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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第72回 第59章 テレビ画面のセシリア

 声の主は、他ならぬセシリアだった。ビックラこいた。テレビに出ているではないか! 趣味のいい衣裳を身につけている。代官山から自宅まで採寸に来てくれるデザイナーの作品かも知れなかった。ダメだよ、そのキレイな顔を何千万人に曝しちゃ。オレ以外の男はみんなオオカミなんだから。
 横には最近映画の新人賞を獲ったばかりの慎ましやかな若手俳優と、雑誌の記事で、「本っすかあ? 生まれてから全部で2冊しか読んだことないっすよ」と答えていたタレントが並んで座っていた。セシリアはインタビュアーを務めていて、終始聡明そうな司会振りである。「横浜、波間に、映画のセリフ」というタイトルの番組はテレビをつけてから8分ほどで終わった。ボクはその間に間違えて、眉毛から髪の毛まですっかり剃り落としてしまっていた。歩く風船か、ゆで卵だな、こりゃ。
 ふんっ、当て付けか? 好きなよーにしろよ。猛烈に腹が立った。スズメバチのように攻撃本能が働き、体中の筋肉がバキバキッと盛り上がった。こんな奴ら、ぶんぶん殴り倒して首から上を胴体から外してやる。
 ところが、番組の最後に制作会社の名前が、David S. Jefferson & Associates (Yokohama) LLCと出た。セシリアの父親の会社ではないか! ちょっと安心した。何だ、自分の父親のやっている会社のテレビ番組に出ているだけじゃないか。でも、どんな危険な視聴者がセシリアの美貌に惹かれて行かないとも言えなかった。少なくとも関東の4,300万人が見ようとすれば見られる番組なのだから。
 その後、気になって時々テレビの出演予定を調べてみたが、セシリアは検索に引っかからなかった。ステルス打掛を頭からすっぽり被って隠れていたのかも知れない。
 されど
  こちらの
   わらわには
    そなたが
     ばっちり
    見えるぞえ
   お目々ぱっちり
  お歯黒くっきり
 ボクに見せるためにあの1回だけ出演したのだろうか。あのコが相手の神経戦ってホント疲れるなあ。神経戦は、法や論理ではなく、本能と粘りで闘う側が勝利するのである。セシリアは、孫子の兵法はどのくらい研究していたのだろうか。

第60章 遠ざかる潮風 https://note.com/kayatan555/n/n53de8a8a2c34 に続く。(全175章まであります)。

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