから話しかけているあなたは、一体何になるのか、それとも何をするのか教えてくれる?
A:(M)先生は、放課後に見た抜身の刀のような声でそう言った。その懐には今まで一切音などしなかったのに、ちりん、と音を立てて鈴のついた小刀が光っていた。
B:(M)目を見開いた僕は引き延ばした首を傾け、ゆっくりと振り返る先生に両手を伸ばし……。
0:時間経過
B:本日までお世話になりました。またここに来ることになるかもしれませんが、その時はまたよろしくお願いいたします。
A:先生。
B:はい、なんでしょう。
A:もう来ることないんでしょう。
B:あら、わかりませんよ。
A:僕はもうミカエリサマじゃないから。
B:んー、ちょっとちがいますね。ミカエリサマというのは行動そのものであって、誰かがミカエリサマじゃなかったんですよ。
A:僕が、ミカエリサマじゃない?
B:あー、自分が特別だとでも思っていましたかー?そういうのは早めにやめておいたほうが恥ずかしくないし女の子にもモテやすくなりますよ?
A:そこはモテるっていいきってくださいよ。
B:だって、ねえ、そんなはっきりいえることでもないですし。将来性はちょっとあるかなーとは思いますけど。
A:そんな真面目に答えないでくださいよ余計に恥ずかしくなるじゃないですか。そんなことよりミカエリサマです、ミカエリサマ。
B:しー。そんなに大っぴらに言うことじゃないですよ、すくなくともこの村では。
A:あー!もう!
B:そうそう、ミカエリサマですけどね。一応はもう風習関係なく出てこなくなりました。私が切ってしまいましたから。
A:切った……あれ、両手も首もやっぱり切られたのか……。
B:まあまあ、細かい理屈は抜きにして五体満足なんですからお気になさらず。この地方のミカエリサマというのはですね。山岳信仰と禁忌信仰のあわさったものだったんですよ。八日の晩というのは一つ目小僧などでも有名な怪異の活発な夜なんです。そんな夜にふらふら出歩く村人がいたら怪異はどうします?
A:襲いかかる。
B:と思ってもそこまでの力が長期間の村の禁忌によってなくなってしまいました。すると、力の使いやすい人間にとりついて、自分のなすべきことを全うしようとするんですよ。今回の場合は、私にふらふらついてきた、もとい案内してくれたあなたにとり憑いてくれたのでわかりやすかったんですけどね。
A:あれ、わざとだったんですね。
B:これ以上ないほど面倒くさかったのとこんなおんぼろ小学校に長い間赴任するのも結構難しいんですよ。特に私みたいにうら若き乙女だと何か問題があったのかとか疑われたりしちゃいますからね。とにかく、私が振り返ったことで、ミカエリサマは見返りを与えようとした。それが人間にとって幸か不幸かは関係なく、まあ、村が禁忌とするくらいですからダメなほうだったんでしょうけど。あとはスパーンと切っちゃったので解決です。
A:おおざっぱすぎる……。坊さん呼んだり神主呼んだりしないのかよ……。
B:似たような資格なら持ってますけど、本場のところでの国家じゃないほうの資格も持ってますし。そうでもないとこんなことしてませんって。
A:おれ、今度から女教師は絶対に信じない。
B:え、私、授業中は完璧だと自負していたんですが。
A:だから信じないんですよ!
B:えー。今の年から人に理想持つのやめたほうがいいですよー。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?