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創作物と応募ネタ

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基本「」がタイトルに付いているのは創作物。小説とか自由詩とか。付いていない応募ネタも。
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#創作小説

「金木犀に秋を感じる程の情緒で生きていきたい」

 待ち合わせる店までは電車だと却って遠回りなようで、見慣れぬ道をGoogle MAPで確かめながら歩いていく。すれ違いざま、犬は英語で躾けられ、ベビーカーの少年は坊っちゃんカットで笑っている。数年経てば整えられた襟のシャツと膝小僧の出るパンツを履いて近くの私立学校に通うのであろう。一様に塀が高く年季を感じる家々を横目に、高級住宅街と名高いのも頷けるなとひとりごちてみる。金木犀の匂いと銀杏の臭いが混ざり合う道。台風一過の夏日でも秋は逃げたりしないのだ。  知らない街では目に映

「滴」

 お風呂、一緒に入りましょうか。  1ヶ月ぶりに会う彼女の方からそんなことを言うものだから、「うん、いいんじゃない」なんて無表情を保ってみせたが、全然隠れてませんよ、と余裕綽々で言われた。 「知ってると思いますが……私はすこし、のぼせやすいので」  変なことしたら、わかってますよね?  なぜか後半は心の声。"無言の圧"に怯えながら、先に身体を洗い湯船に身体を沈める。その水音を合図に彼女が風呂場へ入ってきて、身体と髪を洗い始めた。 (……風呂場の鏡って、ほんとすぐ曇る

「戻り梅雨」

 夏風邪をひいたのは、梅雨明けしたくせに湿っぽい日々の続く或る日のこと。鼻水が出始め、徐々に喉が痛くなり、37.5℃くらいの熱が出る。折角の土日が潰れてしまいそうな苛立ちを解熱剤と一緒に飲み込んで、水分と睡眠を摂れば1日で治る「いつもの」パターンだろうと気を鎮める。  長らく遠距離を続けた彼とようやく籍を入れる気になったのは、寂しさを連れて帰ってくることに疲れたからだ。居心地の良い実家を出そびれたまま三十路を迎えようとしているが、気のおけない地元の友人たちがこぞって同級生や

「夜はこれから」

憧れのバンドマンは円山町で女子大生の私を抱いた。「東京って怖い!」と当時は面白がってしまったものだ。定期的に会う訳でもないのに縁は途切れず、今夜も数年ぶりにまた杯を交わしている。好きでもないのに「オトモダチ」だったのはこの人くらいだなとぼんやり思う。行き過ぎたコミュニケーションの手段として、たまに一緒に寝ていただけ。それもすっかり過去の話だ。 「おじさん、繋がってるって何だろうね?」 「おじさんって何だよ、3歳違いだろ」 「あんたはおじさん、あたしはおばさん、現実見てよ」

「由布院で猫と蛍と」

小説家の一哉は年に数回、温泉街の宿に篭って作品を書き上げる。今冬の目的地は大分の由布院だ。3泊4日、猫を連れて。 3日目の夜、執筆は佳境を迎えていた。 「先生、」 「……未来、私のことばかり見ていないで、何かしていなさい」 「猫は、先生を静かに見つめているものなんですよ。さあ、そろそろご飯を食べましょう」 お宿の人が待ちくたびれて何度も私に配膳時間を聞くのです、と未来は首をすくめた。 鍋の蒸気で眼鏡が曇り、顔を顰める一哉に声を立てて笑う未来。 「……笑わなくても、」

うれしい〜! 読んでくださった皆様有難うございました🙏💫 精進します https://note.com/keepstayingmh/n/ncc6369c0d41f

「煙たい夜に」※改題

初めて煙草を吸ったのはハタチの終盤、成人式前に帰郷した際の飲み会で。キャンペーンガールがくれたサンプルの銘柄なんて勿論憶えていない。経験値として消化され、肺は恐らく綺麗なままだ。 オフィスビルには複数の会社が入っていて、時々交流会と称した飲み会が催される。先月知り合った彼とは音楽の話で盛り上がり、今度はゆっくり、と個別に誘われたのだ。 「え、じゃあ1回しか吸ったことないんだ」 「はい、しかも一口だけ。その後、派遣の仕事で自分でも配ったんですよ。制服のスカートが結構短くて嫌

「ふくみみ」

久々に顔を合わせた友人の耳には、重たそうなピアスが煌めいていた。 「実優ちゃんのピアス可愛いね」 「ほんと? 有難う! 智也に買ってもらったんだよ」 アイスコーヒーにミルクを滴らし、ストローをくるくる回せば氷がからころと響く。長い睫毛の彼女は結婚間近の幸せ真っ只中。 「そんな重たそうなピアスでさぁ、よく耳がちぎれないよね……」 「ちぎれた人なんか聞いたことないでしょ」 大きな笑い声を立てた彼女は、悪戯っぽい顔で私に囁く。 「舐めてくるの」 「えっ?」 「智也、私の耳

「鳴いて泣いて凪いで、」 #青い傘 企画小説

"あっ、いま大丈夫? 明日からの旅行なんだけど、熱が38℃から下がんなくて。自分の分のキャンセル料は払うから、ごめんねー!" やけにテンションが高い友人からの電話を受けたのは、金曜日の夕方だった。 「えっ?……いや、部屋とか二人で取ってたじゃん、どうすれば良いの?」 会社なのに大きな声が出てしまい、私は慌てて立ち上がると、こそこそと隠れる様に廊下へ出る。 "んー、ホテルにメールしとくよ。それで一人部屋代金とか取られたら、私に請求してよ。全然払うし!" 「いや、全然払うし、

「salon de cupcakes」

その洋菓子店は日曜夜の閉店後だけ特別な誰かの為の場所になる。失恋した人。仕事が上手くいかない人。カップケーキを提供しながら一対一で悩みを聴く主人公。ある雨夜、訪れたご予約のお客様は憧れの人と似ていて…(100文字) #100文字ドラマ