スタミナ苑

足立区にある有名な焼肉店「スタミナ苑」に行ってきた。
諸事情により、3年ほど前から行きたいと思っている店で、自分は地方民であり、またスタミナ苑は開店まえから大行列で入店にかなりの時間を要するということから、タイミングがなかなか合わなかった。
特に私の東京へ行く機会というのが大体ライブ遠征によるため、ライブの時間の都合上なかなか時間が合わせにくい。ライブの開催時刻って大抵が夜ごはん時である。

風の噂で穴場の時間帯を聞くことができたのと、この日のライブは16時開演で早めだったこともあり、有明ガーデンシアターからバスを乗り継ぎ足立区に向かうことが可能となった。
有明からバスに乗り有楽町まで出、王子駅まで移動。そこからまたバスに乗る。王子駅から歩く人もいるそうだが、30分以上はかかる。1時間半越えの長旅であった。
3年以上拗らせたスタミナ苑への憧れは、その時間をかけてでもその場に向かいたいという衝動に容易く変換され、最近みんくるにハマっている友人は都バスに乗って生みんくるに出会えた喜びで疲れを忘れてくれていた。
朝から食べ歩きを続けており、すでにこの日は2万歩ほど歩いているのである。

暑くも寒くもないちょうどいい気候で、バスを降りた時には同じようにスタミナ苑に向かう私たちと同じ目的の人たちが、飛び出すように駆けて行った。スマホで地図を見ながら小走りで歩くグループ、ほとんど手ぶらで一人で黙々と歩いていく常連のような男性の後ろに我々も続いた。
鹿浜三丁目のバス停で降りた半分以上の乗客がスタミナ苑に向かっている。もはやスタミナ苑へ行くための停留所といっても過言ではない。駅名をスタミナ苑前にすべきではないだろうか。
バス停からスタミナ苑までは歩いて3分ほどだ。住宅地の中にそれはある。猫がたくさんいた。

スタミナ苑の店構えはとても良い。煙が店から溢れ出ていて、軒先は全てのガラス戸が開け放たれており、中にいるお客さんたちが丸見えの状態だ。映画で見たのとおなじだ…!と心の中で興奮する。
そうして、読み通りスムーズな入店を叶えることができ、念願のスタミナ苑へと足を踏み入れた。

奥の座敷に通される。個人的には手前のテーブル席が希望だったため、この時点で(また来よう)とリピートを決定。座敷へは靴を脱いで上がり、部屋の奥にある靴箱へ靴を持っていく方式。
奥の座敷ではさらに肉を焼いている煙が充満している。もうもうと立ち込めるそれは真っ白で、視界が焼肉によってホワイトアウトしている。まるで朝ぼらけの靄のよう。
このお店の名物はホルモンだということも有名だ。もともとホルモンが好物なので絶対頼むと決めていた。到着したミックスホルモンは宝石のように輝いている。皿に詰まり身を寄せ合う内臓の煌めき。まさにこれを見にきたのだと高ぶる血液。
自分が死んで焼肉にされる時に、自分の内臓はここまで澄んだ色で提供できるだろうか。よく育てられた牛の体にはこんなに美しい色が詰まっている。自分はどうだろうか。臭みもない、安い蛍光灯のあかりを反射してなお、美術品のようなきらめきを見せるこの肉に、ひとつでも自分が打ち勝てる要素があるのだろうか。
敬服の念すら抱かせるルビーのようなミックスホルモンも、所詮は食べ物である。食べて、もたれて、消化して(食べて、祈って、恋をして)いずれはトイレに流さなくてはならない。食べられる宝石の末路。

私は胃弱なため、それによってすこし高級な焼肉店にも戸惑わず行くことができる。まず、胃弱なので焼肉を食べたい気分になることが一般的な人に比べると年間で非常に少ない。その上たくさん食べられない。粗悪な肉ほどもたれる。だからこそ少しくらいいいお店で一皿2000円以上するホルモンだって、食べていいのである。
そういうわけで、ホルモン以外に頼んだのは上ロース、赤身、タン元。ロースは正直頼むつもりはない肉だったが、目当てのハラミが完売してしまっていたので、平べったい肉が少ないな、ということで頼んだ。ロースを避けている理由は上記の理由の通り。老化した胃にはちょうどいいか、それでも余るほどだった。
私は胃弱なため、焼肉を語れるほどの経験をしていない。1年に1回くらい、ちょっとした高級店に行って、ええ肉、ええよなあ…………とか言っている程度の人間のため、あの店やこの店、この牛、この競り、この農場などの知識も特にない。時々和牛の競りの記録だけ見て、何もわからないのでウィンドウを閉じている。

ただ、思い出す。思い出している。良い焼肉経験をすると、次の日もまたその次の日も、その時のことを思い出す。口の中にあの日食べた肉の味がふんわりと蘇るバーチャル・インサニティが起きる。
甘いおかずは好きではないが、美味い肉はみんなどこかほんのりと甘い。ジャンボの野原焼きも、比良山荘の月鍋も、スタミナ苑のロースもなんか甘かった。それが不快でなく、なんならこうして今思い出すほどの、心に残る甘さなのだった。まるで舌に記憶領域があるかのようだ。

一番好きだと思ったのは、壊れたホースみたいな形状のホルモンの中のひとつ。のどぶえかパイプか、でも今まで見たことない形状だったのでわからない。有識者がいたら教えてください。

焼肉を焼くの、好きかも……、とこの日初めて思った。が、同行した友人は少し生っぽい方がよかったかもしれない。しっかり焼きすぎただろうか……、次はもっと生めかしい焼き方を心がけたい。
友人曰く、しっかり目に焼かれたレバーも臭みや固さが全くなく、さくさくとした食感で非常に良かったとのこと。

身につけているもの、カバン、カバンの中身の全てが臭くなったまま、我々は大井町の東横インに戻った。京浜東北線で隣に座ったおじさんが、途中で移動し席を替えた。スタミナ苑での経験が、私たちを人間から焼肉そのものに変えたのだ。焼肉の権化として電車に乗っていた。その時はもう人間ではないから、乗り賃を取らないでくれないか。


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