skeleton flowerと僕の旅

ふと、僕は目覚めた。
真っ暗で 冷たい 寒い所だった。
僕は… 雪山で遭難して 凍死した…いや、違うな自ら出向いたのだった…死の世界に。

今まで走り続けてきたけど、すごく疲れてしまった…
ほんとに 頑張った
長い旅に 出ます…
という短いお別れだけを残して。

僕は ケンという名前で、strong weedというバンドで メインボーカル兼ギターを 努めていた
グループは 来年デビュー10年目を迎えようとしていた人気あるグループだった。
メンバーは リーダーの トオルから 年の順に 僕、シン、リョウ、ワタルの5人だ。

今思うと ほんとに あんなに子供だった僕らが なんと大人に なったことだ…としみじみと 感慨深い…今の僕の状態で、思うことではないのかもしれないけど…。
僕は ほんとに 死んでしまったのだろうか?確かにあんなに辛かった心と身体の痛みは 今は感じないが、この冷たさと闇は 何なのだろう。
そう思いながら 痛みは無い身体を起こして 立ち上がった時だった。
前方に 一筋の光が見えて、見えたと同時に吸い込まれるように眩い世界に、引っ張り出された。

そこには 知った顔ばかりがあったが…まるで皆が別人の様に 悲しみと 驚きと 憔悴と 慟哭の表情であった。
トオルは じっと歯を食いしばり 耐えていた。
ワタルは 今まで見た事が無い涙顔で リョウとシンは いなかった。僕の所属する事務所の 社長 副社長 マネージャーも 同じ表情だったし、父と妹は 泣き崩れてソファに 沈んでいた。
リョウは あまりのショックに 気絶して 別室にいた様だし、シンは韓国で モデルの仕事が入っていたので まだ 到着していなかった。
そう、皆僕の死を知って 病院に 駆け付けてくれたのだ。
あーやはり死んだのだなぁと、僕は 安心した様な 不思議な感覚だった。
でも 僕は 本当の僕に戻っているみたいだ…おかしな 表現なのだが、雪山に行った時は 自分なのに自分ではない感じがしていたから…

しばらくするとシンが泣きながら 入ってきたし、リョウも フラフラと 僕に近づいて 「どうして?ケン!」と すがって泣いていた。
どうして?
僕は どうして…
いつからだったろう、僕の周り、いや始めは妹のサヨの周りに 黒いモヤモヤした影が 見えるようになったのは… そしてサヨは 段々と病気がちになっていったんだった。
僕の母は サヨを産んだ時に 出血多量で 死んでしまった。父は 看護師で 他人のことは 助けていたのに 母のことは 助けてあげられなかったと 酒を飲むと必ず 泣きながら話していた。
だから サヨは 母を知らない。
父と僕は サヨを母の分も 可愛がり 僕にはいつしかシスコンのイメージが ついてしまっていたみたいだ。
父は かなりなお人好しで、友人の借金の保証人になってしまい、僕がデビューした頃もまだ借金が 残っていた。だから それまでの生活は、今からではとても考えられない、貧しい生活だった。僕は バンドに夢中になったが、ギターを買うお金は無かった。いつも 友達から借りて演奏していたな… バンド仲間から 帰りに 何か食べて帰ろうと誘われても 適当に ごまかして帰っていたものだ。新聞配達のバイトも 中、高と頑張ってやっていた。父も手当が高い夜勤専門の看護師を長くやっていた。
そんな時 定期的に出演していたライブを 見に来ていた事務所の人から目を付けられ、僕らのバンドは デビューへの道を 掴んだのだった。
父は 反対はしなかったが、心配していた。ずっと僕が 無理をしていたから、健康にだけは気をつけてと、常に言っていたよ。
妹は すごいすごいと はしゃいでいたかな…。

病室のドアが静かに 開いて すごく懐かしい顔が見えた。僕が この人生で 最初で最期に愛した人だった。彼女は 女優だった。デビューしたての頃、お互いファンだった僕らは 何度かの偶然を重ねて 恋人になった。フライデーに撮られたので 両事務所も きちんと発表したのだった。お互い忙しくなってきていた頃で、夜中公園で会ったり、手を繋いで散歩したりと、今思うと可愛いものだったね…。
あの美しく、懐かしい顔が 涙で 濡れていた。結局一年くらいで お互い忙し過ぎて 友達に戻ってしまい、あまり連絡も取らなくなってしまった。

でも 僕が ソロ曲で書いていた恋愛の歌は もちろんファンの人へもだが、君との思い出や、願望を歌ったものだったのかもしれない…
闇に魅入られてからは、恋愛する気持ちも、失せてしまっていたよ。恋愛って面倒だけど、人生には必要なものであると、今ならはっきりわかるよ。愛する人がいるって、身体や心の何処かが、ほっこりするよね、そしてそのほっこりが、ベールの様に覆ってくれて、自分自身を守ってくれる気がするんだ。僕には ベールが必要だった。それは、家族や、仲間との愛情とはまた違うものだった。

僕らのバンドは デビューするやいなや、すぐにブレイクした。日本だけでは無く、韓国、台湾、中国、アメリカでもライブする程だった。
バンド活動だけでなく それぞれ俳優、モデル、ミュージカル俳優とソロ活動も頑張っていた。でも僕は 音楽だけだった。他は興味が無かったからね…ああ 深夜のラジオ番組は 三年程やったんだった。これは 僕にとっては リスナーの皆さんを近くに感じたし、普通の人生を知る、大切な 楽しい時間となってきていた。でも あの闇が 徐々に近づいてきてからは ただでさえ不眠傾向だったのが、益々眠れなくなって、痩せてしまって、心配したマネジャーが 社長に話して、降りることとなった。身体のためとは言え、寂しさを感じたものだった。ラジオを 続けていたら 気持ちの部分は、大丈夫だったのだろうか?リスナーの皆さんとの、暖かい心の交流は、闇に引き込まれない為には、必要だったのかもしれない。
僕は 自分で歌を作ったり、小説を書くのが好きだった。他のアーティストにも 楽曲を提供したりもした。バンドは、ロックバンドだったけど僕が作る曲は、バラードだった…所謂癒し系という感じかな…。
全てが 順調だったと思う。あの闇さえ近づいて来なければ…。
四年程前だっただろうか、サヨの周りに黒いモヤモヤが見えて 喘息やら 腎臓病やらと 次々と病気がちになり、入退院を繰り返すようになったのは。
僕もその頃から 太陽の光が 苦手になっていったんだ。夢だった家を 建てた時も 部屋の窓を わざと光が入らないように 塞いだりした。父は かなり心配していたが、深夜に帰宅して眠るのが朝だからだと言うと、納得していたようだった。

メンバーは 一晩ずっと僕のそばに 居てくれた。
メンバーの事は 大好きだった。もう一つの家族だったのだから…でも僕はそんなみんなを こんなに悲しませることになってしまった。
ほんとうにごめん…。でも僕は、strong weedが、大好きだったよ。

サヨが何度目かの入院をした時に、忙しいスケジュールの合間に側に居た時のことだった。
眠っているサヨの指先から、例の、黒い煙の様なものが出ているのを見た。反射的に手が出た。するとそれは僕の指先を伝って、すぐに全身を包んでしまった。
今思うと、それは闇の世界の波動というものだったのだろうか?
それを境に、僕は…滅入っていった…大好きな歌も、作詞も、何をしても楽しいという感情が、皆無となってしまったのだ。生きるということ自体も…
でも周りの人には全く気付かれなかった。気付かれない様に 必死で 装っていたんだ。
僕は毎日忙しく、疲れてもいた。バンドの活動に、ソロ、ラジオ、制作活動と… そしてやる程に高まる周囲からの期待と評価と…そういうものにも辟易していたのだ。もちろん普通の人には味わえない経験や、喜びも山程あるはずなのに、その頃の僕はそっち半分を完全にシャットアウトしてしまっていた。
それに僕がこの闇を引き受けたら、サヨの病気は治るのではないかと、勝手にこじつけたりもした。現実は違っていたのだが…。
そしてそれからだった。たまにいきなり、頭や身体のいろんなとこが、痛くなるんだ。

今から少し前に、リーダーのトオルが 満員電車の中で、痴漢に間違われる事件があった。トオルは犯人に気付いて、捕まえようとして、逆に捕まってしまった。もちろん冤罪なのだが 人気バンドということで、はっきりとするまでは、しばらくは活動自粛となり、僕らは4人で活動することになったんだ。
僕らはリーダーの性格も周知の事だし、何の不安も無かった。寂しさ以外はね…でもバンドの次男坊としては、代わりに頑張んなきゃと、他のメンバーとも協力して、乗り越えたんだ。
シンはすごくしっかりした性格で、口煩い時もあったが、お母さんのような存在だったし、リョウはグループの太陽のような、何事にも屈しないそんな存在、ワタルは 末っ子でとにかく皆から可愛がられていたよ…もちろん僕もね
僕はその中で、多分一番苦労して いろんな経験をしていたからなのか、考える役割を担ったみたいだ。ライブの構成やら皆の良い所をいかにして出していくかなど、ほんとに良く考えていたよ。好きでもあったけど、完璧主義な性格は、自分で自分を苦しめることになったのかもしれない…こんな性格を、たまに自分でも持て余すような感じになっていた。自分が嫌になっていったんだ。
あの闇を背負ってからは特になのだが、弱い部分を見せられない性格は、普段の自分を分かってくれている人達には 余計に それが増強してしまう。相当疑い深いイヤミな人か、相当心の葛藤を乗り越えてきた人にしか、見抜けないのかもしれないと、つくづく感じる。僕の周りには、そんな偏ったタイプの人は、いなかった。
だから僕が、何をそんなに悩んでたのか?と何故気付かなかったのか?と 誰一発人考える必要はないんだ。気づいて欲しくないのを装いながら
ほんとは、気づいて欲しい…でも 気づかれたら今までの自分の立ち位置では、居れなくなってしまう… 考え出すと、出口の見えないトンネルを、一人でグルグル回っていて、すごく疲れてしまったし、頭だけじゃなくて、すごく身体のあちこちが、痛くなっていったんだ。
あの時誰かに、今こんな状態なんだ、つらいんだってことを、話せたら良かったのに…言うタイミングを 失ってしまい過ぎて、自分の中に押し込めておくしかなかったんだ。ただすごく涙脆くなっていて、それはメンバーも気付いていたが、涙脆いケン、というあだ名のように微笑ましく捉えていたようだった。
あの闇に出会ってからは、生きることよりも死ぬことの方が、より近く僕のそばにあった。
皆の前で装っていた自分より、死を考える自分の方が、ほんとの僕のようで…先に逝った母の事を考えてみたりしていたよ。そっちに行ったら会えるよね、きっと…などと…。

僕の葬式もドラマを見てるみたいに、終わってしまった。そして身体は荼毘に付され、初七日、四十九日とすぎ、母と一緒のお墓に眠ることになったのだ。
その間僕は、感情というものが…無いというか…
淡々としてると言った方がいいかな…
魂だから 動くことはできるから 自由に飛んで、皆のとこに行ったり、スタジオに行ってみたりしていた。
世界のあちこちで、僕のために祈ってくれるファンの姿も、見ていたよ。
そんな僕の魂が、感情が、やっと目覚める瞬間が来たんだ。
先輩や後輩が、予定していたライブ中に、僕への追悼の気持ちを、現してくれていたんだ。僕は、聞き慣れた声に吸い寄せられるように ライブ会場に来ていた。皆僕に向かって歌ってくれていた… ありがとう…。

そしてもう暫くすると、僕らのバンドも予定していたライブを、やることになったようだった。皆僕の事で精神的にも、身体的にも限界だっただろうに… それに、トオルも 冤罪が晴れて、やっと5人揃った久々の、ライブだったんだ。
そして僕も決めた…僕もライブで歌うよ、姿は見えなくても…と…だから 5人一緒で頑張ろうって…。

ライブでは、メンバーは歯をくいしばって悲しみに耐えながら…いや、耐えられなかった…メンバーもファンも、泣きながら演奏して歌っていたよ。その悲しみは、無感情から少しずつ覚醒してきていた僕の心に、突き刺さった。その時完全に、覚醒したんだ。完全に 僕、僕に戻っていたんだ。父とサヨの姿も、視界に入ってきた…
僕の周りには、あの闇はもう無かったし、全身の痛みも全く無かった。だから自由に飛び回って、歌って演奏していたよ。
そして…思ったんだ。やっとわかったんだよ。幸せだったと… 短い人生だったけど、僕は、こんなにいい仲間に出会えて、こんなにファンの皆に愛されて…大好きな 音楽と生きてこられて… 優しい父や 可愛い妹と暮らせて…
少し疲れた時に、あの闇の方に、吸い寄せられなければ、僕は身体も一緒に、ここに居ただろう…あの闇は、いったい何だったのだろうか?
と、その時、懐かしい声がしたんだ。
母だった。「ケン やっと目が醒めたのね」
「お母さん…」若い姿の母だった。
「ケンを守れなくてごめんね…あの闇には近づくことが どうしてもできなくて…」と サヨにそっくりな 母が 涙を流した。
「お母さん元気なの?」亡くなった人に、変な質問だったが、素直な気持ちだった。
母は 涙を拭って笑って 「元気よ〜見ての通り  私は あなたとサヨを この世に 送り出すのが お役目だったと言うか… 前世からの諸々もあるから 一言では言えないのだけど… だけどあなたが こちらに来てしまって… あなたの周りに 黒い煙みたいなのが 取り巻いてて どうしても 近付けなかったのよ。」と 言った。「あの黒いのは いったい何なの?」「あれは 多分ね 人間の悪い感情の寄せ集めに 悪霊と言っていいのかしら こちら側のやつらが 便乗して 一つの悪しき波動の塊になったものなのよ あなたのように 心が 純粋な 魂を狙って 少しずつ近付いて 魂を奪っていくの…純粋な方が入り込みやすいのね 疑ったりしない 何か起こっても 自分を責めて決して 他のせいにはしないで 闇の方へ順応してしまうし…あなたも サヨに それが付いてるのに気付いて自分の方に 引き寄せてしまったでしょう?」
僕は、「悪しき波動の塊…」と反芻した。
その時、リーダーのトオルの声が、聞こえた。
「今日は こんなぐちゃぐちゃなライブで みんなごめんよ〜でも 僕らは 星になったケンに 皆お前のことを こんなに 愛してるんだってことを 伝えたかったんだ…」
すると ファンの皆が 泣きながら ケーンと叫んだ。シンもリョウもワタルも 泣きながら ギターやドラムや キーボードを叩いていた。
「みんな〜聞こえてるよ〜僕は ここにいるよ〜みんな ありがとう ほんとに ありがとう」
と 精一杯叫んだら 会場の主電源が 落ちてしまった。一瞬悲鳴にも似た声が、上がったが、「ケン いるんだね ライブ盛り上げてくれよな」とドラムのリョウが、言った時にパァーッと明るくなって、また 涙やメンバーを呼ぶ声で、会場は元にもどっていたよ。
母は「ケン 私は行くわね あなたには やらないといけないことが あるはず…会いたくなったら 想ってね すぐに 会えるから」と言うと パッと消えてしまった。
今日のライブは、涙と歓声の中、一瞬の花火の様に終わってしまった。僕は、ライブの時はまた来るよ、ずっと一緒に歌うよ、約束するとメンバー1人1人に話しかけて 会場を離れた。

季節は、いつのまにか、冬から春に変わっていた。
魂だから、自由に飛べていろんなとこに行けるのは、かなり楽しかった。ほんとに 沢山の人が僕の死を、悼んでくれていたし、僕の作った曲を、もっと愛して聞いてくれていた。
そして、少しずつ見えてきたのだけど、僕を飲み込んだあの黒い闇は、至る所にあるってことが… 小さい子から老人まで、国や人種が違っても、周りを取り囲むように、漂って見える事があった。ただ人によって、闇が入り込む人と近づけない人とがいたよ。
何が違うのだろうか?その時の僕には、皆目わからなかった。

そして季節は、春から夏になっていた。
いろいろと考えながら自由に飛び回っているうちに、吸い寄せられるように、ある片田舎に住んでいる男子中学生の側に、立っていたんだ。
彼は アキラという名で、アキと呼ばれていた。
「もう…なんで…先生が部活見にこないから めちゃくちゃじゃん  僕に丸投げしやがって…
これじゃ 製作にも集中できないし…」と ぶつぶつぼやいていた。部屋の周りには キャンバスや絵の具や、筆が 散乱していたから 絵画部だとわかった。
顧問の先生が、忙しいとかで、部長である彼がまとめ役だったようなのだが…
部員の中には、真面目に描きたいグループとやる気ない輩もいて、まとめるのが、大変だったようだ。しかも最近は、やる気ない輩が、アキの足を引っ張るというか、嫌がらせも仕掛けてくるようになり、それに作品の締め切りも追い風となってアキを悩ませていた。
ある日部室に行くと、いやぁな空気が漂っていた。まるでアキが いないかのような、態度だった。完全無視だった。
「アイツが部長ってのが 元々 気にいらないんだよな〜ちょっと絵が上手くかけるからって」とリーダー格のヤツが言った。
真面目グループは アキに 申し訳無さそうに 俯いている。
「こんなメールを送ってくるしな」と言って皆に見せていた。メール?アキは送った覚えがないみたいだった。それを見た部員達は、ひどいな〜と言いながら、部室を出て行ってしまった。仲良くしていたカズまでが、怪訝な顔して出て行こうとした時に、アキは呼び止めた。
「メールって?」
カズは 「アキがこんなの送るとは思わないけど…最近のアキは なんだかイライラして 取りつく島もないし… もしかして 本当?って思ってしまった。お前らのような 絵の基本もわかってないやつらに 貴重な 製作時間を邪魔されたくないって…メール 」
?アキの頭に 浮かんだは、それだった。
「僕は そんなの 送ってないし…夏休みの部活の時間を 送っただけだよ…」
「そうなん?けど 最近前のアキとは違うことは事実だよ 僕も 今のアキは あまり好きじゃない」と言うと、カズは バタンと部室のドアを閉めて出ていってしまった。
なんでこうなるんだろう…アキは 僕はただ一生懸命やってきただけなのに…先生の言うことを聞いて、皆に伝えて、大好きな絵を、ゆっくり描きたいだけなのに…と思っていた。今度提出する予定の絵の題材は、花だった。それも今の自分を現す花、だった。
僕は、少しだけ彼の気持ちが、わかるような気がしたんだ。真面目で責任感が強いんだよね僕と似てるよ。
アキは、1人になった部室で、ボーっと佇んでいた。その時あの黒い闇が、彼の周りに一筆書きみたいに、一瞬にして現れたんだ。
僕はとっさに、歌を歌っていた。歌うというより、ハミングしたというのが、近いかな…
すると、闇はこれまた一瞬にして、消え去ったんだ。アキは ハッとして、あれ?僕は今何してたっけ?という顔をして、部室の片付けを始めていたよ。僕も驚いた。ハミングしたからあの闇は、無くなったのだろうか?

「最近 部活はどうかね?皆 作品は 順調に進んでるのかね?」
顧問の先生が、眼鏡の下からアキを覗きこんだ。
アキは、「はい…」というのが、精一杯だった。
「君に任せてるんだら しっかりやってくれよ」と、投げやりに言った。
部室に行くと、人影はなく、静かだった。
携帯を開いて、送ったと言われてるメールの元の文を見ながら、皆、僕があんな風に酷いことを思ってるやつって思ってたんだな…とアキは、しみじみと考えていた。確かに最近は、イライラしていたし…。
ひとりぼっちかぁ…あーなんかもうやだなあ…消えてしまいたい。
その時また、あの闇が、ささーっとアキを取り巻いたのだ。
僕は今度はハミングではなくて、歌ってみた。すると、やっぱり闇は、消えたんだ。
そして、アキの携帯を少し触った。
またボーっとしていたアキは、ハッとして携帯をみた。そこには skeleton flowerの文字があった。雨に濡れて透明になる花の事だった。僕が沢山作った歌の中でも、大好きな歌の一つの曲名だった。
アキは、僕の歌を思い出したみたいだった。大好きだったstrongweedの、ケンさんのソロ曲にその花の歌があったなあって。
ケンさんは去年の暮れに、突然逝ってしまったんだった。早いもので、もう半年以上たった。ほんとにショックだった。一度ライブに行きたかった…。
ケンさんは、歌が好きで詩を書いたり、作曲するのが大好きだと、ラジオで言っていた。僕も同じだ。絵を描くのが、大好きなんだ…アキは、目が覚めたような表情になり、skeleton flower…そうだな…今の僕は、悔しいやら、悲しいやらで、自分が見えない、消えてしまいそうな存在だ…これを描きたい!と、心から思ったのだった。
それからのアキの行動は、目を見張るものだった。その辺に咲いている花ではないから、ネットで見つけた写真の中で、自分の感性に合うものを見つけて、素早くデッサンし始めた。
僕は、絵はあまり得意ではなかったから、こんな風にして描くのだなあと、感心しながら見ていたよ。そして知らず知らず、その歌を口ずさんでいたんだ。
アキは、何か感じたのか、周りをキョロキョロしたけど、ふふって笑って、手を動かし続けていた。ほんとに 描くのが、大好きなんだね…。
僕は、初めて曲を作った時のことを、思い出していた。大変だったけど、嬉しかったし、楽しかったなあ…。

夏休みに入ると、アキは、誰も来ない部室でひたすらに制作に打ち込んでいた。
前日の夜には、部員全員に自分の態度の謝罪とでも、あんなメールは断じて送ってはいないという内容のメールを送信していた。話を聞いて心配した両親が、携帯会社に偽装メールをあばくやり方を聞いてくれて、アキの無実を証明してくれたのだった。
足音に気付いて振り向くと、カズがいた。
「アキ1人で大変だったよね…顧問当てにならないし…態度を謝ってくれたから…僕も酷い事言ってしまってごめん」カズは 頭を下げていた。
アキは 頷いて 「何描くか決めた?時間ないから頑張らないと!」と言ったら、カズが、大袈裟に右手でグーをして笑っていた。アキも、僕も笑っていた。
そのあとも、真面目グループの面々は、1人また1人とやってきて、いつのまにか全員キャンパスに、向かっていたんだ。こ
結局あの嘘メールを偽造した輩は、周りから嘘つきのレッテルを貼られ、かといって謝罪する事もなく、辞めて行った。アキは、謝罪など全く気にもならなかった。自分のやった事で、自分が嫌になるだろうな、それが一番の罪滅ぼしじゃないのかなって思っていたから。
そうだよ…君の言う通りだよ。僕は、自分を許せなくなって嫌になる事程、辛い事はないという事を知っているから。
嘘メールを偽造した輩の仲間の中にも、描きたくて戻ってきた部員が 、数人いた。彼らはアキに、きちんと謝っていたよ。
絵が完成した頃に、また来るよと、アキに挨拶して、その場を離れた。

それからも僕は、世界のいろんなとこを、旅した。怖い思いも沢山したんだ。殺人現場や、大事故や、自然災害や…。救えた命も少なからずあった。そして戦地にも行った。戦地は、あの闇の波動が渦巻いていた。小さな子供達が、苦しみ、命が消えそうになっていても、その強力な闇には近くことができずに、はがゆい思いをしていた。
せめてもと、歌ってみると、何人かの魂が、安らかに、登っていくのが見えた。僕はいつかきっとあの闇を、すべて晴らしてみせると、心に誓っていた。たとえ、どれほどの時間が、かかったとしても…。

しかしこの年の夏の暑さと言ったら…。夏が嫌いな僕としては、そっちの世界では、きっとバテていただろうなと、しみじみ思った。
この暑さの中、サヨはどうしてるか思った瞬間、サヨの側に立っていた。
相変わらず、時々体調が悪い時があるようだった。その時は、机に向かって、何かを熱心に見ている様だった。
良く見ると、大学の資料だった。
ああそうだ…サヨも受験生だったんだ。時々入院しながらも、何とか頑張って学校には、行けていたようだった。
「お兄ちゃん…私がいっぱい心配かけて、ほんとにごめんね…お兄ちゃんがそんなに辛かったなんて全く気がつかなかった…」そして涙が溢れていた。
その時、あの暗い闇がまた現れたんだ。僕が歌を歌おうとしたその時、サヨが「だからね、お兄ちゃん、私、お兄ちゃんみたいに辛い気持ちの人に寄り添う仕事をしようと思ってる。天国から見ててよ」と言ったんだ。するとその闇がスッと消えてしまった。サヨは自分で闇を消してしまった。サヨの闇を背負うつもりで手を出したけど、そういう事ではなかったんだんだ…。
自分の中の強い気持ち、というのだろうか…。フッと湧くような、エネルギーというのか…。あの時の僕には、無かったものの力のように、思えた。小さいと思っていた妹が、こんなに大人になっていて、僕は、感動しておいおい泣いてしまっていた。
こっちから、お母さんと一緒に見ているからねお父さんを頼むね、と頭をぽんぽんしたよ。サヨはふと後ろを振り向いて、「お兄ちゃん?」と言った。「お兄ちゃん 私 病気に負けないで頑張るからね。幽霊でもいいから いつでも会いに来てね」と言った。僕はいつのまにか、涙は吹き飛んで笑っていたよ。父は母と僕の遺影の前にいた。僕のCDをかけて、話しかけていた。
「ケン 父さんは ケンがいつか母さんのとこに逝ってしまうような気がしていたよ。何でだろうな…いつもケンには 無理をさせていたような気がしていた。ごめんな ほんとに…。母さんには会えたかな?父さんもほんとは もうそっちに行きたいと何度も思ってたけど サヨが 頑張って生きようとしてるのを見て 自分も頑張らないとって思ったよ…。」そこで涙声になっていた。
僕も気付いたら、泣いていた。そして次に父に目をやった時、母が父を抱きしめていた。母も泣いていたけど、父は、母に抱きしめられると元気が出たみたいだった。
「ケンが残してくれた歌を いつも聞いて 話しかけて なんとか 毎日を流れていくよ…今の自分には それが精一杯さ…でもサヨも頑張ってるからね…そっちには しばらく行かないから 母さんと仲良くな」と涙目で微笑んでいたんだ。

次に 気付いた時は、すごくスリムで魅力的な女子大生のそばに いたんだ。彼女はすごく悲しい表情だった。泣きはらした顔をしていた。「あーまたやってしまった…私ってなんでこうなんだろ…」「好きという気持ちはあるのに 優しくなれない…すぐに疑ってしまっていやなことばかり 言ってしまうし…」
彼女は マイという名前で、彼はツヨシという名前だった。2人はすごく仲良く過ごしていたようだったが、何でも知っていて欲しいツヨシとそうではないマイは、ツヨシが女友達の話をする度に、何故黙っててくれないのかと、苛立ちけんかするようになっていた。
僕からすると、少しマイの味方をしたくなる気がしたけど、ツヨシは 何の後ろめたさもないから、話さなくて良いことまで、言ってしまってるようだった。きっともっと年上の 落ち着いた大人な女子なら、笑って受け流せるのだろう。
結局 今日マイは、何度目かの別れ話を切り出したものの、いつもならすぐに仲直りしていたのが、向こうがあっさり納得した事で、我に返ったがもう戻ることは、できなかった。 
恋愛は、好き、だけではだめなのかなあ?そう だよね、好き、だけではね…僕は忙しすぎて
だめになった遠い昔の恋愛を思っていた。だけど逆に好きって気持ちさえあったら、なんとか乗り越えることができるような…。違うかな…。
マイは思っていたより彼の存在が、自分の中で大きかったようで、なかなか立ち直れないでいた。でも自分で決めて 言ったことだし…でも何で言ってしまったのだろう…考え出すとぐるぐる頭を巡って 授業やバイトどころではなくなり食べたり寝たりという基本的なことさえ、できなくなりつつあった。元々スリムなのに、友達が心配するくらい細くなっていった。
僕は密かに心配していたけど、やはりあの闇が彼女の周りに漂い始めていた。何度かは 僕が歌うとさっと消えていったけど、またしばらくすると 出てくるのだった。
ある日 誰かとの電話で、彼女の気持ちが少し軽くなったみたいだった。一番の仲良しのようだった。
彼女は 起こった事を全部話した。友達はいつもの様に、彼女の話に何時間でも付き合ってくれた。マイもやっと最後の涙を振り払って、少し元気が出た様だった。こんな風に、友達でも親や兄妹でも、どこかに吐き出せる事が、ほんとに大事な事なのだ、自分に溜めていてはいけない、話せて良かったと、心から僕は思った。誰もいなかったら、知らない人の悩み相談の電話や、SNS上でもいいから、ぶちまけてしまおう。自分から一旦切り離して、外から見てほしい。きっと気持ちが少し、楽になるよ…。
そしてマイはご飯を炊いて食べて、久しぶりに外に出てみた。近くの美術館で県内の中高校生の、絵の展覧会があっていた。
ぼっ〜と中を見て回ると、ある絵の前で足が止まっていた。skeleton flowerという文字が 目に入った。高校生の男の子の描いた、雨に濡れて透明になった美しい花の絵だった。なんてキレイな花… そして いつだったか、ラインで話していた彼女の母親が、「この年になって恥ずかしいけどね、はまったバンドのメンバーの ソロ曲がすごくいいから聞いてみて 」と言ってた事を 思い出した。携帯で ググってすぐに聞いてみた。
絵を見ながら聞くと、ほんとにきれいで、心が洗われるようだった。マイは、雨に濡れると透明になっちゃうけど、太陽が出てくるとまた元の白い可憐な花に戻るんだ…私も今は透明だけど、また元に戻らなくちゃ…とやっと笑顔になっていた。 
当然あの闇も消えるしかなかったみたいだ。
僕は、君ならまた良い恋ができるはず、自分の弱いとこや、心の痛みを知ったからね…頑張って。そう言って彼女のそばを離れた。

そう言えば、あの絵はどこかで見たと思っていたら、アキの絵だった。県代表に選ばれたんだ、頑張ったね、アキ…。僕は嬉しかった。

時々メンバーの所へも、僕は、行ってたんだけど
今日行った時、何か真剣に話してるところだった。
リーダーのトオルが、「…って事で いいかな?
社長にまずは 話すけど…」と言うと、シンが「2年したら また 絶対に strong weedに皆戻ってくるんだよね」と言った。リョウも「2年間は 皆それぞれの時間を過ごして 充電するって事で」ワタルは 「ケンくんのためにも 必ず戻ってくるって」と 続けて言った。年下って事で僕らの事を くんやらさんやらつけて呼ぶワタルが、懐かしく、微笑ましかった。
トオルが、アメリカへ、ギターと歌の勉強に行きたいとメンバーに、申し出ていた。ボーカルの僕が抜けたことで、多少なりバランスを取りずらい部分が、出ているのだろう。トオルは、「ケンの分も strongweedを 頑張りたいからもっと勉強して もう一回り大きくなって帰ってくるよ」と晴れやかな笑顔だった。
事務所の社長や、諸関係機関諸々の承諾を得て冬に、ドームライブをした後に、2年間の充電期間に入る事になったようだった。

そしてドーム公演最終日…小雪が舞う寒い日だった。
僕ももちろん、メンバーと一緒に スタンバッていたんだ。シンが、「ドームの下の展示場に人集りが できてるんだって。ケンに関係してるらしい… ライブ前に行ってみようよ」と言った。
会場に 観客のみんなが、入場し始めてしばらくして、僕らは(メンバーの皆は)マスクをして わからないように展示場に、行ったんだ。何か絵画を 展示している様だ。
まだ 何人かの人が集まっていたから、すぐにわかった。この絵…トオルが言った。「タイトルがskeleton flowerだ。これって ケンの曲にあるよね…」「うん ケンが 好きな曲だよ」リョウが言う。シンの目は、涙でキラキラ光っている。ワタルが、「ケンくん 一緒に いるんだね 最終日だから 来てくれたんだよね」と声をつまらせて言った。
もしかしてって、作者の名前を見たら、やはりアキだった。アキの絵は、ずっと選ばれて、全国大会の最優秀作品の中にあった。僕の好きな可憐な花は、僕らのバンドを暖かく励ますように、そこにあった。
「ケンも来てくれた事だし 今日も 頑張っていくぞー!」リーダーの声に、メンバーは頷いた。もちろん僕も…。
会場に入る途中、あの娘が優しそうな彼と仲良く会場に向かってるのが、見えた。
僕も嬉しくて、ついニヤケてしまった。

いつもの様に、ライブは始まった。
strong weedの未来のために…
僕の魂の、もう少しだけ続く旅のために…
その旅が終わったら、僕はまた、大好きな歌を奏でるために、皆のところに行くのだから…    

おわり 


#キム・ジョンヒョン #山荷葉   #skeleton flower

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