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京都府立植物園の野外彫刻ガイド

はじめに

  京都府立植物園は1924年に開園した公立植物園です。この敷地は明治時代まで現在も園内にある半木神社の鎮守の森とその周辺の田園であった。敷地内の北側はこの半木の森など自然林も活用した生態植物園になっている。
 戦後の1946年から1957年までは連合軍に接収され閉園している。その間に多くの植物、樹木が伐採された。返還後の再開園への取り組みのなかで、1960年に府内在住の彫刻家が協力して「野外彫刻展」が開催された。その後も京都府植物園が主催し「野外彫刻展」が実施された。1969年からは京都府や京都彫刻家連盟も共催し現在まで継続して開催されている。この植物園での野外彫刻展は広く市民に親しまれ、毎年多くの鑑賞者が訪れている。
 園内に常設されている野外彫刻作品は、1963年以降に植物園が買い上げて置かれるようになった。その後はライオンズクラブやロータリークラブの寄贈もあり、現在は13作品が園内に設置されている。(他、倉庫に保管されている作品が1点ある。)

展示作品について

『母子像』
 1966年 山本 恪二

山本 恪二 1915-2000年 京都市立芸術大学名誉教授

 設置場所 : 観覧温室入口前
 若い母親と幼い子どもが戯れているようなポーズで,母に支えられて立ち上がっている子どもを見る母の視線が微笑ましい。平和な日々,心安らぐ時間を見るものに感じさせる。
 この像はコンクリートで制作されているが,劣化が激しく表面に多くの気孔が見られた。日本でコンクリートが彫刻の素材として使われはじめたのは1900年ごろ(明治30年代半ば)からで,もっとも盛んに使われてのは1940年~1960年ごろらしい。戦後に野外彫刻として平和の像が多くつくられた時期がある。この像もそのような戦後の平和をねがう像のひとつとして制作されたのだろう。

『向ふ』
1968年 松田 尚之

松田 尚之(1898年- 1995年)日本芸術院会員 京都学芸大学教授、金沢美術工芸大学教授を歴任

設置場所 :  観覧温室入口通路の反対側の植え込みの中
 左脚を少し前に出した女性の裸婦像。両脚や胴体が逞しく力強い。前に出した左脚も後ろに残した右脚もしっかりと地面に接し安定している。一方ショートカットの髪は風を受け後ろに流れている。裸体の上半身は少し反り気味で左腕は体の後ろに伸び正面からの風が感じられる。
 題名の「向ふ」は風に向かうだけでなくこの女性の生きざまとしての姿勢を表現しているのだろう。顔が松田尚之の「明燈」の女神に似ている。遠くを見るような目元,通った鼻筋,閉じた口元に「向ふ」意志が感じられる

『岐路』

1969年 阿部 正基

阿部正基(1912年~1978年) 仙台市出身 日展会員 日展審査委員 

設置場所 : 球根ガーデン近く
 植物園の北山門から噴水のところを右に行くと球根ガーデンがある。この作品は南側の針葉樹林の巨木と球根ガーデンの植え込みの間に設置されている。少し薄暗い場所だが、フィールドワークにでかけたこの日は樹々の間から午前の日の光が差し込んでいた。
 正面からは逆行でよく見えなかったが、この像の背に光が差し込み美しかった。背後に植えられている樹木の垂直線と立像姿がよく似合っている。右脚を前に出して両手を後ろで組みながら体ひねるボーズが面白い。ひねった体のポーズに樹々の生命と同じようなものを感じた。少し頭を下げ振り返るような視線の先には何があるのだろうか。題名の「岐路」とは何との別れなのだろう。

『萃(はな)』
1966年 山崎 正義

山崎 正義 (1929-2013年)  熊本県生出身 高校野球優勝メダル 楯制作  京都教育大学名誉教授

設置場所 :  西洋シャクナゲ園からばら園に向かう途中洋風庭園北側
 体全体がS字に曲がり,左脚に重心を置いたポーズ。後ろに組んだ腕や左に向けた頭部により張った胸がより強調されて見える。また,横から見るとより体のひねりや胸のふくらみ,上半身から下半身へ流れるような曲面がより強く感じられる。
 台座のプレートにある題名は「萃」という文字に見える。「萃」はあつまる,あつまり,という意味だが,これは「萃」ではなく「華」=「はな」で女性の体の美しさを表現した作品なのだろう。

『おもい』
1963年 久間 秋夫

設置場所 :  正門から花壇を通り観覧温室に向かう左側
 女性の裸体像で正面から見ると背景に南国の植物と温室が見える。女性の裸体像と温室の背景が他の植物に囲まれた像とは異なった印象を受ける。両手を軽くくみ頭部にあてながら少し見上げた視線で,右脚を少し曲げ体全体が緩やかなS字のポーズだ。設置年については台座に明記がない。ネットで検索すると1955年と1963年という記載が見つかった。ここでは他の作品の設置年に近い1963年とした。どちらにしても経年による表面の劣化が見られる。とくに胸のあたりの変色が激しい。

『陽』
1966年 田中 彰

田中 彰(1941年 韓国仁川生まれ)

設置場所 :  観覧温室から大芝生地への通り北側
 この像も植物園内に野外彫刻が設置されはじめた初期の作品群の一つだ。細身の女性の裸像。右脚を半歩ほど斜め前に伸ばし重心を左脚に置いている。上半身は垂直に伸びた左脚から斜めにつながっている。体全体が「く」の字の逆の形だが首を左にむけていることでバランスが保たれている。髪はかなりのショートカットでボーイッシュな髪型だ。題名の「陽」は太陽を意味することから明るく活発な意味がある。このモデルの女性の性格からつけられたものなのかもしれない。

『歓びと期待』
1973年(裸婦像)、1980年(エンジェル)  山崎 正義

山崎 正義 (1929-2013年)  熊本県生出身 高校野球優勝メダル 楯制作  京都教育大学名誉教授

設置場所 :  ばら園と沈床花壇との間にある水場
 裸婦像と二体のキューピット像で構成された作品です。女性の斜めに上げた両腕の先には空を飛ぶ一体のキューピットがいる。女性は手を開き空から降りてくるそのキューピットを受け止めようとしている。上げた両手からひねった上半身と軽く腰かけ曲げた脚へのつながりが美しい。一方キューピットは微かにほほ笑み両手を上げて受け止められようとしているようだ。もう一体のキューピットは女性像から少し離れた位置に立ち,なぜか視線は二人とは逆の方に]向いている。
 キューピット(クピードー)はローマ神話に出てくるビーナスの子で翼がある。キューピットの矢を受けたものは恋に落ちるといわれている。題名の「喜びと期待」は恋の成就の喜び,恋愛への期待なのだろうか。

『追想』
1964年 阿部 正基

阿部正基(1912年~1978年) 仙台市出身 日展会員 日展審査委員 

設置場所 : 正門から花壇に行く途中の右側ヒマラヤスギ付近
 この裸婦像は植物園に野外彫刻が設置されはじめた初期のものだ。府立の植物園で野外彫刻展が開催されたのは1960年からでその後も毎年開催されている。また,そのころから園内に作品が設置されはじめている。 右脚を少し曲げ左脚に重心を置いて体全体を緩やかにカーブさせている。体の後ろに向けた両腕,わずかに引いた肩や右にすこし視線を向けた顔,胸の張りと引き締まったウエスト等が自然なポーズながら美しい。また,周りの植物が足元に絡みついていたり,草むらの中から突然あらわれた裸婦という風に見えるのも面白い。

『踊』
1961年 杉村 尚

杉村 尚 (1922-2004年)  奈良県出身  京都教育大学名誉教授

設置場所 :  洋風庭園南側
 バレーダンスレオタード姿の女性像。右脚を前に,左脚を少し後ろに置き,足をハの字に開いた立ちポーズ姿。ショートカットが清々しい。
 「踊」という題名の作品だが踊っている姿ではない。その姿に大きな動きはなく静止している。しかし,左に向けた視線に厳しさがあり,これからはじめる練習の指示を静かに待っているようだ。動きはないが緊張感のある作品だ。この作品の対面に動きのある山崎正義の「萃」が置かれているのが面白い。

『ラ・クープル』
1973年 岡本 庄三

岡本 庄三 (1910-1994年)  彫刻家 人形作家京人形司13世 大阪芸術大学名誉教授

設置場所 : 正面から入りくすのき並木から大芝生地への南側
 題名の「ラ・クープル」はフラン題名の「ラ・クープル」はフランス語で二人とかペアーという意味。男女の具象像なのだが,男性像はかなり細部を省略して表わし,しっかりとした姿勢で立っている。一方,女性像は,男性像に寄りかかるような身体の曲線や見上げる頭部,開いた腕・手への流れるようなフォルムが美しい。このようなペアーの像は珍しいかもしれない。岡本の人形作家としての作品とはまた異なった彫刻作品です。

『風と舞う』
1993年 江里 敏明

江里 敏明 1947年生まれ 日展会員(評議員) 

設置場所 : 北山門から噴水に向かって左側
 題名の「風と舞う」のとおり,そこに風が吹いている様子がよく分かる。女性のスカートの裾が風になびき軽やかに後ろ髪も風に流されている。その風を心地よく体に受け,風と踊るような一瞬の美しいポーズだ。右手指先やつま先,後ろにそらした首に一瞬の動きがよく表されている。府立植物園内には女性像が多く,またその多くが裸婦像だ。国内各地で野外彫刻として裸婦像が公共の場に設置された時期があった。その後,公共の場における裸婦像については批判的な意見がある。裸婦像は美しいと思うが公共の場では配慮も必要なのかもしれない。

『麦藁帽子と少女』
1993年 宮瀬 富之

宮瀬 富之 (1941- ) 京都府出身  日展理事  日本芸術院会員

設置場所 :  北山門から入って右側
 北山門から植物園に入るとすぐに噴水に向かう通路の両側に二つの像がある。この像は西側のワールドガーデン通路沿いにある。植物園内には裸婦の立像が多いがこの像は着衣で椅子に座っている少女の像だ。Tシャツ半袖に夏のパンツスーツのような軽いいで立ちだ。夏の暑さに負けない元気なお嬢さんといった感じ。伸びた両腕の先に麦藁帽子,盛り上がった肩から手先へのV字とつま先立った両脚のV字,麦藁帽子の〇の形が面白い。また,脚に挟まれた麦藁帽子と少女のヘアーバンドの金色が印象的だ。

『十五夜の力士』
2002年 抜水 政人

抜水政人   京都や大阪など関西に野外彫刻がある。

設置場所 :  「未来くん広場」の入り口付近
 まるまるとした力士がまるまるとした台座の上に立っている像だ。幼く見えるふくらんだ顔,筋肉質でなさそうな腕や足,おなかなどどこかユーモラスな姿をしている。子どもたちの遊びのコーナー「未来くん広場」の前にあり,子どもたちがにこやかに寄っていく楽しい彫刻だ。
  題名にある「十五夜」は月見行事の中秋の名月のことだろう。この「十五夜」ではお月見団子を供える行事があるがその他にもいろいろな取り組み各地にある。子どもたちによる「十五夜相撲」もそのひとつだ。

展示作品一覧


現在園内に設置展示されている作品は以下の13点です。
 〈 題名〉【設置年(制作年)】〈制作者〉
『母子像』 1966年 山本 恪二
『向ふ』 1968年 松田 尚之
『岐路』 1969年  阿部 正基
『萃(はな)』 1966年 山崎 正義
『おもい』 1963年 久間 秋夫
『陽』 1966年 田中 彰
『歓びと期待』 1973年(裸婦像)、
                           1980年(エンジェル)  山崎 正義
『追想』 1964年    阿部 正基
『踊』 1961年 杉村 尚
『ラ・クープル』 1973年 岡本 庄三
『風と舞う』 1993年 江里 敏明
『麦藁帽子と少女』1993年 宮瀬 富之
『十五夜の力士』 2002年   抜水 政人

作品設置位置図

  1『母子像』   2『向ふ』    3『岐路』    4『萃(はな)』    6『おもい』    7『陽』    8『歓びと期待』
9『追想』   10『踊』   11『ラ・クープル』   12『風と舞う』   13『麦藁帽子と少女』   
14『十五夜の力士』            (※5 『いずみ』は,ばら園北側に設置されていたが現在は倉庫で管理)