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OLAibiことアイちゃんへ

15年来の友人であり唯一無二のアーティストOLAibiことアイちゃんが天国へと旅立っていきました。
あまりに突然ことで、いまだにちょっと頭と心が追いついていなくて実感がわいていません。まだ連絡したらすぐに返事が返ってくるような感じがして、追悼の記事などをみても何かピンとこないのです。

活動を休止してからは、あまり心配してないふりをして普通にメッセージをしてやりとりをして次回の共演のことなども相談したりしていました。
今は友人たちとアイちゃんの話をすることで、少しだけポジティブに笑ったりすることで受け止めることができています。

アイちゃんと出会って幾度となく一緒に共演してきましたが、いつも想うことはアイちゃんがいつでも何かを探している目をしているなあということでした。
数々の作品を創造し素晴らしいパフォーマンスをしても、いつももっと別な何かを探しているような。それは音楽だけでなく、暮らしの中でも、現状のもっと先の何かを見続けているようなそんな印象を受けていました。
それでも普段話すことは面白いことばかりで、同世代ということもあって会うたびにどうでもいいことで爆笑していた思い出があります。
常に僕のことをいじっては、お互いに笑っていました。

僕が調子が悪かった時には、本当に自分の事のように心配して声をかけてくれたり、わざわざパフォーマンスに来てくれて涙を流してハグしてくれたこともありました。他人の事や、世の中の痛みを自分の事のように感じ取っていたので、きっと自分自身が抱えてしまうこともとても大きかったように思えます。アイちゃんの暮らしていた鳥取の森の中で、アイちゃんがとてもいい笑顔をしていたことがすごく嬉しくて、そのことをいつも思い出しています。ただアイちゃんの目の奥にはいつも次の何かを探しているような、決して現状に満足していないようにいつも感じていて、それはどうしてだったのか、今はアイちゃんと交わした言葉や音の中で、本当はどんなことを考えていたのか、アイちゃんの心の中にあった何かを自分なりに読み取りたいとこの数日はずっと考えていました。

今まだ全く自分の中の整理もできてもいなく、悲しみや憤りや、色んな感情でぐちゃぐちゃではありますが、アイちゃんと出会えて、これまで色んな景色を一緒に演奏する中で見れたことは自分自身の心の財産になっているのだなとも感じています。そしてこれからもアーティストとしてのOLAibiがのこしていった作品たちからもっともっとメッセージを受け取ったり、そしてまた自分が何かを伝えていけたらとも思っています。

ここ数日友人たちと話していることは、いかにアイちゃんが稀有な存在で、素晴らしいアーティストだったかということです。とにかくいつでもかっこよかったです。
もっともっとこの先の未来に彼女が創造したいと思っていたことがきっと沢山あったのだろうと思うし、僕ももっとこの先一緒にやりたいことがいっぱいあったのですが、今はとにかくこれまで本当に頑張って来たOLAibiに感謝の気持ちと天国への旅立ちをただただ祝福できたらと願っています。時間をかけて受け止めていきたいのです。
ほんとうにありがとうアイちゃん!

最後に2年前にアイちゃんと横浜赤レンガ倉庫で共演した『Liberation』の公演の際に僕がアイちゃんのことを思って書いた詩を載せて終わろうと思います。

『HOME』

風が吹いて 森がうたうよ 山を歩いて

そろそろおうちへ 帰ろう

まっくらな場所で 火を焚いたら そこであったまろう

そしてみんなで歌って踊ろう だれも止める人はいないから

おいしいコーヒーがまってるよ

うつくしい世界の扉は いつでもどこにでもあることをおそわった

迷いそうになったら 火を焚いて

また歌おう

おなかがすいたら そろそろ おうちへ帰ろう

おいしいごはんと音楽がそこにある

熊谷和徳


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