「思い出」「いやしい」 他

・思い出  (2023)

 皺の寄った腕が水底の柔らかい砂を掻き分けて、手を切るやもと恐る恐る、「それ」を探し求める。小さな縦長の頭には、大きな黒い球体がひとつ、つるりと光ったまま嵌め込まれている。薄く濁った水の中で、人型の生命体は砂を掻き分け続ける。やがて腕が止まり、砂埃を上げながら片腕を上げると、手のひらには鮮やかな緑色の結晶が包まれている。真黒な眼を満足げにつやつやと光らせて、人型の生命体は大きく伸びをして浮上していった。

 心の底に析出する、みどりいろの思い出たち。拾い上げ、磨き込み、飾っておく。
 そうしてある日、すべてまとめて、火を放つ。その炎に抱かれ、わたしは影一つ遺さない。

 「集め続ける」のが人生だ、と思う。
 川を越え、町を行き、雲を見上げる。愛を求め、友と笑い、夜々呻吟する。
 それが心の奥底に溶け込んで、忘却と共に再結晶する。
 思い出づる物は全て宝物だ。大切に仕舞っておくのだ。
 そうしてある日、できたての結晶を戸棚に仕舞い込んで、家ごと火をつける。
 全て燃やしてしまえ。何も残るな。
 それが人生だ、と思う。


・いやしい  (2023.10)

 壁の黒点が気になって手をのばしたら、羽虫だった。
 微睡みながら布団に顔を埋め、「一緒に暮らそう」と心の中で呟いた。
 かつてなら、立ち上がって殺虫剤でも撒いていたろうに。
 ニ枚舌め。


・今更 (2024.1)

 実に、人間というものは小さい。
 もし君が家を買ったのなら、君はそのせいぜい何十坪の空間に一生を賭して住まねばならない。
 いかに山の端を望み、いかに宇宙を心に描けども、実に、人間というものは小さい。


・愛と恋の相違 (2024.2)

 距離。愛は近く、恋は遠い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?