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ヒッポ暮らす object 連想
連想配列、レンソウハイレツ。連想はE列。
ピックアップ
恋人のにおわせ、みたいな話を聞いたら「恋人、どんなひとなんですか、彼女だか彼氏だか知らないですけど」と聞く。
男だからといって恋人が彼女とは限らないし、その逆もしかりなのだ。
そこまでは普通に分かるというか、わかってないひとというかそういうことを気にかけていないひともいるからあれだけど、分かるストレートな話だ。ただ世の中には、ノンバイナリーというか、クィアというか、男/女で分けたくない人もいる。だから、本当は「恋人、どんなひとなんですか、彼氏だか彼女だかそういうのでもないのかわからないですけど」と聞くのがいいのかもしれない。
男だから~~、女だから~~という押しつけがいやだ。これはストレートな話で、もっともなことだ。別に男もカフェに一人で行けばいいし、女が一人で焼きにくってもラーメンってもいい。これはそうなのだが、そういうこと言うひとも、女/男という二元論を前提にしてそもそもそれを疑うことがなかったりして、それって「男なのにカフェ?」みたいなのよりよっぽど厄介なのかもしれない。さっきの話はこういう話と似ている。ただまぁそれを言い出すと堂々巡りというか無限にそういうことを言える。それも極端な話で、まぁ男/女というのはおおざっぱに過ぎるだろうし、それは自分が言うまでもなくみんな言ってきたことなのだ。
そういう難しい話。
変(数 クラス
美容師になるのはたいへんらしい。何年も修行をして、低賃金でたくさんはたらく。師弟関係があって、、、。やめとく。
まぁそういうのはハラスメントだ、ともいえる。だが、ハラスメントによって伝達される(ことが効率的であるような)知識というのもたしかにある。だから、ハラスメントのおかしさと知識伝達の効率性を天秤にかける必要がある。
ハラスメント抜きで知識が伝わるなら良い、そうでないなら、そのハラスメントのきつさと伝達される知識を天秤にかける。
ここから本題。明らかにハラスメント>効率性、というのがよくある。部活動とか。いまではハラスメント的なことを知識伝達のために必要としていないのに、ただただ終わりみたいな環境が続いているみたいな。
学校だって、あんなわけわからん環境で子供たちを縛っておく必然性はなくて、基本的にはタブレット端末で自習して、授業はわからないこと聞く場みたいな感じにしたらいい。小学校とかだったらもちろん無理だと思うけど、中高はいける。いや、いいたいことは、どうやって勉強しろということではなくて、あんなに意味わからない環境に人間を縛り付けて、ハラスメントによって知識を伝達するというモデルそのものに対する疑問。
ってか、日本ってだいたいこれ。で、これはなぜなのかという問いが立つ。意味ないハラスメントが意味ないのに続けられている理由。
おーよそ、おおよそ、凡そ?、わからんけどそれとしては、仕返しだろうな。仕返し、というのは、自分もやられたからやろうということ。仕返しとあきらめ。仕返しをするつもりはないんだけど、なんというか、自分もやられたし、そういう構造を変える元気もないし、まぁいいかというやつ。
麒麟児――key ring jy
このあいだ、ファミリーマートの前を歩いていたら、4人くらいでたむろしている女子のなかの一人と目があった。目が合ったので普通にすぐそらしたのだが、結構大きめの声で「かっこいい」と言われた気がした。気がしただけで本当は違うのかもしれないけど、まぁ少なくともそう聞こえた。そういうたむろしているとき独特の大きな声が出てしまうあれの現象。
それで少し良い気分になったような気もしたが、ただ歩いてるだけでかっこいいとかかっこわるいとか言われきゃいけないのも不快だなぁと思った。でも、そういうことって自分も普通にやっているので、いいとも悪いとも言えないというか、友達とおっきな声でおしゃべりしてたら、なんかそういうことを言っちゃうような気もする。
麒麟児という言葉があるらしい。そういうのは初めて聞いた。ヒッポ暮らすです。アーニャ。くらしマス。
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