フットボール新世代名将図鑑

本書を一読どころか何度も精読することによって、フットボールへの造詣は深くなりそうなのだが、ここで強く深く述べられている要素の一つであろう「戦術(若しくはその分析とそのプロセス)」がある。
それらは本書を読み解く上で重要な要素の一つに違いないが、同時に、その辺りを度外視したところにあるものにこそ、この本の本当の面白さはあるのかもしれない。


無論、ここには多数の次世代指導者が登場する。中には、私たちが選手としてよく知った名前もチラホラと登場する。
そんな有名選手だった彼らが、如何にして現代的な感覚を有する新鋭指導者になり得ているか、本書はその辺りを深掘りしていく。
結果、例えばジェラードやランパード、ピルロにガットゥーゾなど、名選手から指導者になった人々が、如何な強みを持ちどういう方向性で伸びようとしているかを解析する。

もちろん、そんな元有名選手だけを掘り下げるわけではない。昨今は様々な方面から次世代指導者とされる、新しい観念を持った指導者が登場してきている。
そうした人々にも余すところなくスポットライトを当て、その特徴などをどんどん表出させていく。


著者の結城康平氏は、そういう戦術的な方面にきわめて明るい人、という印象を以前から持っている。
彼の語り口により、ここに登場する多数の人物が、フットボールに於けるインテリジェンスに溢れる人々として活写されている。
ここに登場する新世代指導者たちは、既存の「権威」(と言うと、少し違うかもしれないが、他に適切な用語を知らないので、敢えてそのように申し上げたい)の背後で牙を磨いている人たち、という印象を受ける。

特に、本書の序盤の章でも登場する「戦術的ピリオダイゼーション」という用語は、新世代的な戦術用語として広まったし、その語を駆使することで「一端の戦術論者である」かの如く見られやすいだろう。
だが、そういう語を容易に用いることは、むしろ危険だとさえ思う。その語の意味するところや効能を知りたいと思う、深く大きな知的好奇心があってこそ、それらの語は説得力を増すのではないか。

本書には登場しないが、我が国にも本書に登場するような次世代的指導者はいて、Jリーグには登場しないまでも、JFLや地域リーグなどには登場しているようだ。
それら若手のニューブリードたちが、この先、幅広く活躍していくためのヒントが、本書には数多く散りばめられているのではないか。

そして、彼らが用いようとしている戦術だけに拘らず、人心掌握術だとか、それらを含めた総合的なマネージメント術にまで、切り込もうとしているように思われる。
そのような意味で言えば、とても深く読み進められる、現代フットボールを語る上では一つのバイブルになり得る書、とは言えるかもしれない。

ただ、幾世代かが経過し、本書に登場する指導者たちが中軸の世代になった時に、彼らを凌駕せんと虎視眈々と狙う次の新世代指導者たちが、本書のように取り上げられると良い。
単なる戦術解体新書としてだけではなく、その内面・背後に潜んでいる人間ドラマを、垣間見てみたい。
本書は、そうした読み方をするのも、案外と面白いのではないか。そんな気がしている。
もちろん戦術トレンドを学ぶ意味でも重要ではあるが、敢えてそれ以外の意味を見出すのであれば、そうした人間たちの有り様を活写している、という意味でも本書は面白いと思う。

確かに「フットボールの戦術家たちや、彼らが用いようとしている戦術」などは、いくら細かく解説されても簡単には得心がいかないかもしれない。私も、その意味では全く同じであり、門外漢故にわからないことも多い。
だが、そこに人が関わるからには、その人が作り出すドラマがそこには必ずあるはずだ、と確信している。
そのドラマの数々を掘り起こす作業をしてみるのも、本書の楽しみ方の一つとなり得るのではないか。そのためにも「戦術」という要素から、敢えて離れてみるのも手段の一つだと思う。

基本的に他人様にどうこう、と偉そうに提示するような文章ではなく、「こいつ、馬鹿でぇ」と軽くお読みいただけるような文章を書き発表することを目指しております。それでもよろしければお願い致します。