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雑誌『ゲンロン』

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雑誌『ゲンロン』に掲載されている論文や小説の感想です
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#ロシア

出来事から発せられる複数の波ーアレクサンドル・エトキント「ハードとソフト」を読んでみた

ここのところロシア関連文献を読んでいますが、今回はロシア文化史家アレクサンドル・エトキントの「ハードとソフト」(平松潤奈訳 『ゲンロン7』 2017年 収録)を読んでみたいと思います。これは大量虐殺の記憶についての論考です。世界的に健忘症が進んでいる今、たいへんアクチュアルな議論になっているのではないかと思います。 ハードとソフトそもそもテキストがそれ自体ハードとソフトの相互依存関係でできています。目にみえるイメージとしての文字と目にみえない意味によって成立しています。話し

銀河帝国の誕生ーマルレーヌ・ラリュエル「運命としての空間ー地理と宇宙をとおしたロシア帝国の正当化」を読んでみた

ウクライナ戦争、ロシア現代思想関連文献を読みつづけています。 今回はフランス人歴史家マルレーヌ・ラリュエルの2013年の論文「運命としての空間ー地理と宇宙をとおしたロシア帝国の正当化」(平松潤奈訳 『ゲンロン7』2017年に収録)を読んでみます。 ラリュエルはナショナリスト的言説の構築物たる帝国(ユーラシア主義)と、空間(地理と宇宙)の関係を明らかにすることをめざします。 そのために三つの構築物(ナラティブ)を分析します。 1)古典的ユーラシア主義 1920年代〜30年代

ふたつのタタールスタンー櫻間瑞希「国境を超えた結束と分断の狭間で タタール世界から見るロシア」を読んでみた

ここのところロシア関連文献(政治、思想、サブカル)ばかり読んでいます。今回はロシアの周縁?に当たるタタールスタン共和国からウクライナ戦争を考える論考「国境を超えた結束と分断の狭間で タタール世界から見るロシア」(櫻間瑞希 2023年 『ゲンロン14』に収録)を読みたいと思います。 地域と民族、ふたつのタタールスタンロシア連邦は83の連邦構成主体から構成されていて、タタールスタン共和国はそのひとつです。タタールスタン共和国はタタール人の民族共和国。ロシアにおいてタタール人は民

ウクライナ戦争下でのロシアのラッパーたちー松下隆志「ロシアをレペゼンするのは誰か」を読んでみた

ワグネルの乱には考えさせられました。武力によって政権を打倒した場合、武力を使って統治していくことになるでしょうから、市民にとって事態はあまりかわらないのかもしれない、いやより不安定になるでしょうから、事態は悪化するかもしれないと思いました。ロシアのような状況になってしまうと、最悪の状態から抜け出すのは至難の業だと改めて思いました。 情報が出揃っていないワグネルの乱の分析については専門家にまかして、私の方は引き続き歴史や文化を学ぼうと思います。 ここのところ、ウクライナ戦争関

開戦前にバルスを仕込むー上田洋子「ネットとストリートの戦争と平和」を読んでみた

ここのところ小泉悠のウクライナ戦争関連書や雑誌『ゲンロン』のバックナンバーに掲載されているウクライナ戦争に関する座談会やロシア現代思想関連論文を読んでおりましたが、一段落したので、最新刊の『ゲンロン14』(2023年3月)を読みはじめました。魅力的な鼎談や論考が多々ありますが、今回もウクライナ戦争に関する論文があるので、まずはこれから読みたいと思います。 今回読むのはロシア文学者でゲンロン代表の上田洋子の論考「ネットとストリートの戦争と平和 ロシアの反戦アクティヴィズムにつ

分業は疎外も連帯もうむーボリス・グロイス「アメリカの外ではスーパーマンしか理解されない」を読んでみた

ボリス・グロイスを読みます。前回は論文でしたが、今回はインタビューです。 タイトルは「アメリカの外ではスーパーマンしか理解されない」。上田洋子訳で雑誌『ゲンロン1』(2015年)に掲載されています。 グローバリズム崩壊インタビュアーはロシアの状況を問い、グロイスは答えます。 世界中(ロシア含む)で同じ事態が起こっている。 冷戦が生んだグローバリズムは崩壊しようとしている。トルコではオスマン語が再導入され、中国では孔子に熱狂し、イスラム世界では預言者時代のイスラムへ回帰してい

平等は不死の夢をみるーボリス・グロイス「ロシア宇宙主義」を読んでみた

ロシア現代思想関連書を読み続けています。 ナショナリストのドゥーギン(プーチンの脳と呼ばれている)、コミュニストのマグーンを読んだので、今回はリベラリストのボリス・グロイスを読みたいと思います。読むのは、「ロシア宇宙主義ー不死の生政治」(上田洋子訳 雑誌『ゲンロン2』2016年に収録)です。 ロシア宇宙主義ここでの宇宙とは調和がとれ、秩序がある状態であるコスモスを主に指していますが、宇宙旅行の宇宙の意味も含んでいるようです。そしてロシア宇宙主義とは、スティーブ・ジョブズなど

コミュニズムは訂正可能性のほうへーアルテミー・マグーン「コミュニズムにおける否定性」を読んでみた

ロシア現代思想関連論文を読んでいます。 前回は「プーチンの脳」と言われているナショナリスト、アレクサンドル・ドゥーギンの論文を読みました。↓ 今回はコミュニスト、アルテミー・マグーンの「コミュニズムにおける否定性ー疎外のパラドクス」(八木君人訳 雑誌『ゲンロン6』 2017年 に収録)を読みたいと思います。 コミュニズムとは「コミュニズム」が現在の意味で使われるようになったのは、フランス革命期。当時の主流派であるジャコバン派のスローガンは自由、平等、友愛。「コミュニズム」

「プーチンの脳」の哲学ーアレクサンドル・ドゥーギン「第四の政治理論の構築に向けて」を読んでみた

ここのところウクライナ戦争、ロシア思想関連文献を読んでおりますが、今回はいよいよ「プーチンの脳」と呼ばれているアレクサンドル・ドゥーギンの論文です。 読んだのは「第四の政治理論の構築にむけて」(原文 2014年、訳者 乗松享平、2017年 雑誌『ゲンロン6』収録)。 第四の政治理論ドゥーギンは四つの政治理論があるといいます。第一がリベラリズム。第二、コミュニズム、第三、ファシズム、そして第四、非リベラルな保守主義。 まずリベラリズム。この説明が興味深い。 これ東浩紀が

石油と独裁ー乗松享平「敗者の(ポスト)モダン」を読んでみた

ウクライナ戦争の開戦の動機を調べていたら、いつの間にかロシア現代思想に興味がわいてきました。動機と思想は直結していると思うからです。 まずはプーチンの脳と呼ばれるドゥーギンの論文を読みたいと思うのですが、その前に、ロシア思想研究者である乗松享平の論文「敗者の(ポスト)モダン」(2017年 雑誌『ゲンロン6』に収録)を読んでロシア思想を広く整理しておくことにしました。 日本の敗戦浅田彰は早くも1987年には、日本のバブル景気と一体化したポストモダニズムの流行について、「子供

アメリカはロシアだー座談会「ロシア思想を再導入する」を読んでみた

ウクライナ戦争の開戦の動機を探っていたら、だんだんロシア現代思想に興味が湧いてきました。 今回は座談会「ロシア思想を再導入するーバフチン、大衆、ソボールノスチ」(雑誌『ゲンロン6』2017年に収録)を読んでみました。 参加者は貝澤哉、乗松享平(ロシア文学、思想研究者)、畠山宗明(映画理論研究者)、東浩紀(思想家、ゲンロン編集長)の4人。 問題設定まずロシアと日本のざっくりとした共通点が確認されます。 両国とも近代に遅れて参入し、近代の超克をめざしました。ロシアでも日本の

敗者は記憶を書きかえるー座談会「歴史をつくりなおすー文化的基盤としてのソ連」を読んでみた

前回までのあらすじ ウクライナ戦争のロシア側の開戦動機を調べています。 特に開戦が2022年2月だったのはなぜかという謎を追っています。 前回は、2022年2月にはロシア内のウクライナ侵攻賛成派からのプーチンへの圧力が強くなってきて、プーチンは自身の身を守るため侵攻せざるを得なくなったのではないか、という仮説を立てるところまでたどりつきました。 また、謎を追っていたら新たな謎がでてきました。 ロシアはかつての日本のように徹底的に敗北させられるのが良いという識者の意見があり

ウクライナ戦争の動機を考えるー座談会「帝国と国民国家のはざまで」を読んでみた

前回までのあらすじ 戦争に巻き込まれるのはまっぴらごめんということで、ウクライナ戦争を題材にして回避策を見つけることができないかと考えたのでした。まずロシア軍事・安全保障の研究者、小泉悠の著作を二つほど読みましたが、回避策を考えるにも、そもそも2022年2月に開戦しなければならなかったロシアの動機がわからないということでした。小泉は「自分の代でルーシ民族の再統一を成し遂げるのだ」といった民族主義的野望のようなものが動機なのではないかと考えるのですが、しかし2022年2月に開戦