洗濯物を乾かす神の存在。

 太陽は右から左に動くのか、左から右に動くのか、いつも悩んでしまいます。

 さて、南米大陸の南の方を旅行していたときの話です。
 時期は3月。夏から秋に向かう季節でしたが、緯度がめちゃくちゃ高いので気温はかなり涼しく、夜は寝袋がないと寝られような気候でした。季節柄なのかわかりませんが、雨こそ降らないもののほとんどが曇天で、太陽が顔を出すことはほとんどありませんでした。

 そんな状況で困るのは洗濯です。ジーンズなんか洗おうものなら、朝に干して夕方に取り込んでも、まだまだ湿っていてはけるほど乾いてくれません。まともな長ズボンなんてそれしか持っていなかったので、乾くまでの間ゆるゆるのスウェットをはいて凌がなくてはなりませんでした。この「洗濯物が乾かない」というのは、当時の私にとってはなかなかのストレスでした。

 ある程度北上したとき、ものすごく久しぶりに晴れました。雲ひとつない日本晴れ状態です。洗濯物をため込んでいた私は、即座に洗濯をしました。
 ジーンズやシャツをゴシゴシと洗い、物干し台代わりのフェンスにひっかけて一休み。小一時間ほどボーッとしたあと、何の気なしにジーンズをチェックしてみると、なんと8割方乾いているじゃないですか!
 その瞬間頭の中に、極自然に「風の神様と太陽の神様、ありがとう!」という言葉が浮かんできました。

 私は、子供の頃から神様という存在が実感としてよくわかりませんでした。学研のひみつシリーズが大好きだった理系男子にとっては、「神様なんて存在するわけがない」というのが当たり前の認識だったからです。
 もちろん、子供ながらに窮地に陥ったときは「神様、助けて!」なんて必死に祈ったりしていましたが、それは一種の自己暗示のようなもの。本当に神様を感じていたわけではありません。カソリック系の幼稚園に通っていたりボーイスカウトをやっていた関係から、一時期教会のミサには毎月参加していたのですが、それでも神様を感じたことなど一回たりともありませんでした。

 しかし、ジーンズが乾いているのに気がついたとき、確かに神の存在を身近に感じたのでした。そうして「ああ、宗教ってこうやって生まれたんだな」と実感したのでした。
 このときの感覚は、私の宗教に対する原体験のひとつとなっています。
 そりゃ、洗濯物が乾くんだったら神にでも何にでも祈りますよ。

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