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台本/0:0:2/京都の魔 葬

京都のひねもの屋の主人と一筋縄ではいかない人間の京都の歴史とちょっとした事件の会話。
書き直す可能性大。

A:京都の取材?そんなもん色んなとこあるさかい、こんな辺鄙なところにある、流行る気配もないひねもの屋に聞きに来ることあらへんやろ。それにしてもええ腕時計してはるなぁ。
B:ああ、いいでしょう、幸い私は他人に時計を見せびらかすことを趣味としていまして、もっと見せましょうか。私ロレックスとかも好きなんですがさすが手が出ない値段といいますか。
A:へえ、厚かましいのは態度だけやあらへんみたいやなぁ。ずけずけと土足で相手が耳にしたくもない話や理解したうえで、話してくる流儀はどこの都会ですのん?話し方からして東京やろか。最近の都会は怖おすなぁ。
B:まあまあ、一言目でそこまで嫌わなくてもいいでしょう。人格は会話から徐々に判断していくものだと思いますよ。
A:この場所で。初対面で桓武天皇の、四神相応の地、北の玄武の岩、南の朱雀の大池、東の青龍の大川、西の白虎の大道で*葛野郡《かどのぐん》の*崇道天皇《すどうてんのう》の話を始めるお客さんに、塩投げつけんかっただけましやと思うてくれまへんか?
B:確認ですが、北は船岡山、南は*巨椋池《おぐらいけ》、東は加茂川、西は山陽道で間違いありませんね?
A:よう知ったはるやるやんか。わかっとってわざわざ聞くのは嫌われますえ。
B:何事も専門家に細かく確認を取るのが私の癖でして。何しろ間違いが少しでもあれば、この界隈、大変なことになるでしょう?それはあなたのほうがご存じだと思いますが。
A:けったいなんが来たな。場所わかっとるんやったら何の場所かも用途も何もかもわかっとって、要件切り出さへんのはかえって不気味やわ。
B:ええ、私は当時のことは知りませんので、あなたに直接聞いてから話を切り出したほうがいいと判断したんです。
A:都の遷都の話やろ。小黒麻呂の視察は吉やったそうですえ。それは遷都するには申し分ない場所を金も力もあるモンが選ばんはずあらへんやろ。もうそんなこと確認しに来る時代やあらへん。加茂川はあべっくやら酔っ払いがゴミ撒き散らしにくる場所になっとりますからなぁ。そのうち穢れがたまって変なもん出てくんのとちゃいます?
B:*詔《みことのり》は『この国、山河きんたい、自然に城をなす、この形勝によりて新号を制すべし。よろしく*山背国《やましろのくに》を改め*山城国《やましろのくに》となすべし。また子来の民、謳歌の輩、異口同辞し、平安京と号す。』と。
A:十分調べてきたはるやんか。なんや、やまとの裏っ側の国やのうて『みやこ』にしたかったみたいやね。*大伴《おおとも》の皇太子を淡路に島流しにした祟りも、これだけ中国の吉凶を使えば防げると思た、いや、防げると信じたかったんやろね。鎮めようとはしとったみたいやけど。そもそも祟りなんていうのは崇道天皇の少し前から流行り始めたお呪いやから、人の噂も馬鹿にならへんね。噂がほんまになるいうこともしょっちゅうあるしな。
B:未完成の宮中で宴会を催して、あらればしりをして、*囃《はやし》が合唱されたとか。新京楽、平安楽土、万年春。新年楽、平安楽土、万年春。でしたっけね。
A:興味あらへんから忘れたわ。まあ極楽浄土にもあらへんようなモン自分らで作ろうとせえへんかったのはましとちゃうか。不老不死やら言い始めへんかったみたいやしな。
B:前置きはこの程度にして。
A:(使用人に)嬢ちゃん、箒逆さにしてほっかむりかぶせといて。
B:じゃあ、ここにとりいだしましたる私の折り畳み箒はこう、立てておきますね。
A:くっそ面倒な性格したはんなぁ、あんた。
B:これくらい面の皮が厚くないと誰にも話を聞いてもらえないくらいには、みなさん口が重くてなかなか開いてもらえないもので。
A:ええわええわ、その面倒くさいのいくつも用意しとるんやろ。聞いたる。なんや、いうてみい。
B:では。平安には風葬の地が三つありました。東には*鳥辺野《とりべの》、西には*化野《あだしの》、北が*蓮台野《れんだいの》。
A:……ありましたなあ。今も大量に平民たちが埋まったまま放置されてるのは有名やと思うけど。それで?
B:今現在の鳥辺野は*東山三十六連峰《ひがしやまろくじゅうろくれんぽう》の一つ、*音羽山《おとわやま》から*阿弥陀ヶ峰《あみだがみね》の麓、東福寺あたりまでだ。
A:東福寺な。お天道さんが威張って谷の林が湿気臭くてかなわん寺のとこか。そこがどないしはったんや。
B:清水寺に高台寺、三年坂に二年坂、あ、ハバネロアイスは意外と美味しかったですよ。
A:あんたの観光道中なんかどうでもええわ、さっさと、話つづけぇ。
B:甘味は会話の潤滑油なのに。あの辺、人が多いですよね。
A:土産物屋にアリみたいに群がっとるな。まあ、流れていくだけアリよりましか。
B:実はそこのですね。鳥辺野に『ぬっぺほふ』が現れたという話がありまして。
A:……なんやて。
B:『ぬっぺほふ』。ご存じの通り死肉が集まってできたよくわからない妖怪とも死霊とも言い難い妙な存在で、薬にもなるといわれています。それが異界を作り出して走り回り始めたんですよ。三年坂の近くを。今のところ被害はない、というか『ぬっぺほふ』自体がどのような被害を出すか不明なんですが、何しろ死肉からできたといわれている。それが古代の埋葬地、鳥辺野あたりを根城にうろうろし始めたと言ったら……いやー、放っておくのもどうかな、と、思うわけですよ。何しろ昔からきちんと葬られたのは高僧か高貴な方ばかりでしょう?あそこに現れるような『ぬっぺほふ』は完全に民衆の死肉が集まって出来たものでしょうし。まだ鳥辺野に捨てられる亡骸はいいんですけどね。当時は街中にも出張なさったんでしょう?ご体験なさったように、疫病、*旱魃《かんばつ》、洪水、地震、当然のように飢饉が起こる。
A:埃と糞尿とのたれ死んだ死骸が転がっとったわなぁ。芥川龍之介いうたか、うまいこと書いとるわ。そういえば、あんな時にもまともな坊主、いや、まともやないからやっとったんかもしれんけど、えろう熱心な坊主がおったわ。
B:行基ですか。鳥辺野まで死骸を持って行って、*荼毘《だび》に伏し、山中に阿弥陀堂を建てて供養する。
A:ああ、そんであのへんを阿弥陀ヶ峰いうようになったんやったっけ。
B:それらも当然含まれている『のっぺほふ』が『毒』にならないとも限らない。
A:もうそいつは『のっぺほふ』になっとるからそうなる可能性は低いけど、今この時に出てきたんは気になるわな。
B:そうは考えてくれないのがお上なんですねえ。
A:あの辺の寺は今回のことでは何してはるん。
B:具体的な対策は上に連絡して大変混乱しております。
A:そんなもんやろな。近頃はそんなことも起こらんようになっとったのになんで今更……。
B:それが私も不思議でしてね。出るんだったらもっと早く出てるはずなんですよ。そう思いますでしょう?
A:まあ、気に食わんが同意するわ。あんなに食い散らかされたもんが、今でもカラスがようけ住み着いて小動物から*屠《ほふ》っとるのに、なんでそんなでかいモンが出てきよるねん。
B:そうなんですよ。神社仏閣全て調べ上げましたがどこにも荒らされた様子はなく、まあ観光客の度を過ぎたイタズラはありましたが、肝腎要の部分は間違いなく保護されていました。なのに*魑魅魍魎《ちみもうりょう》が*跋扈《ばっこ》するような異界が現れている。
A:*六道珍皇寺《ろくどうちんのうじ》はもう風葬しとらんにしても把握してるんやろね。
B:あそこも上へ下への大騒ぎですよ……何しろ『*封《ふう》』の多力の薬が手に入るんですから。
A:はぁ……坊主どもの動きやあらへんな、もっと上の方か。
B:今更そんなの手に入れたところで、ワンボタンでドカーンの時代なんですけどねえ。
A:で、処理するのは坊主か神主か式神かそのへんで手を打つんか。
B:やだなぁ、私がここに来ている時点でわかっているんでしょう。この鳥辺野の葬送の化身がここにいるのに、頼りにならない被害も出やすい人員に任せるわけないじゃないですか。本物になる前ならともかく、本物になって徘徊しているものをどうにかできるモノなんて同類か物の怪一歩手前ですよ。死肉のことは死肉喰らいに……おっと、そんな目をしないでくださいよ。他にどう呼べばいいんですか。
A:わかっとるよ。風葬の地、死の世界のとば口、荒涼とした冥土に通う道。そこに巣くっとったもんなんか死肉喰らいとしか言いようがないわなぁ。
B:とにかく、お上が欲しがっているのは『のっぺほふ』の薬。これ一つですね。実際のところ騒ぎになっているのもそうやって、騒いでいる時間があるからですし。
A:そんなん知ったことやあらへんわ。こっちに頼むいうことは風葬、鳥葬やとわかっとるんやろ。なんも残らん。お上のいうこと全く聞くつもりないくせによう言うわ。
B:そりゃそうでしょうよ、現場で働いている人間に『力の付く薬だから』なんて、平安時代から何の進展もしていない霊的研究の代物を飲まされる可能性があるなんて考えたら恐ろしくてかないません。それに上司がそれを飲んで元気になったとしても、中身が本当に上司のままなのかなんてわかりませんからね。病気を治すために飲んだとしても何が起こるかわからない。そこまで馬鹿だとは思いたくはありませんが、本当にそれをやる馬鹿がいるから怖いんですよ、特権階級っていうのは。
A:うちのとこは鳥やし目に効くんかもしれへんな、でもまあ最近は、ばーちゃるごーぐるなんてモンつけて目の良さなんてほとんど関係あらへんいうやんか、偉い人はいつになっても不可思議なモンやったらなんでも手に入れたがんなぁ。でも、まあいうことはわからんでもないわ。何回かそんなん見聞きしたしな。なんや大変やね。同情はせんけど後始末くらいはできるように、流行りの、ほら、自爆装置とか用意しとったらええんとちがう?周りに迷惑かけたらあかんから、手りゅう弾とかはあかんけど、仕込んでおいたら魂が腐るもんやったら用立ててあげてもええで。
B:嫌ですよ。体の前に魂が腐るなんて……え、そっちの霊的な研究って進んでるんですか?
A:進んどらんよ。そんなもん研究せんでもやることかわらんから必要最低限のことができるだけや。
B:ちなみに魂が腐るとどうなるんです?
A:まあ、肉も腐るな。早いか遅いかや。掃除は迷惑かけるけどそれ以外は食われることもないし全く迷惑かからんようにはなっとるよ。
B:うわあ、絶対嫌だ。
A:死に方選べるだけましやんか。今回の『のっぺほふ』も死に方選ばれへんかった連中が何を思ってか知らんけど走り回っとるだけやで。
B:決着は鳥辺野でつけるんですか?人払いくらいなら何とかこちらのほうでも協力できますが。
A:鳥辺野でもええんやけどな。今回は大量の死霊が合わさってなんやようわからんものになっとるんやろ?一応、手順通りに『鳥辺野を再現』してもええねんけどな。いくら逃げ足が速いいう『ぬっぺほふ』でも絶対に逃げさせへんから問題はないはずや。ただなあ、妖怪として処理するのもちょっと違う思うねんなあ。
B:おや、面倒だったのでは。
A:面倒は面倒やけど、やることはやることできちんとせな気が済まへんからな。そもそもこれだけの塊になるまで地上に残ってたんって誰のせいやと思う?
B:誰のせいって、今はきちんと葬送は行われているほうだと思いますが。
A:いやな、死霊の裁きに手抜かりがありすぎやと思うねんやわ。
B:裁き?
A:ということで、六道珍皇寺で閻魔さんでも呼んだろかと思うてな。
B:やめてくださいよ。舌を抜かれる人が続出するじゃないですか。
A:死んでからのことやから構わへんやろ。せいぜい生きてる間に嘘ついとき。
B:ぐっ、大丈夫なんでしょうね。
A:まあ寺に追い込んだら大丈夫やろ。
B:ではこの件は鳥辺野にお任せしてよろしいでしょうか。
A:ああ、構わへんよ。『ぬっぺほふ』は逃げんの早い言うけど、ええ運動にもなるやろ。ちょいちょいつまんだら滋養強壮にも良さそうや。ひねものより美味いかどうか知らんけどな。食べたことないし。それより、今回こんな異界が出てきた件、きっちりしらべといておくなはれや。こっちもあとからあとからいわれても手間かかるばっかやからね。ほなね。
0:間
A:あ、塩撒いとこ。

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