見出し画像

第3回 宵の明星(プログラム・台本)

本日、第3回 宵の明星へご来場くださった皆さん、大変ありがとうございます。
Music Square TUBASA としては初の試みなのですが、今回の公演では入場時のプログラム配布を行いませんでした。
終演後の今、プログラムと共に、朗読された台本を公開いたします。
これをお読みいただき、公演の雰囲気とその余韻を思い浮かべていただけたら大変幸いです。

第3回 宵の明星 台本

オープニング

こんな夢を見た。

ショパン: 前奏曲「雨だれ」Op.28-15 演奏:昆一成

むかし大好きだった映画にこんな導入をするものがある。
子供の頃おばあちゃんにみせてもらった映画。

取り留めのない断片的な場面のつなぎ合わせ、非現実的なもののはずなのに何処か現実感の漂う怖さが幻想的な映画。
幼少の私は本とレコードの壁に囲まれたおばあちゃんの部屋で、その映画の夢の中にまだ観たことのない夢の世界を観ていた。

あれから長い時が経ち、大人になった私はいま、あの時とは違った意味で「まだ観ぬ夢を観たい。」と願ってやまない。

わたしのことを「私」と呼ぶこのわたしは、あの頃とあまり変わらないようでいて、否、触れるものすべてに心躍るときめきを覚えた無垢は褪せ、もはやここには居ない。
語るべきものを持った大人にはなれずにイノセンスを失った私は、気付くとつい無意識のうちに辺りを探してしまう。
「夢の移り香が何処かに残ってはいまいか?」と……。

そうしてかき集めた残り香でわが身を包(くる)んで私は、
揺蕩いのまどろみに分け入らんと、ぼやけた意識にそのからだを預ける。


-夢想1

「そして私はこんな夢想にまどろむ……。」
ショパン:バラード1 Op.23 演奏:昆一成


砂ともみパート「音楽の旅路」

さあ、これから始まるは音楽の旅。
音の連なりは言葉の地平を超えて無限の意味をも紡ぎだす。
我らの息吹きの拍動がその音律と共調するとき、意識は遠く、遠くに飛び立つ。
異なる時代の異なる文化、異なる世界の異なる風土、遠くへ、遠くへ……。

 ラフマニノフ  ラグメント 1917
 ラフマニノフ  幻想的小品ト短調
 ヴェルディ作曲、リスト編曲 
   オペラ「アイーダ」から「神前の踊りと終幕の二重唱」

ラフマニノフ 。
彼は過酷な時代の荒波に翻弄されながらも、数多の輝きを音楽に灯す。
死後80年を経た今も、その作品群は微塵も色褪せることなく、力強い拍動と共に生き生きとした明滅を見せてくれる。

彼の描く音楽には独特の色合いがあって、
それはまるで抗い難い魅惑を振りまく甘露のよう。
粘度が高く、香り芳しい。

これから演奏される「フラグメント」、そして「幻想曲 ト短調」。
どちらもとても小さな作品ではある。
けれども、私たちを酔わせるには十分な香気を放っている。
心を掻き乱すハーモニー。
耳を傾けぬことなど出来ようもない。

さて、ヴァイオレットの靄が明け、そこに開ける景色はファラオの時代のエジプト。イタリアの大作曲家、オペラマイスター、ヴェルディの代表作品の一つ「アイーダ」。

エジプトの若き指揮官「ラムダス」と恋仲にある、敵国はエチオピアの王女、今は奴隷にその身をやつした「アイーダ」。
これはあまりに残酷な運命に引き裂かれる二人の悲恋を描いた大作オペラ。
フランツ・リストは、この物語の2つの場面を基にピアノ作品へと編曲する。

前半は第一幕、第一場、「神前の躍り」。
舞台は天地創造の神プタハを祀った神殿。
侵攻してくるエチオピア軍を迎え撃つべく、神に戦の勝利を乞い願う。
こだまする鈴の音は巫女たちの歌声。
その鈴なりの響きを背に、ラムダスと祭司長は祈願する。
「敵に恐怖を!敵に死を!」

そしてこの曲の終盤に現れる「ラムダスとアイーダの二重唱」。
裏切り者として処刑されるラムダスに寄り添い、苦難に満ちた現世との決別を決心するアイーダ。

(ラムサス)
「愛のために生まれた清らかな花は、僕が愛したせいで散り去ってしまう。僕はあまりに君を愛しすぎた。君を愛してしまったばかりに……。」

(アイーダ)
「わたしはあなたの腕の中で共に死にたいと願ってここに来たの。
あなたのお墓となるこの場所に。
ほら、死の天使が迎えに来て金色(きんいろ)の翼で私たちを包んでくれる。
そうしたら天の扉は開き、漸く喜びが始まるの。
不滅の愛の、永久(とわ)の喜びが。」

(アイーダ)
「涙の谷に沈んだ夢たちよ、喜びよ、さようなら。あなたに安らぎを。」
(ラムサス)
「大地よさらば。君に安らぎを。」
(アイーダ)
「どうかあなたに安らぎを。」
(ラムサス)
「君に安寧を……。」

ラフマニノフ:断章(1917)
 ラフマニノフ:幻想的小品ト短調
 ヴェルディ=リスト:「神前の踊りと終幕の二重唱」

演奏:砂ともみ


-夢想2

「そして私はこんな夢想にまどろむ……。」
ショパン:バラード2番 Op.38 演奏:昆一成


木村周平パート「よろこび」

バッハ作曲、ケンプ編曲、コラールプレリュード「目覚めよと呼ぶ声あり」
カプースチン作曲、「パストラール」
ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ第13番

「バッハに関しては説明不要だよね?」とか、
「ケンプはドイツのピアニストで、バッハやベートーヴェンの演奏がとくに有名なんだよ。」とか、
「コラールカンタータとしてのこの曲は、〈第1日曜日にはこの曲、第2日曜日にはあの曲〉という感じに、それぞれ演奏する日が決められていた参拝者に向けた曲の一つ。今は有名なこの曲、実は暦の関係で、演奏される機会は数年に一度のかなりレアなカンタータだったの。」
とか……。

「カプースチンはウクライナ出身の作曲家で、第2次世界大戦開戦の少し前に生まれたんだよ。」とか、
「モスクワ音楽院で音楽を学び、ジャズオーケストラやテレビラジオ楽団に参加しながらジャズを肌感で身に着けたんだよ。」とか、
「「彼の音楽はジャズだ」とか「いや、あれはジャズ風クラシックだ」とかいう人たちがいるけど、そうじゃなくて、あの音楽はカプースチンなんだよ!」
とか……。

「ベートーヴェンのこのソナタはあの有名な月光ソナタとのカップリングで出版されたもので、ベートーヴェン自身が副題を付けた数少ない曲の一つなんだ。」とか、
「全ての楽章がアタッカで繋がれてまるで一つの曲の様だったり、ソナタを名乗りながらソナタらしからぬスタイルだったりと、かなり野心的な作品だったのだ!」
とか……。

言いたいことはたっくさんあるのだけれど、本当に言うべきことはたった一つ。それはね、「ここには喜びがある」という事。

目を覚まして
長い長い眠りの時はもうおしまい
漸く、待ち焦がれた光が訪れる

若さゆえの苦しみは東へ
知恵の救いは北から

苦しみに耐える夜はもうおしまい
真珠色に輝くアーチをくぐって……

死の闇に怯える心は西を向け
慈しみに満ちた優しさが南の方から包み抱いてくれる。
さあ、目を覚まして

輝きに満ちた12の光を通って闇に閉ざされたときを終わらせましょう。

さあ、目を覚まして
やがて降り立つ光の柱を10の灯火をもってお迎えしましょう

君に幸多かれ!

バッハ=ケンプ:「目覚めよと呼ぶ声あり」
 カプースチン:演奏会用エチュード「パストラル」 Op.40-6
 ベートーヴェン:「幻想ソナタ」(3.4楽章)

演奏:木村周平


-夢想3

「そして私はこんな夢想にまどろむ……。」
ショパン:バラード3番 Op.47 演奏:昆一成


辻ゆりパート「幻想……それは風景」

アンリ・トマジ、
「風景」。

それは3曲からなる小品集。
それぞれに標題と副題が与えられていて、
1曲目「海」。副題(かもめ)。
2曲目「木々の見える広場」、副題(夏の朝)。
そして3曲目が「森」、これの副題は(鳥の囀り)。

掲題だけで情景が目に浮かぶ。 これはトマジの生まれたマルセイユ?
彼の両親の出身地、コルシカ? それとも何処か別の、、、。

古きフェニキアの言葉で、コルシカは「森林の豊かな」という意味を表すらしい。もしかしたらここは、コルシカでもマルセイユでもある、彼を満たす原風景なのかもしれない。

「地中海の色、そして光は私の大きな喜び。心を通らずに現れた音は音楽でない。私はメロディストなのだ!」とはアンリ・トマジの言。

そして…、こんな夢想に私は微睡む。

~その調べはフェアリーたちの歌声。耳朶(じだ)を撫でるは彩豊かな絹織物。旋律の歌唱……。そう、メロディのメロディたる所以がこの調べには満ち満ちている。~

そんな言い伝えに誘われて、わたしは仄暗く埃っぽい古書庫に這入る。
いつしか書棚から滑り落ちてしまったらしい朽ちかけの紙束を拾い上げると、辺りには埃が舞い上がり高窓から微かに差す幾筋かの陽光が薄闇との境を明確にする。

そっと紙束をめくってみた。そこに記されていたのは……響き。
神秘的ながらも取り留めのない響き。その印象は到底メロディとは結びつかない。

古代の人々を魅了したというその旋律はもはや私の耳を喜ばせてはくれない。これが時代の変化……、 脚色を重ねた伝承の、真実の姿だとでも言うの?

「まあ、そんなものよね」と、 私は落胆する。
すると……。

「君はわかっていないんだねえ。」
奇妙な声が響く。

「心を通らずに現れた音が音楽ではないのと同時に、音は心によって音楽となる。自らを通った音を音楽に出来ない心は、悲しく欠けてしまっている。」

何かが…そこに何かがいる。
ふうぅぅっ・・・・・。 その何かの指が鍵盤を撫でたような気がした。

生暖かく涼しげな風が私を包む。
風? いや、違う。密度の高い空気。

その感触は艶めかしく、まるで身体を撫でる指先のよう。私の全身をくまなく滑るその指先は、最後に強く背中を撫であげて、そこで止まった。

ふうぅぅっ・・・・・。
何処からともなく歌声が聴こえ、背中にあった指はやがて翼へと大きく姿を変えて、私の身体は宙へと高く投げ出された。

雲を突き抜け、時の流れの止まった雲上に安寧を見た。
海底(うみそこ)に深く潜り、そこでは深海魚の国と珊瑚の草原を見た。
海面すれすれを陸に向かって、眩しすぎる青、深く澄んだ群青、自己主張の強い白、目を焼くほどの緑、なんて鮮やか。
海の匂い、土の匂い、草の匂い。
目まぐるしい。
次から次へと、色が、匂いが、風が、私の身体を突き抜けていく。

紙束を眺め、わたしは佇んでいる。
そこに書かれた内容に変わりはない。
でも今は分かる。
これは音楽だ。
そしてメロディに満ち満ちている。

アンリ・トマジ:「風景」
          1,「海」(かもめ)。
          2,「木々の見える広場」(夏の朝)
          3,「森」(鳥の囀り)

演奏:辻ゆり


-夢想4

「そして私はこんな夢想にまどろむ……。」
ショパン:バラード4番 Op.52 演奏:昆一成


エンディング

ラフマニノフ:ノクターンOp.10-1 演奏:昆一成

ご清聴ありがとうございました。
以上を持ちまして、第3回「宵の明星」は演目の全てを終了といたします。
バラードで繋いだ音楽の輪飾り、お楽しみいただけたでしょうか?

音楽というものは、その存在のみで驚くほど雄弁に語り、私たちの心を無邪気にもてあそぶものですが、普段表に出ないエピソードもまた、中々に楽しませてくれたりするものです。
もし皆さんが、そんな音楽たちの側面にもご興味をお持ちいただけたなら、
今日、家路をたどる私の心には穏やかな笑みがこぼれていることでしょう。

Music Square TUBASAは「音楽のあふれる社会」を目指して邁進してまいりますので、これからもを何卒よろしくお願いいたします。

本日は、大変ありがとうございました。


プログラム

ショパン:前奏曲「雨だれ」Op.28-15(「24の前奏曲集」より)
Chopin : Prelude "Raindrop" Op.28-15

演奏:昆一成
played by Kazunari Kon

◆朗読「オープニング」:古津麗

ショパン:バラード1番 Op.23
Chopin : Ballade Op.23

演奏:昆一成
played by Kazunari Kon

◆朗読「砂ともみパート(音楽の旅路)」:古津麗

ラフマニノフ:断章(1917)
Rachmaninoff:Fragments(1917)

演奏:砂ともみ
played by Tomomi Suna

ラフマニノフ 幻想的小品ト短調
Rachmaninoff:Morceau de fantaisie G-minor

演奏:砂ともみ
played by Tomomi Suna

ヴェルディ/リスト
「アイーダ」から神前の踊りと終幕の二重唱(ヴェルディ) S.436 R.269
Liszt:"Danza sacra e duetto final"from Aida S.436

演奏:砂ともみ
played by Tomomi Suna

ショパン:バラード2番 Op.38
Chopin : Ballade Op.38

演奏:昆一成
played by Kazunari Kon

◆朗読「木村周平パート(よろこび)」:古津麗

バッハ=ケンプ:コラールプレリュード「目覚めよと呼ぶ声あり」
J.S.Bach=Kempff:Wachet auf, ruft uns die Stimme

演奏:木村周平
played by Shuhei Kimura

カプースチン:パストラル Op.40-6 (「8つの演奏会用エチュード」より)
Kapustin:Concert etude “Pastral”Op.40-6

演奏:木村周平
played by Shuhei Kimura

ベートーヴェン ピアノソナタ 13番「幻想ソナタ」(3.4楽章)
Beethoven Piano sonata Op.27-1"Sonata quasi una fantasia"

演奏:木村周平
played by Shuhei Kimura

ショパン:バラード3番 Op.47
Chopin : Ballade Op.47

演奏:昆一成
played by Kazunari Kon

◆朗読「辻ゆりパート(幻想……それは風景)」:古津麗

アンリ・トマジ 風景
Henri Tomasi:Paysage
 1,「海」(かもめ)。
   Marine (Mouettes)
 2,「木々の見える広場」(夏の朝)
   Clairière (Matin d'été)
 3,「森」(鳥の囀り)
   Forêt (Chants d'oiseaux)
演奏:辻ゆり
played by Yuri Tsuji

ショパン:バラード4番 Op.52
Chopin : Ballade Op.52

演奏:昆一成
played by Kazunari Kon

ラフマニノフ:ノクターン Op.10-1(「サロン的小品集」より)
Rachmaninoff:Nocturne Op.10-1

演奏:昆一成
played by Kazunari Kon

◆朗読「エンディング」:古津麗


出演者プロフィール

砂ともみ(ピアノ)


木村周平(ピアノ)


辻ゆり(ピアノ)


古津麗(語り)


昆一成(企画・脚本・ピアノ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?