長編台本『塔、柱、一』

未解決事件簿『塔、柱、一』

上からの命令で■■県Y町へと足を運んだ國冬 俊は、果たして巷で話題の謎の美人画家一二三の正体を掴むことが出来るのか…。

※ネタバレを含みますので注意してください。






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30〜35分

男×2
女×1(2)

國冬 俊(くにふゆ たかし)(男)
不思議なモノを調べる調査員。
自由人でいつも人を困らせる。
仕事に対する情熱はあまりない。

一二三(ひふみ)(二人一役、あるいは別々)
謎多き売れっ子の画家、
その美貌は国を傾ける。

小千谷 一子(おぢや いちこ)(女)
蒲原のことを飼い殺しにしたかった。
一二三の別人格

蒲原 聖(かんばら ひじり)(男)
純粋に一子のことを慕っている。
いつか彼女のために絵を描きたいを思っている。






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(電車が通り過ぎる横道)

國冬
「いやぁ参ったなぁ…完全な迷子だこれは…。
誰に聞いても知らん顔されるし、これじゃあ辿り着く前に飢え死にしてしまうよ全く…ツイてないなぁ。」

一子
「…なにか、お困りですか?
私に出来ることならお助けしますよ。」

國冬
「おや…いやね、聞いてもらっても大丈夫かな、うん。僕はある方の依頼で人に会いに行かなきゃいけないんだけれどね、誰に聞いたところで知らないって返ってくるんだよ。」

一子
「そうなんですか…それで、どんな人をお探しなんですか?
この町は幸い広くはありませんし、みな顔見知りみたいなものですから、大体の人は知っているつもりですよ。」

國冬
「そりゃ助かる!
ええとね、確かここに写真が…ああ、これだよ…この人なんだけれどね。
…凄い美人さんでしょう…傾国なんて言われていてもこれじゃ納得ってもんですよ。」

一子
「ああ…この方は…一二三様ですね、成程…。町の方々も口を噤む訳です、ええ…。」

國冬
「おお、知っているんだ!
…そのぉ今何処にいるとかは、どうだろうか…いや!タダとは言わないとも!!僕の、秘蔵のコレクションを!!!」

一子
「ふふ…お礼は結構ですよ。変わったお方なんですね…着いてきてください、少し歩きますがお許しを。」

國冬
「いやいや!ありがたいったらありゃしないよ…僕はこのまま飲まず食わずで彷徨う野鳩か野犬になるところだったからね、うんうん。」

一子
「ふふふ…面白いお方ですね…」


(一二三邸の前から)

一子
「さてと…着きましたよ。
此処が一二三様の邸宅です。」

國冬
「ほぉ…これはまたなんと立派な、塔、と呼べばいいのかな。しっかし大きいなぁ壮観だよ…。」

一子
「えぇ本当に、見慣れた私でも時折迫力に圧倒されてしまうことがありますから…
なんでも平安の頃の建物を新しくしたものだそうで、昔の趣をなるべく崩さぬよう一二三様が設計されたのです。」

國冬
「はぁ成程…一二三さんという方は名の売れた絵描きだというのは事前に聞いていたんですけどね、設計までも…随分と多才な方のようだ…。」

蒲原
「一子さん!」

一子
「あら…蒲原君、どうしたの?」

蒲原
「どうしたのじゃないですよ。随分と遅かったじゃないですか、何処で油を売ってたんですか。
先生は一子さんしかアトリエに入れないんですから…首を長くして待ってますよ!」

一子
「じゃあ叱られないうちにお顔を見せないとね…蒲原くん、ありがとう。
それじゃ、お客様が来ているから応接室まで案内してくれると助かるかな。」

蒲原
「は、はい、分かりました!一子さんそれでは────」

國冬
「いやはや、選手交代という訳だね。
えーと確か蒲原くんって言ったかな。一二三さんの邸宅は広そうだし、迷子にならないよう頼むよ。」

蒲原
「…そうですか…それで、貴方は…?」

國冬
「ああ!これはとんだ無作法を…僕は國冬 俊(くにふゆ たかし)です。そちらは、えと蒲原…?」

蒲原
「…蒲原 聖(かんばら ひじり)といいます。
…一二三先生の一番弟子でして…ここで先生の技を学んでいます。」

國冬
「お弟子さんなのかい!いやぁ君の作品もいつかは見てみたいなぁ、僕は芸術品を見るのも趣味のひとつでね。」

蒲原
「…左様ですか。
では背中を見失わないようにお願いします。
ここに来られる方は皆道を見失いますから、どうか慎重に…」


(応接室の中)

蒲原
「ほら、着きましたよ…一体いつまで喋ってるつもりなんですか。
なんだかこっちの方が疲れてきちゃいましたよ…」

國冬
「いやぁ、ほら色々なことを聞きたくてね!
僕は他人の話が好きで、つい話しすぎてしまうんだよ。…最後の質問いいかな?」

蒲原
「…はぁ…最後ですよ。
それで、どんな事が聞きたいんですか。」

國冬
「そりゃ最後だからね…一二三さんのことさ。
彼女が何者なのか、弟子の君なら知ってると思ってね。どうだろうか、何でもいいからねうん。」

蒲原
「…知ってることなんて、特には…ああ先生は本を読むのは好きみたいで時折町中にお忍びで降りては古本屋を回って買い漁ってるようですよ。
…まぁ知ってるところなんてこんなものです、先生は謎に包まれてこそ、とか思ってしまうこともあるくらいなんですから。」

國冬
「それだけでも十分だよ!聞いてみるものだねぇうんうん。
九死に一生を得るとはまさにこの事だよ!」

蒲原
「はぁ調子がいい人なんですから…」

一二三
「あら、だいぶ打ち解けたみたいね。」

蒲原
「…先生!」

國冬
「へぇ、この人が…一二三さんというわけだ」

一二三
「そうよ。
貴方のことは一子から聞いてるわ、なんでも私のことを知りたいとか。」

國冬
「そうそう。
一二三のさんことを是非とも教えて貰いたいんだよ。そういう性分なものでね、ええ。」

一二三
「ふふふ。面白い人ね貴方。
でも私たちは初対面なのだから、そう簡単には、ねぇ?」

國冬
「…いやぁこれは中々手強い相手だなあ。でも前金は貰ってるんだ、世知辛い話だけれどもね。」

一二三
「ふふふ…なら貴方。
暫く此処に泊まっていきなさいな。
それくらいなら構わないから、自分の家だと思って貰ってもいいわ」

國冬
「そりゃいい!これで宿代と飯代が浮くぞぉ。
それだけでも仕事した甲斐があるなぁ。」

一二三
「…ただし、私のアトリエには近づかないこと。
これだけは守ってもらうからね。
私に用があるなら一子がいると思うから、あの子に言って頂戴。」

國冬
「…それだけかな?
僕は貧乏なものでね、ほんとに助かるよぉあはは…」

一二三
「それじゃあ、宜しくね…なんだか、とっても楽しくなりそうな予感がするわ。」


(使われていない部屋)

一子
「…一二三様はどうでしたか?」

國冬
「いやいや、凄いなんてものじゃなかったよ。
魔性の魅力って言えばいいのかな、とにかくどえらい美人さんで…久しぶりに緊張しちゃったなぁ」

一子
「あの方にお会いしたがる方は皆そのように言いますから…しかし、貴方が初めてですよ。」

國冬
「えぇと、初めてとは?」

一子
「はい、あの方は普段ならば、お会いされた方と一言か二言喋ってすぐに帰らせてしまいますから、貴方は余程気に入られたんですね。」

國冬
「そうなのかなぁ、だったら嬉しいかもね。
僕も男子だから、美人さんは好きだし、目の保養にもなるからねぇうんうん。」

一子
「ふふふ、やっぱり変わった人ですね貴方は。
…國冬さんは一二三様の作品はご存知で?」

國冬
「ええ勿論、一二三さんの作品といえば、折れてしまいそうな繊細な画風が売りだよね。人間以外のナニカが書いたとか、神の色彩だとか、色々話は聞くけれど。」

一子
「…人間以外のナニカ、ですか。
確かに、ええ…その評価は…あの、國冬さん、一つ言いたい事が、いえ忠告があります。」

國冬
「どうしたんだい、イキナリ改まっちゃって。
少しばっかり怖くなってくるなぁ。」

一子
「…世に出ている一二三様の作品はあくまで、あの方の一面にしか過ぎません。
…ですから、此処で見るかもしれない一二三様の作品を、どうか恐れないでください。
そうなってしまえば…呆気なく飲み込まれてしまいますから。」


(翌日、町へ)

蒲原
「…なんで自分がこの人の案内を…」

國冬
「まぁまぁ仕方ないじゃないか。
一子さんが、今日一日は一二三さんの世話役になった訳だしね。
君は僕の世話を頼むよ!ははは」

蒲原
「…はぁ、で何処を見たいんですか。
この町はそこまで大きくないですから、回ろうと思えば歩きっぱなしでもいけるとは思うんですけどね。」

國冬
「この町といえば、本やら新聞から紙が有名って聞いたけれど。
実際にはどうなんだい、いい具合の古本屋なんてあったら最高だねぇ。」

蒲原
「國冬さんが言うようなものは確かに有名ですけど…よく知ってますね。
…少しばかり、意外です。」

國冬
「いやなんだ、昨日にちょっとばかり一子さんから聞いていてね。
まぁ今の時代だからね、紙が情報の媒体になるのが殆どだ、どうやらこの町は日本の紙生産の六割は担ってるらしいじゃないか。
これは凄いことだぞぉうんうん。」

蒲原
「…詳しい、ですね。
紙、ですか…正直なところ良い印象があるとは言えないんですけれどね、はい。」

國冬
「ふむ、なにか理由があるみたいだけれど。」

蒲原
「此処の町の人ならみんな知ってるんですよ。
丁度そこの紙工場の社長Yさんに先生がしつこく迫られてて…毎回袖にするんですけど、懲りない人なんですよね。」

國冬
「そりゃ厄介な話だね、だとしたら工場の方に行くのは辞めておこうかな。」

蒲原
「それがいいですよ。國冬さんが町の人たちに先生のことを教えて貰えなかったのも、工場の恩恵を受けているって部分があるからだと思います。」

國冬
「そうなのかなぁ…よし分かった!
じゃあ古本屋へ行こうか!
一風変わった書籍が置いてあるといいんだけれどねぇ。」

蒲原
「…あーはいはい、それなら僕がいつも行くお店があるのでそっちへ案内しますよ。」


(古本屋)

國冬
「お、おいコレ見てくれよ…こりゃ凄いなぁ…」

蒲原
「…僕も本を漁るので忙しいんですけどね。
どんなものがあったんですか?」

國冬
「…人間失格の初版本。」

蒲原
「…うぇ…ホンモノだ、これ。
これは貴重ですね…どうです、譲ってくれませんか、これは欲しいですよ。」

國冬
「ダメに決まってるじゃないか!
こういうのはね、早い者勝ちって相場が決まってるんだよ!うんうん…」

蒲原
「あ…」

國冬
「おや、其方もなにか見つけたのかな。まぁ人間失格よりもいい作品が転がってるとは思えないけれどねぇははは。」

蒲原
「地獄変の初版本です…」

國冬
「…交換、する?」

蒲原
「…受けましょう。」

國冬
「流石だよ紙の町ってやつは、こんなにモノが充実しているとは、僕の世界が狭いことを実感させられるな…」

蒲原
「…國冬さん。
その盛り上がってるところ申し訳ないんですが、外がやたら騒がしくないですか?」

國冬
「…確かに、今日はなにか催し物があるという雰囲気でもなかったしねぇ…これは気になるところだよ蒲原くん。」

蒲原
「…自分もそう思ってました。それでは一度店を出ましょうか、先に行ってますから後から来てください。」

國冬
「…ってことは僕が本の代金を出さねばなるまいと…泣いてないぞ、本当なんだからね!」


(夕方、古本屋のある通り、普段は人気がないが、今は何処から集まってきたのか沢山の人で溢れている。)死体

蒲原
「…」

國冬
「いやすまない待たせたね。
あそこのお爺さん勘定を数えるのが遅くてね…」

蒲原
「…あれを、あれを見てくださいよ…
ちょっと、嘘だろ…」

國冬
「おわぁ…ありゃ酷いな…あんなに惨いことをやれる人間なんてそうそういないよ。
…しかし、恐ろしい、人はここまでやれてしまうということを分からされてしまう…」

群衆を通り抜けた先にあったのは、首から上が無くなっているY社長の死体。正座の状態で遺棄されており、至る所にある傷口には色とりどりの花が差し込まれていた。おぞましさとある種の美しさを兼ね備えた彫刻のようにも見える。

蒲原
「…すぐに此処を離れた方がいいです。自分たちは敵地にいるようなものですから、変にやっかまれても面倒ですよ。」

國冬
「…しかし…まぁ後から警察の方々が訪ねにやってくるだろうから、いいかな。」

蒲原
「では、そのように。…あの、Y氏の遺体を見た時に思ったことがあるんです。…初めて見たって感じがしなくて、なんとも、その不思議な感じですが。」

國冬
「ほう、それはなんとも。
…ここで立ち話してもアレだ、さあ一二三さんの所に戻りますかねぇ。」

蒲原
「…気味が悪い、でも…アレは…。
…はい、行きましょうか、あんまり帰りが遅くなっても一子さんたちに怒られてしまいますから。」


(再び一二三邸へ)

一子
「あら、お帰りなさい。
二人ともだいぶ仲が良くなったみたいですね。」

國冬
「ええそうなんだよ。
蒲原くんったら思っていたよりも気安く接してくれたもんだから、こっちも甘えちゃったよぉ。」

一子
「ふふふ、それは良かった…
蒲原くんは案外可愛いところがありますから。」

蒲原
「い、一子さん!からかわないでください…
…それで、その、此方では何かありましたか…?」

一子
「ん、あぁそうだった…二人が来る頃には帰っちゃったんだけれど、警察の方々が来てたの…でも一二三様にお話してもらって、また後日来てもらうことにしたわ。今日はもう日も落ちちゃったし。」

國冬
「いやぁそうだよ!もう夕飯時じゃないか、うんうん。昨日のご飯も美味かったしなぁ、今日も楽しみだよ」

一子
「あらあら、國冬さんったら食いしん坊なんですね。いつもよりは遅くなると思いますけど、その分腕を振るうので心配なさらず…」

蒲原
「…自分も手伝いますよ。
一子さんだけに負担をかける訳には行きませんから…決して邪魔はしません。」

一子
「…じゃあお願いしちゃおっかな。
ありがと蒲原くん、つい私も甘えちゃって…」

蒲原
「い、いいんですよ。
自分が出来ることなら、どんな事でもやりますからね!」

一子
「ふふふ、ほんと頼もしい…
それじゃあついてきて、まずは力仕事から…」

蒲原
「はい、お任せ下さい!」

國冬
「行っちゃったなぁ…しっかしまぁ仲がいいんだねぇ。…待ってるだけじゃあ退屈しそうだし、適当にそこら辺でもぶらついてみるとするかな。」


(一二三邸廊下)

國冬
「…しかしながら此処は凄い様式だなぁ。
平安の頃に作られたものを基礎にしていると言っていたかな、だけども古臭さみたいなものは一切感じない…
西洋風のものがあちらこちらに見られるし、なによりもまだ建築されてから日が浅いようだね。」

國冬
「いやしかし」

國冬
「それにしても…」

國冬
「僕は今、完全に迷子と呼んでいいだろう。
誰かぁ居ませんかぁ…ぐすんぐすん、これじゃあ子供だよ、ただ探検のつもりで来たのに…おや?」

「…」

國冬
「これは…扉…?
随分と頑丈そうに見える、それになんだか不気味な感じがするね。
異界への入口、と表現するのがいいのか、兎に角目を惹かれる…さて中はどんな風に────」

一子
「…國冬さん。」

國冬
「…っと、これは失礼を。
つい気になってしまってね、一子さんが止めるとなると、この部屋はもしかして…」

一子
「えぇご明察。
この先が一二三様のアトリエですね。…でもどうやってここまで来たんですか、普通の手段で来れるような場所ではないんですけど…」

國冬
「…いやぁ僕にもさっぱりで…
夕飯が出来るまで散策でもしようとあちこち見て回ってたら、いつの間にか迷い込んでしまって…」

一子
「…本当に気をつけて下さいね。
作業中の一二三様は物音等には敏感ですから…」

國冬
「申し訳ないねぇ…
それにしてもだ、夕飯は出来たのかな、僕そればっかりが楽しみで楽しみでお腹ぺこぺこだよ。」

一子
「あぁ、そうでした。
私としたことがつい、じゃあついてきてください。今日はいつもよりも豪勢ですからね。」

國冬
「そりゃぁいいね!
海老、海老なのかな?伊勢海老なのかな!?」

一子
「慌てなくても食事は逃げませんからね…
…あらまぁ、子供みたいな方ですね。」


(食事後)

國冬
「これは…絶品だったねぇうんうん。
しかしながら、一緒に食事が出来て嬉しいよ蒲原くん。」

蒲原
「いえ別に…折角誘ってもらったんですから。
自分としても嫌、というわけでもないですし。」

國冬
「しかしだ…色々と気になることがあってね。
君に聞きたいことが出来たんだ、えぇといいかな?」

蒲原
「はぁ、というと…例のY氏のことでしょうか?」

國冬
「勿論だよ、まぁそれだけって話しじゃないけれどねぇ。
…一二三さんのアトリエについても君の思うことを聞きたいんだ」

蒲原
「…そうですか。先生のアトリエについての話を振られて、思い出したことがあって…
その、僕も一度しか、先生のアトリエ、しかも扉だけなんですけど…それだけしか見たことが無いんです。でも、Y氏のあんな惨状を目にした時に、あの扉が浮かんで来たんです…
こんなの変な話ですよね…先生は何の関係もないっていうのに…」

國冬
「…あの扉、ねぇ。僕も少しばかり気になってるんだ。
あの先にある景色が果たして、この世のものなのかどうか…そんな妄想ばかりが頭から離れないんだよ。その選択が明らかな破滅だということは分かりきっているんだけれど…」

蒲原
「…変なことしないでくださいよ。
國冬さんがヘマしたって庇えないんですから。」

國冬
「ははは、分かってるよぉ。
君も大概お人好しだなぁ…」

一子
「…お食事はもう大丈夫でしょうか。」

國冬
「えぇ、とてもとても美味しかったなぁ!
つい食べすぎてしまってねぇ…」

一子
「あら、それは嬉しいですね。
腕を振るった甲斐がありました…それで。」

國冬
「うん?」

一子
「一二三様が國冬さんにお話があるそうです…その、ええと、アトリエで待っている、との事です。
…案内役は蒲原くんにお願いしてもらいたんだけれど大丈夫?」

蒲原
「勿論ですよ。
…僕にできることなら喜んで。」

一子
「では、今から二時間後に…
よろしくお願いします。」


(一二三邸、アトリエの前)

蒲原
「…では此処からは國冬さん一人でお願いします。」

國冬
「うん。蒲原くんもありがとう。
それじゃあ、行くとしようかな…」

蒲原
「…あの」

國冬
「ん?」

蒲原
「いえ…なんでもありません。」

扉を開け部屋に入る。その中は薄暗く蝋燭の火が何本か妖しく燃えているだけだった。墨の香りと画材の香りが混ざりあって鼻腔を痛いくらい刺激していた。中央にはナニカの絵が描いてある柱があるが影になってよく見えない。

一二三
「…いらっしゃい。
さぁ此方に座って、少しばかり散らかってるかもしれないケド。」

國冬
「いやいや、座れる場所があるだけありがたい。僕は散らかってるのなんて平気だからね。」

一二三
「ふふふ、正直な方ね。…そこがいいのよ。」

國冬
「よく言われるからねぇ。
しかしこんな美人さんに言われると、更に嬉しいよぉうんうん。」

一二三
「…でもちょっぴり、詮索好きなのネ…そこだけはナンセンスかしら。
女って生き物は秘密で甘く見せるモノなのよ?
神秘を内包してこその人生なんだから。」

國冬
「いやぁそれを言われると…仕事なんでねぇ…
それで、今回はどんなお話が?」

一二三
「あら直球…とっても簡単な話よ。
…明日になったら朝早くの電車に乗って帰りなさい…勿論タダじゃないわ」

國冬
「…ははぁ、僕はもう用済みってことかぁ…まぁ問題はないか…それよりも土産物が楽しみで仕方ないんだよねぇうん。」

一二三
「ふふふ、期待してくれていいわ…なにしろ私が手掛けた新作なんだから、ネ。」


(帰りの電車内)

國冬
「…今回の調査も中々だったなぁ…しかし彼女たちは何者だったのかね…うーん」

國冬
「噂によると一二三さんの背中には、おぞましい刺青があるとかなんだったか…拝んで見たかったけどなぁ…想像する他ないなぁ、蜘蛛なのか蛇なのか曼荼羅なのかは…」

國冬
「でも、一二三さんと一子さん…僕の予想では恐らく…まぁ、あくまで推測になるから、依頼主に話すのは辞めておこう。
代わりに彼女たちは、双子だったってことにして…でっち上げるのも簡単じゃないんだけどなぁ…こんなこと調べさせて上の連中は何がしたいんだろうねぇ…?」

國冬
「…あれだけ大きく感じたのに、今じゃあ一本の柱のようにしか見えないなぁ。
遠くなったものだね。」

手元にある絵には、あの日見たY氏の死に様にそっくりな、美しくもおぞましい光景が抽象的に、より情熱的に描かれていた。


(アトリエ内)

一二三
「姉さん」

一子
『なぁに』

一二三
「あの人のこと、すんなり帰らせちゃってよかったの?
…その上、私の絵まで渡しちゃってサ…」

一子
『いいのよ。きっと、私たちに害はないだろうし、國冬さんは少しくらい報われた方がいいわ。命の危険があるお仕事をしてるみたいだし。』

一二三
「なら、いいんだけど…姉さん、本当に遠くへ行ってしまうのかしら。
蒲原は貴女のことが好きよ…愛してるの。」

一子
『それを言ったら、一二三も同じでしょう。
私が居なくなった後だって、その残骸は貴女の中に残り続けるわ。
私たちはいつだって一緒なの、だから大丈夫よ。泣いちゃダメなんだからね。悲しんじゃダメなんだからね…』

一二三
「それでもね、寂しくて夜になったら泣いちゃうわ。本当の意味で孤独を埋めてくれるのは姉さんだけなんだもん。」

一子
『今度からは蒲原くんが貴女の味方になってくれるわ…私と違ってあの子は健気で、可愛いんだから。』

一二三
「そう、かな。
でも姉さんが言うなら間違いないわ。
私の為に罪を犯してくれたんだものね。」

『えぇそうよ…だから一二三は幸せになりなさい。どうか貴女は間違えないでね…愛は見えないだけで何処にでもあるんだから。』


(一二三邸庭)

蒲原
「…先生。」

一二三
「蒲原…貴方どうして泣いてるのかしら。
本当に不思議だわ…」

蒲原
「なんだか、無性に寂しくなってしまって…こんなのおかしいですよね。
大切なものを、なにか失ったようなそんな感じがしてしまって…」

一二三
「…貴方ってほんと、健気な子よね。」

蒲原
「でも」

一二三
「え?」

蒲原
「先生も…泣いていますよ。
自分たちなんだか不思議ですね。」

一二三
「あら…どうしてかしらね。
…でも大丈夫よ蒲原…お前も私もひとりぼっちなんかじゃないんだから、ネ。」

『塔、柱、一』了

残ったのは塔と柱だけ…

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