【クブン・ビダダリ物語⑤】 真夜中の到着
【クブン・ビダダリ物語】
エリーは、その時、この扉の先にある
我が家で、真夜中に独りぼっちであった。
愛猫のバルテュスは真夜中にも拘らず
すぐにエリーの帰宅を嗅ぎ分けて
駆けつけてくれた。
彼の無防備な仕草と、温もりが、嬉しくて
エリーは、涙が一筋二筋と、
溢れ流れるのを感じていた。
涙は温かさをもっていた。
心細かった。
いつもの様な大家さん家族の出迎えもなく
不信感が津波のように押し寄せて来たが
そのまんまで、そこにあらねばならない。
(どうして来ちゃったかな?)
と、情けなくも思ったけれど
エリーの腹の底は、胸の内と違い
しっかりしていた。
姿を消したサラマンドラ・ブリトリエールの声が
言う。
「大丈夫。全ては上手く進んでいるのよ。」
彼女はいつもこんなふうだ。
ふっと、何処かへ行ってしまったり、
顕れたりする。
さてと、エリーは
スーツケースで眠るバルテュスを見ながら
回想したのである。
いつもここにたどり着くと
扉を2つ開けて家の敷地に入っていった。
そこには Kebun・Bidadari がある。
「クブン・ビダダリ」とは、
インドネシア語で「天女の庭」という意味で
この家の大家さんがつけてくれた。
この家と始めて出会ったのは
もう、8年前になるだろうか。
その時、家は暗く、庭は荒れ果てていた。
この家に試しに住んでみた時
バリ島に何年か住んでいる知り合いは
ここに遊びに来て
「広くて良いけど。私は怖くて住めないわ。」と、
言った。
ポツンと広い敷地内に建つ古びた家
夜の余りな真っ暗さに驚いたらしい。
当時も今も
エリーにとって、夜の暗さは心地良い。
この家が好きだった。
そして大家さんと気が合いそうに想い
信頼して見ることにして
この家を借りる決意をしてみた。
エリーは一人暮らしも外国暮らしも
自分で家を借りることも全てが
始めてのことだったのである。
実はエリーは忙しく子育ての日々を過ごした
まあ、ありふれた主婦であったのだが
様々な諸事情により巡り巡って
この島のこの家に辿り着いたのだ。
あれから、何年経ったのだろうか。
様々なスッタモンダがありラッキーがあり
日本とこの島のこの家を行き来きしてきた。
長かった。
そして、順調と挫折と失敗とを繰り返しながら
一旦、大人になった娘に諸々のことを託し
この家から我が身を引き離していたのだが
この度の更新手続きで
突然、家の継続危機交渉役を
引き受ける運びとなってしまった。
それは、
ほとんど勝ち目のない交渉であることが
明らかだった。
この家をほしいと言う人物は
20年間、この家を借りると言っているらしいから。
「何故、私がこの交渉を?」と
ドーンと気が重い日々が続き
暫く遠ざかっていた愛しい我が家へ
行きたい気持ちと、この交渉から逃げたい気持ちが
ひしめいて、葛藤し、やっとの思いで
来たんだけれども、不安極まりなかった。
誰かに助けを求めたかった。
しかしだ、私のためにもこの家を引き継いでくれた娘から、交渉の助けを求められたのは
確かにこの私の中のエリーの存在なのだから
見た目にはシャンとして、クブンビダダリに
エリーを含む私はやって来たのである。
あぁ、もう、鶏が鳴き始めた。
そして、いつもの南国の小鳥たちの
心地よい囀りが訪れる。
バルテュスは、エリーに寄り添って眠っている。
サラマンドラ・ブリトリエールは
シャランと何処かへ消えて帰ってこない。
朝陽がクブン・ビダダリに射して来た。
朝陽を浴びて、小鳥の囀りを聞きながら
暫し眠ろう。
バルテュスの温もりが良い夢の訪れを
誘ってくれるだろう。
夢の神聖な導きを
エリーは頼りにすることがある。
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