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小さくても豊かな物語を、自分たちで紡ぐ――リクオ『ピアノマンつぶやく』を読んで

桜を見に、先日、国立へ出かけた。
駅前からまっすぐに伸びる大学通り。その両側に、約200本の桜の木々が佇んでいる。

訪ねた日は、三分咲きぐらいだったろうか。
でも、真っ青な空の下、日差しを浴びながら、桜を見て歩くのは、気持ちがよかった。

この界隈は高層ビルがなく、空が広い。
歩道の脇には、随所に花壇が設けられ、パンジーなどの花々も目を楽しませてくれる。

街にベンチが多いのも、うれしい。老若男女が座り、弁当やパンなどを食べている。アイスクリームを頬張る幼い子らを、母親が「おいしい?」と聞き、見守る様子も微笑ましかった。

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私もベンチに座り、バッグから本を取り出して、開いた。

全国で年間120本を超えるライブを続けている「ローリング・ピアノマン」、リクオさんの初めての著書『ピアノマンつぶやく』(ヒマール)。

この本には、東日本大震災と原発事故が起こった2011年3月11日から、2022年8月までの約11年間、リクオさんがツイッターに投稿した文が編集して掲載されている。さらに、「酒場と音楽」など書き下ろしのエッセイも加えられている。

まず印象に残ったのは、リクオさんがツイッターを活用するかたわら、本の冒頭で、その危うさを記していたことだ。知らず知らずのうちにSNSの世界にハマり、それが肥大化し、並行して、視野が狭くなっていく恐れがある、と。

そして、こう述べる。

「SNS以外のいくつもの世界に身を置いて、SNSで晒すことのない私的な時間を充実させることが、これからの時代の個人の自由の担保となるような気がする」

「余白」の時間と場所を持つことは重要だと、自分も思う。

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311からの10年余は、「まさに激動の時代を生きているのだなと思う」とリクオさんはいう。
「地震、原発事故、気候変動、パンデミック、戦争、等々」
私もそう思う。加えて、市民の命や暮らしを蔑ろにする強権的な政治も。

本書には、音楽に関することはもちろん、さまざまな現実を前にしての思いも綴られている。震災と原発事故から感じ、考え、行動したこと。コロナ禍でライブが延期、中止を余儀なくされる中での不安。ロシアのウクライナ侵攻で考えたこと……。その中にあって、リクオさんは「救世主には頼らない。答にすがらず、悩み続け、問い続ける」、でも、「悩みながらその都度決断してゆく」と述べる。

その悩みや迷い、揺れに共感を覚えた。白黒はっきりとはしない(できない)グラデーションの中で、思考停止せず、相対主義にも陥らず、悩み、問い、考え、行動し続ける姿に。
決して自分を飾らず、自分のほんとうの思いをできる限り正確に言葉にしようという誠実さも伝わってきた。

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この日、読んだのは、本の末尾を飾る長編の書き下ろしエッセイ「物語は続く――南三陸・月と昴の奇跡」。

2022年6月4日、リクオさんが、ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんと、宮城県南三陸町の「コーヒー&カレーの店 月と昴」で行ったライブと、そこに至るまでの道のりを綴ったものだ。話は東日本大震災後から始まるのだが、とても読みごたえがあって、引き込まれた。

人と人が出会い、つながることの偶然と必然。
経験が生み出す知恵と力。
そして、相手のことを思い、共により良き世界を作っていこうという意思。
それらが紡ぎ、奏で合い、最後に素晴らしい音楽の景色を描いていく。

そのエッセイは、まさにリクオさんのライブのようだった。リクオさんのライブを読んでいると思えた。ベンチに座りながら、心はスタンディングして沸き立った。

そして、リクオさんの次の文章にうなずいた。

「今ある世界を、自分のいる場所を、劇的にではなく、少しずつ良くしてゆく。日々の積み重ねの中に希望を見つける。焦るなオレ。」(2017年12月14日のツイート)

「これからも、与えられた大きな物語に身を委ねるのではなく、小さくても豊かな物語を自分達の手で丁寧に紡いでゆきたいと思う」(エッセイ「物語は続く」)

この本を読んで、自分がこれまで考えてきたこと、やってきたことは間違いではなかったと思えた(後から気づいたのだけど、清志郎さんとの共作もあるリクオさんの本を、国立で読めてよかったとも!)。

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国立で暖簾を掲げた、ある店主に10年前ほど取材させていただいたことがある。この日、その店も訪ねた。営業中で忙しいと察し、声はかけず、店の前で失礼した。
けれど、往時と変わらぬ店構えを見ただけで励まされた。コロナ禍の厳しい中、生業を続けてきたことも含めて――。

志を持って働き、仕事を営んでいる人たちのことを、私はこれからも書いていく。

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リクオさんの曲を1曲、紹介したい。
本の章タイトルの一つにもなっている「パラダイス」。

お客さんとのコール&レスポンスは、リクオさんのライブならでは! ピアノを弾きながら、ジャニス・ジョプリン、岡本太郎、中島らも、ブルース・リーなど、さまざまな人たちの言葉(メッセージ)を語るところも圧巻。

リクオ『ピアノマンつぶやく――流さない言葉①』(ヒマール)
文庫サイズの表紙を飾るのは、柔らかな筆致のイラスト。リクオさんが酒場でピアノを奏で、歌い、お客さんがそれぞれに楽しんでいる姿が描かれている。リクオさんのライブの景色そのもの。この本、私は神保町の一箱店主のシェア型書店「パサージュ」内の「こぶな書店」で購入しました。


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