カウアン氏会見の表情に、自分の同様被害の際の想いを、思い出してしまった。
カウアン氏会見の表情に、自分の同様被害の際の想いを、思い出してしまった。
私は自身の被害の際、連れ込まれた車から投げ出された後、
これは、只、交通事故に遭ったようなものだ、との解釈で、理性を奮い立たせようとした。
心身を落ち着かせたい気持ちから、その近くの、馴染みだった店に入った。
けれど、
装おっても、身体の僅かな震えが止まらなかったことを、自身がよく覚えている。
とはいえ、ネグレクトな家で育った私は、
子供の頃から、平静を装う事は上手く、
誰にもそれを気づかれはしなかったけれども。
しかし実際には、
私には様々が起きていた。
記憶の欠落、自分一人の時間に限った思考停止や集中力思考力の低下。
その被害直前までは、通勤等で毎日1~2時間は本を読み、それは当時速読相当でもあったが、
翌日には、一行を読む事も、困難と堂々巡りになっていた。
それは、
今振り返れば皆、心の混乱から起きたものと思われる。
何年も続いたものもあった。
レイプは心のサツジンだと、
私はその素直な気持ちを、「Me too」運動の頃にSNSへ記載したところ、その言葉だけが知らぬ間に何処かで一般化し、 まるで昔から語られて来たような現在となっているが、
そのように
私が、事の実体を適切な言葉に表せるようになったのは、
被害から、15年以上を経てからだった。
この被害がなければ、なかったようなトラブルや葛藤が、
その間もその後も、長く続いた。
会見のカウアン氏の表情に、自身のその道程の葛藤や悔しさ、社会の対応や反応を含めた理不尽等への想いが、ふと重なり、心が戻る感覚がした。
私も被害の頃、棄てられかけた夢を真摯に追っていた時だったという重なりも、含まれたかも知れない。
今後、事のあった事務所や業界だけではなく、
社会一般の人々の目も、警察など行政も、
彼らを含む被害者に対し、温かく協力的なものに変わることを、
私は、願ってやまない。
2023.9.9筆
https://www.youtube.com/live/TX1D0V1I1KE?si=pPrU8gA0erZmq-Te
(P.S.
私の被害の頃の90年代は、女性の被害すら冷遇で、犯人は未だ罪に問われぬまま、私は当時の周囲から無理解のままです。その払拭をはかろうと、私はSNS初期の2010年以降、男性が受けた性被害についても各所へ投稿し、性別を越えた理解を呼び掛けていました。。)
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