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#26 自分の持ち物を無理矢理にでも愛する

人は心から欲しいものを手に入れたとしても、すぐに新しいものが欲しくなってしまうものだ。例えば、腕時計。私もこれまでに色々な時計を手に入れてきた。高級時計はゼニスで始まり、パネライ、グランドセイコー、ロレックス、オメガなど。パテックフィリップのような芸術品でなく、実用品と呼ばれるレベルの高級時計だが、パテックフィリップが数本買えるほどのお金を投じてきたと思う。

しかし、どれを手に入れてもすぐに新しいものが欲しくなってしまう。毎年のように新作が発表されるし、少しのデザインの違いでも、自分が持っているものがつまらないものに感じてしまったりする。しかし、それでは私たちはモノを買うために働く奴隷になってしまう。

今では、私の手元にある腕時計は2本だけだ。オメガのスピードマスターと、グランドセイコーの9Fクォーツ。使い分けとしては、秒単位で正確な時間を知りたい仕事の時にはグランドセイコーを使用して、時間をあまり気にしなくてもいい時にはオメガのスピードマスターを使用するようにしている。なので、1年のうち250日以上はオメガを使用している。

この話を聞いて、色々な時計を手に入れた結果、最高の2本に出会って落ち着いた。だからこそ、こだわり抜いた1本を探すことが大事なんだと思う人もいるだろう。しかし、そうではない。無理矢理にでも持っているものを気に入るようにする作業が必要になる。

モノは手に入れた最初は最高にテンションが上がるのだが、1〜2ヶ月もすればテンションが上がることなく慣れてしまう。それはどんなモノでも同じだ。例えパテックフィリップだろうと、オーデマピゲだろうと同じだ。だからこそ、今持っているものを最大限にまで愛する必要がある。それには、とにかく飽きても使い続けることにある。

雑誌などでスピードマスターが載っていた時には、周りの人から「Nさんの時計ですね」と言われる。それほどまでに「私=オメガのスピードマスター」という印象が出来上がっている。そうやって周りから認知されるくらいに、使い続けることがモノを愛するコツだ。例えば、私のスピードマスターが修理できない程に壊れてしまえば、また同じモデルのスピードマスターを買う。それくらいに、自分が選んだこのモデルを愛することができている。だから、新型のスピードマスターが出たとしても、それ以外に話題の時計が発売されたとしても私は手に入れようと思わない。

会うたびに違うメーカー、違うデザインの時計をつけている人を見た時にどう感じるだろうか。「お金を持っているんだろうな」という印象を持つかもしれないが、それ以上にはならない。しかし、アンティークと呼べるような古い時計をつけている人が「昔、初任給で買った時計だ」とか「この仕事を始めた時に買った時計だ」と言ったらどう思うだろう。その時計と一緒に人生を歩んできたんだろうと思うだろうし、私はそれが男としてめちゃくちゃカッコいいと思う。新型でプレミア価格がついたロレックスよりも、長年本人が使い込んだキングセイコーの方がカッコいいと思う。だからこそ、Apple Watchのように元々長年使うように作られたものではなく、数年しか使えないモノはいつまで経っても愛着を持つことができない。さらに、歩けば必ず目に入るような多くの人が持っているモノは愛することが難しい。

それは時計に限らずあらゆるモノで同じことが言える。私が使っているボールペンはペリカンのスーべレーンだ。ボールペンなど100円で買える時代に、3万円を超えるボールペンを買うのは無駄に思えるかもしれない。しかし、職場で落としたり会議室に忘れたとしても、必ず私の元に戻ってくる。この緑の縦縞のボールペンはNさんのものだと周りが認識しているからだ。それだけではなく、バッグもそんなに高いものではないが10年近く使っているし、靴も15年くらい履いている。Nさんといえばコレという構図をあえて作るようにしている。

SNSが発達した現代では、次々と新作が目に飛び込んでくる。それを手に入れると、まるで自分が流行の最先端にいて、誰からも憧れられる存在になれる気がする。しかし、そうではない。最新のモノを持つよりも、「これはあの人のモノだ」と周りに思われる方がよっぽどカッコいい。

こういう考え方は、結果として人間関係にも同じことが言えると思う。若くて美人な女性をとっかえひっかえしている人よりも、長年同じ人を大事にしながら生活を共にしている人の方が格好良く見える。だから、どんなモノでも大事にしている人は誠実に見えるし、格好良く見えるのだと私は考えている。

最近、私の弟子がオメガのシーマスターを手に入れた。非常にシンプルなデザインに綺麗なブルーで飽きずに使うことができるであろうモデルだ。しかし、きっと飽きてくる。黒い文字盤が良かったなとか、白い文字盤が良かったなとか、シーマスターでも別のモデルがよく見えたりするはずだ。良いものを手に入れて、それに詳しくなればなるほどに、きっとそういう気持ちが湧き上がってくるはずだ。だけれども、飽きても使い続けて欲しいと思っている。だんだん、周りの人から「あの人はオメガの青い時計を使っている」というように認識されてくるはずだ。

愛着は飽きの先にある。


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