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台本/0:0:3/京都の魔 清

京都の裏の意味での掃除屋が入りびたる事務所は、また異なる掃除も携わっている場所。今日は事務所の持ち主である法師が東山で起きた事件で疲労しきっているであろう陰陽師を訪ねようとしていた。

飛鷹:今日は珍しい。出かけるんだな。どこに行くんだ。
法師:発言の順番おかしいと思わへん?人を引き篭もりみたいに言わんといてくれはる?
飛鷹:引き篭も……(咳払い)。出かけること自体珍しいじゃないか。
法師:まあええわ。ちょいとこないだの件で真如堂にな。東山で騒ぎがあったらしいやろ。そんで駆り出された色男の顔を拝みに行こうかな思うてな。まだこっちにおるころやろ。
飛鷹:色男……ああ、陰陽師には興味なかったんじゃなかったのか。
法師:こないだは六道さんで大立ち回りしたらしいから、久しぶりに運動してええ顔しとるんとちがうかな。閻魔大王にこき使われて真如堂に帰ってゆっくりしとるところに茶を飲みに行こうかなと思うてな。不動明王に見込まれて返事をする間もなく閻魔大王に契約書に印書かされて、死んだ後も復活してこき使われる。人手不足なんか有能過ぎたんか両方なんか知らんけど、本人どんな気持ちやったんやろ思うて気になっとったんよ。
飛鷹:他人の不幸には首を突っ込まないが、他人の苦労は首を突っ込むのは大好きだな。いくら関白・藤原道長に重用され、呪術、仙術を駆使して恐るべき呪力を発揮してきた天才といえども死んでしまえば、神仏の前で大立ち回りというわけにはいかないってことかね。
法師:ようわかっとるやん。不幸に首突っ込むと巻き込まれんで。得もないのにするわけないやん。この前に賽の河原に連れていかれたんもそのせいやろ。
飛鷹:やっぱばれてるよなー。でもいわせてもらうが、俺は全くの潔白だぞ。
法師:アレと一緒にのんびりええ飯食っとったからとちゃう?
飛鷹:唐揚げ定食の代償があれなんてちょっとでかすぎじゃないですかね?

0:真如堂

飛鷹:吉田山、真正極楽寺、通称真如堂。紅葉の名所だな。このクソ暑い時期にくる場所じゃあないと思うんだが。
法師:真如堂縁起に書かれている通りなら、この本堂の不動明王像が清明の呪力を惜しんで閻魔大王に生き返らせるように願い出たという話があってなあ。それ、聞こえるようにしたろ。これでどうや。

0:遠くから

清明:前に死んだ時も契約書一つで復活させてこき使ったじゃないか、また紙一枚でこき使おうなんてそうはいかないぞ閻魔大王!全体に五芒印なんか書かないからな……書かない!契約しないぞ!たまには*役小角《えんおづの》にでも頼めばいいだろう!絶対あいつ地獄で鬼と宴会やってるだろ!たまには働かせろよ!衆生の民を救うなら蘇生させようと、秘印を授けて娑婆へ戻した?ああ、それには感謝したよ、したよ、けどな、期限や機会を設けるものだろ。道長だってこんな無茶ぶりしてこなかったぞ!

0:近くに寄る

清明:この前だってなんだあれ、数体の妖怪を裁くのかと思えば、死霊の集まったものだからってバラしてから一人一人裁判を受けさせるとか正気の沙汰じゃないぞ!ああ、やりきったけどな。やりきったけど、あれは他の奴だったらできていないんだからな。死霊の交通整理なんて二度とやりたくないわ。大体、手伝いの獄卒が少なすぎるだろう。夏休み?ふざけるな、もうすぐお盆で忙しいのはこっちも一緒だろうが!
飛鷹:ああー……なんだか……親近感……。
法師:あっはっは、天下の陰陽師も神仏と契約したらそんなもんか、やっぱり仏は従うもんやなくてなるもんやな。
清明:うるさい、一遍死んでみろ、そんな余裕ないんだぞ。刹那に選択しろって言われたらそりゃまだやり残したことがあったら生き返るほうに飛びつくだろ!……ん?お前たちは……なんだ、話でもあるのか。
法師:そやね、ちょっと気になることがあってな。
清明:なんだ。
法師:殺生石、今、どうなっとるん?
清明:ちっ。勘のいい。まああれに気づく奴なら好都合か。地蔵菩薩像を直接見てこい。
飛鷹:たしか殺生石で作られているんだったか?
清明:実際に玉藻前を見破ったのは子孫の*安部泰親《あべのやすちか》だからな。こんな中途半端で手の付けようがなくなっているのは知らん。責任取れんぞ。
法師:ほんまやねぇ。封印が中途半端になっているというか、つぎはぎが剝がれてきてるというか、そんな感じがするなあ。
清明:その場しのぎならそれでよかったんだがな。後々の千年二千年を考えていない。甘々だな。一旦解呪されんことには下手にいじることもできん。当時の時勢ならそれでよかったかもしれんが、こうして世の中が変わってしまうと同じ対処はできん。
法師:にしても殺生石の一つでも大したことになってるんちゃうかと思ってたんやけど。見立てはどうなん?
清明:大事に影響はないだろう。だが、不穏の種にはなりつつあるな。漏れ出ているものだけでも、どこかで人の道を外させるのに十分だ。一般には近頃物騒になった程度の認識だろうが、確実に影響は出ている。
飛鷹:後の世のこととか面倒なこと考えないといけないのは大変だねぇ。俺たちゃ今で精一杯だな。もちろん、先のために行動しているつもりだが。
法師:大して変わらんよ。一遍やったことの影響がどんだけでるんかはわからんしな。ただ古いもんがのさばるのはどこでもそんなにええことないわな。
飛鷹:ところで、今回の目的は達成できたのか?
法師:ええ見世もんにはなったやろ。稀代の陰陽師が荒れとったんは。
清明:いい趣味してるな。そんなことはどうでもいい。何がどうなって今回のような綻びができたのかは知らんが、対処はするんだろうな。
法師:そうやねぇ。この状態やと、いよいよどうにもならんようになったら、一旦封印破って張り直しいうて誰でも見立てるやろね。その時に京都にどれだけ対処できる連中を集めておけるかやね。
飛鷹:おいおい、えらく物騒な話をしている気がするんだが。
法師:物騒な話やろ。下手したらまた清明復活が見られるかもしれへんで。
清明:絶対にやらんからな。
法師:それも明王さん次第やろ。
清明:今度こそ、断って見せる!
飛鷹:今、日本史有数の術者と話してるはずなのになんだか他人のような気がしない。不思議だなあ。
法師:それで、こないだ東山で出たんはなんやったん。
清明:『のっぺほふ』。
法師:はぁ?
清明:『のっぺほふ』だよ。
法師:それはまた微妙な……。
清明:微妙だが、どう考えてもおかしい。死体死霊が集まって成る存在だ。それに関しては鳥辺野がうちに追い込んでくれた……追い込んで……いや、もう思い出したくない。バラして何百何千の裁判……疲れた。それはともかく、今の時代になって突然現れるようなもんじゃない。
法師:今の時代に出てくるようなもんと違うなぁ。
飛鷹:それにこの前、賽の河原に迷い込んだのも、たかが連続殺人くらいでおきるもんか?
清明:賽の河原?高山寺のか?……平安京の魔境の顕現なんて、町の区画整理を多少行ってもびくともしない状態になった現代の平安京……京都で起きるものか?中のものが漏れ出すならまだわかるが、中身そのものが顕現となると話が変わってくるぞ。
法師:思うたよりも状況がよろしくないんとちがいますやろか。
清明:そうだな。ここの殺生石だけが原因とは言わんが、もっと直接的な力が作用しないとこんなことにはならない。自然にしろ人為にしろ、調べる必要があるだろうな。
法師:ほな、調べるのは任せるわ。
飛鷹:専門家でもないのにわからんだろ。
法師:しゃーないなあ。ほな。
清明:死人に無茶言うな。
法師:ちっ。なんとでもできるくせによう言うわ。
清明:したら余計な手間が増えるだろうが。平安京のように夜道を歩けないように戻してもかまわんならやってやれんことも……いや、閻魔大王と不動明王に何をされるかわからん、やめだやめ。お前も*法師《・・・》なら少しは事前に動くんだな。
法師:それいわれたら弱いなあ。そんなら飛鷹くんにもちょい頼み事せんといかんねぇ。
飛鷹:俺?俺は小物とそれを扱う小物の小物尽くしを相手にするだけで精一杯だぞ。そもそも、そんな大仰な『現象』が相手だと何もできん。とっておきを使っても、できて一般人数人を守るのが精々なのはわかってるだろ。
法師:わかっとるよ。それはほんまの非常時でええわ。頼みたいのは原因になりそうな連中の掃除をちょっと頑張ってもらわんとあかんかなと。
飛鷹:『なりそうな』ってどういうことだ。俺は真っ黒な連中しか受け付けていないぞ。
法師:そこは灰色が真っ黒になってからでええよ。対象はこっちで見繕うけど、経緯を見張る必要があるから面倒やけどね。
清明:一つ。お前たちが思っているより簡単にこちら側とあちら側がつながりやすくなっている。相手が術者でなくとも十分にあちら側のことに気をつけろ。普段見過ごすような事件にも目を光らせておけ。そしてできるなら公的機関に任せるのではなくお前たちで処理するんだ。
飛鷹:ちょっとそれは無理がありませんかね。京都市内だけに絞っても事前にとなると難しい。
清明:探知の得意なやつがいるだろう。
飛鷹:あー、あいつか。
法師:しばらく一緒にいとき。向こうから事件が舞い込んでくるやろうからな。
飛鷹:なんかやだな、逆お守りみたいで。
法師:実際、似たようなもんやろ。後からちょっと細工して一部の*呪《まじな》いを解除しとくわ。しばらくスリリングな日常が過ごせるようになるかもしれへんね。
飛鷹:ま、仕事のうちなら仕方ないな。呪具を使わせてもらうからな。前の賽の河原の件で痛感したが、いつもの以上になると生身では全く太刀打ちできん。
清明:いやに割り切りがいいな。裏稼業とはそういうものか。
飛鷹:これでもある程度は法師にかかわってきたんでね。それなりにそっちにも触れてきた自負はありますよ。
法師:倉庫にあるもんで足りんかったら用立てとくわ。
飛鷹:……法師が用立てる?……偽物じゃないよな?
法師:真面目な話しとるんや。
飛鷹:はい、ごめんなさい。……なんか納得いかんけど。
法師:で、いつごろあの世に帰るん?
清明:すぐに帰る。
法師:さっきもめとったやん。
清明:意地でも帰る。
法師:ほな頑張ってなー。
清明:帰るぞ、帰るんだ。

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