幕間台本『余白の春』

※ネタバレを含みますので注意してください。

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男×1
女×2

シオ

マリア

セラ





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マリア
「おはよう、朝ご飯出来てるよ」
シオ
「ありがと…ねえマリア」
マリア
「どうしたの?」
シオ
「…昨日、手紙が届いてさ」
マリア
「へえ貴方にもトモダチが居たのね」
シオ
「そういうのじゃなくて…その」
マリア
「もしかして家族からとか」
シオ
「ええと…元恋人からなんだ」
マリア
「…」
シオ
「僕に看取って欲しいって…」
マリア
「…貴方は行きたいの?」
シオ
「うん…マリアが良ければ、明日には」
マリア
「なら、行っておいで…早めに帰って来てくれると、嬉しいな」
シオ
「…それは、どうかな…」


セラ
「本当に久しぶり」
シオ
「うん、久しぶりだね。
少し痩せた?」
セラ
「最近は食事を摂ってなくて…
君は元気にしてたかな」
シオ
「僕を心配してどうするんだ」
セラ
「…最近は他人の事ばかり頭に浮かぶんだ。
それこそ、君の事とかさ」
シオ
「貴女が僕に別れを告げたんじゃないか。
手紙で一言さようならって、その後は顔も見せないで…生きててよかった」
セラ
「生きててよかった、ね。
私はもうすぐ死ぬんだよ…その為に呼んだ」
シオ
「それって、その病気か何かで」
セラ
「…いいや。
ただ死ぬんだよ、静かになると言えばいいか…」
シオ
「もし本当にそうだったら、神様は理不尽だ」
セラ
「死に理由なんて無いんだ…
いいや、求めてはいけないと言うべきか…」
シオ
「それは、凄く怖いことだと思うけど。
貴女は恐れているように見えない」
セラ
「人は死ぬ為に生きているんだから、何を怖がればいいっていうんだ」
シオ
「…希望は何処かに」
セラ
「私はもうじき死ぬんだよ?
…君に看取って貰えるなら、それでいいよ」
シオ
「…そっか、ならまずお茶を飲もう。
貴女と付き合っていた当時よりは上達したんだ」
セラ
「それは楽しみだ…でもあの味は好きだったよ」
シオ
「それは貴女の記憶の中だけにしか無いからね…」


セラ
「君は、いつか幸せになりたいと言っていたけど…掴むことが出来たのかい」
シオ
「…まだ、その輪郭も見えていない。
僕が思うよりもうんと遠くにあるみたいだし」
セラ
「見えては、いるんだね」
シオ
「感じ取っているだけだよ」
セラ
「それはきっと偽物だ…よく出来た作り物。
生きた花になりたがる造花に過ぎない」
シオ
「じゃあ本物の幸福は、本物の不幸は何処に?」
セラ
「それを今から知りに行くんだ」
シオ
「貴女は本当に死ねるのかな」
セラ
「…残念だけど、ほら。
手を握って」
シオ
「…これは」
セラ
「私ちっとも痛くないし、喜びがあるくらいだよ」
シオ
「でも血が…流れてる。
青い血が、宝石みたいに…貴女が流れていく」
セラ
「君の手は、前と同じように温かいね」
シオ
「そんなこと言ってる場合じゃ」
セラ
「こんなに綺麗だと思わなかったんだよ。
…部屋の隅に置いた花は咲いていた?」
シオ
「いいえ…それよりも止血を」
セラ
「ダメ、このまま私は枯れていくんだ。
それを台無しにする為に呼んだんじゃないんだ」
シオ
「じゃあただ黙って看取れと?
手を握って、白くなっていく貴女を」
セラ
「そう、穏やかに死ぬの…
望み通りの死を叶えてもらう…それだけで私は十分なんだ…悲しくもないし、苦しくもない…」
シオ
「…そうやって遠くへ行くの?」
セラ
「誰にも見つかりたくないな」
シオ
「探しに来る人はいるんでしょ?」
セラ
「君が来ないから別にいいかな」
シオ
「ならどうして、僕を」
セラ
「内緒」
シオ
「意地の悪い人だ」
セラ
「なら君は不幸な人だ…でも私が死んだら、きっと変わるよ」
シオ
「どうして?」
セラ
「君は幸せになれると思うから」
シオ
「そんな資格、何処にもないよ…馬鹿らしい」
セラ
「さようなら。
春へ枯れた花のこと…いつか思い出して泣いてよ」
シオ
「眠るには早すぎる…ほら起きて、起きてよ…頼むから起きてくれ…さようならを聞かせてたいのに」
セラ
「…ねぇ────────」


マリア
「それで、どうなったの?」
シオ
「…看取ったさ」
マリア
「そんなの、物語って言わないの」
シオ
「別にいいだろ、その、どうだって」
マリア
「ええ…」
シオ
「想像が生み出す世界は無限だ。
だから、喋らない」
マリア
「…濁したって何も生まないわ」
シオ
「いやいや…外を見てみなよ。
もうすっかり春だ」





『余白の春』了






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