ユメグラ60分ワンドロ企画 天才編 分岐路

なぁ、クロスロード伝説って知ってるか?
彼は問う 
この界隈では切っても切り離せないような御伽噺だ

彼の問に僕は「あぁ」とだけ小さく返した

『十字路で悪魔に魂を売り渡して、その引き換えにテクニックを身につけた』
とかなんとか
あまり詳しくはしらないが、事の顛末は皆27歳という若さで亡くなってしまうことだ
天才的な技術と引き換えに
27Clubとも呼ばれていたなと

ロバート・ジョンソン、ジミ・ヘンドリックス
カート・コバーン、日本人だとMALICE MIZERのドラムだったか

急にどうした?と彼に聞き返した
しばらくの無音が返ってきた

悪魔って信じるか? 微かにそう聴こえた

さぁ? もし本当に悪魔なんていたとしたら
それはどんな姿をしているのだろうか
もしや取引をしたのだろうか、と思い老けながら
ただただ「御伽噺だよ」と返した

確かに彼の技術はすごい
同じ木材、同年代、同じチューニング、同じ奏法をしても
僕の腕じゃ彼のような音は出ない

音の粒の正確性、キープ力、細かいニュアンス
あのカッティングはどうやって出してるのかとか
音作りの幅の広さや他のメンバーと合わせる時のグルーヴ感
どれだけの引き出しを持っているのか
リフのパターンのセンス、他のバンドにも表現できないような
絶妙なラインを掻き鳴らしてくれる

プロの一線で活躍するようなギタリストと並べても遜色ない
アメリカの雑誌に載っていたのも納得する

学生の頃、一緒に始めたのにどこで差がついてしまったのだろうか

っとそろそろリハの時間だな
と光った原石の彼がいうと、メンバーは各々の機材を持ち準備に入る
僕も頭を切り替え相棒を抱え、ステージに上がる
お気に入りのレスポールをぶら下げながら
今までさんざん練習した曲を刻む

特に全体的にミスもなく、リハは音量調整と持ち時間の調整だけで終わってしまった
何度も何度も身体に覚えさせた曲だ、トラブルも無ければミスもないだろう

対バンの相手にも挨拶を終え、本番を待つ
今回はトリだ、いや"今回も"トリだ

控室の隅で、今ライヴをしているバンドの音を聴きながら
彼は紫煙を燻らせている
さっきの話の続きなんだけど
と彼は漏らす
「本当に悪魔がいたらどうする?」
と強調するように彼は言った
意味がわからなかった
悪魔なんて存在しない
所詮御伽噺、ただの偶然だ
有名人が同じ歳で亡くなっただけだ
「本当にいるとしたら、それは人間の頭の中だけだよ」
魂の取引なんて馬鹿げている、甚だ可笑しい
急にどうしたんだ本当、彼らしくない
まだ時間あるな と呟いた

「悪い癖があるから、少しそれを治そうか」
と突然ギター教室が始まった
悪い癖、というのは言い訳だ
前から彼を褒めていた部分の奏法のコツや
音作りで意識している事、そしてなぜか
彼が今まで練習でメモしていたノートを貰った

今更どうしてこんなものを?と思った
パラッと開いてみると初心者が躓きやすいコードや、運指
それから当たり前のように使っているエフェクターの細かい説明
そして、今のメンバーの長所や短所など細かく書いてあった

もうステージへ上がる時間だ、行こうか
と彼はメンバー全員に聞こえる声で言った
リハでは使わなかった方のギターを抱えて

そっちでいいのか?と聞いた
こっちがいい とだけ返ってきた
彼のお気に入りの1本だ、たしかヴィンテージ物だというのは聞いた
なんでも65年製のジャガーだとか
彼は愛用しているギター全てに名前を付けていたなと
先程まで使っていた子はたしかレグバとかなんとか
彼があのギターを手に入れてから急に上達したんだよな
そう思い出し、ステージへ上がる
幕が開く直前、彼から耳打ちされた
「もう3年すれば、君の時代が来る」

そう告げると同時に幕が開き、ライトアップと同時にリハ通りに曲が始まる
何度も何度も身体に刻み込んだ音、動き、リズム、歌詞

彼とライヴ中に目を合わせる、曲の大サビ前のギターソロ
僕の出番だ、レスポール特有の太いサウンドで客席を沸かせる
彼には出来なくて僕に出来ること
僕に出来なくて彼に出来ること
それぞれのテクニックで、歌で、動きで客席をラスサビで大きく揺さぶる
振動核に直接叩きつけるように、ただただ掻き鳴らす
曲も進み、アンコールを迎え、〆に裏で乱舞しているクラッシュシンバルに合わせて
1弦をリズミカルに鳴らし幕引き

ステージを降り、彼に問う
さっきのは何だ?どういう事だ
「悪魔はいるんだよ、魂と引き換えに天才的なテクニックを授ける」
十字路でコイツと出会ったのは偶然なんかじゃなかったんだ
必然だったんだよ、そうしてここまで来た
天才と呼ばれるようになった
そう言ってライブで使わなかった方のギターに視線を向けた
この前の持ち主も、悪魔に魂を喰われたんだよ
とつぶやく

そして、今まで最高のサウンドを鳴らしていたギターを
何も言わずに僕に預け、彼は帰路についた

しばらくして突然解散することになるとは思わずに



彼が居た証として、それを忘れないように
彼の残したノート通りに、最後に彼が教えてくれたように
確かに彼は天才だった、努力を怠らない、自分の長所を理解し
何処までも伸びていく天才だった

僕は最高の音を鳴らす旧友の相棒を歌わせる
本当に悪魔はいたのかと未だに思うが
世間の評価では今や僕が悪魔だ
「仲間の魂を食いちぎり天才的なテクニックを身に着けた」とね

彼から預かった相棒の名前をふと思い出した

たしか、ドイツ語で"お嬢様" だったかなと


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