見出し画像

『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第101回 第80章 石狩湾北沿岸に自前の艇庫を確保せよ (後半)

 確かに、札幌からの距離と所要時間の長さが難点ではあるが、世の中は我々の利益のために存在しているのではない。この程度の我慢はやむを得なかった。それに、仲間は各地に散らばっているので、必ずしも全員にとって不便な立地というわけでもなかった。札幌中心主義は鈍感で有害な独善主義に陥りやすい。
 共同入札申出書は入札開始2開庁日前までに市に提出することを要す、と定められている。暢気に構えていて土日を挟むと、間に合わなくなる危険があるということだ。次は市が決めた最低落札価格の10%に相当する保証金を納付しなければならない。5%のこともあるようだが、どちらが原則なのはよく分からない。いよいよ本格化してきたぜ。金だ、金だ、金だ。やる以上は必勝を目指さなければならなかった。今回を逃せば、次に似たようなチャンスが現れることはまずないだろう。仮に我々が75歳(高齢化社会、その歳ぐらいまでは現役で医者をしていたいものだ。日野原重明先生はそのさらに30歳も上まで活躍された)を過ぎてから、艇庫を立てられそうな海岸の地所がぽろっと手に入っても手遅れなのだ。その歳で自分たちがヨットをしている姿はとても想像できない。老体軍団で無理して出港しても、帰港時に人数が少し減ってしまっている危険が大であるし、しかも、誰もその事実に気付かずにスイーツでも買って帰宅してしまうかも知れない。脳にも大きな変化が生じて幼児返りをして、波打ち際で餌を使って磯ガニを捕まえては母親に見せようとしていそうである。
「カニさんいたよ。じゃんけんしたらボク勝ったよ。まだたくさんいるよ」
(いすぎるとナンチャンが気持ち悪がります。間違っても北斎の『蟹尽し図』なんて見せちゃいけません)。
 難しかったのが入札価格の決定であった。どう算定すればいいのか、皆目見当がつかなかった。同じ単位面積でも、銀座と原野では比べるのがばからしくなるほど価格に差がある。ハマナス市北部の相当不便な場所にあるとは言え、廃校になった小学校校舎と敷地、付属施設の評価額なんて分かるわけないじゃん。どこに潜んでいるか分からない競争相手より1円でも低かったら負けるのである。役所が提示していた予定価格(最低落札価格)は1,500万円だった。格安である。随分弱気というか、たぶん、その分入札者を増やそうという意図だったのだろう。私が担当の課長さんでもそうしただろう。この額ぴったりの入札をする人間がいたのかどうかは不明である。それに、仮に入札申し込みがゼロだったらどうするのだろうか。担当者は藩をお取りつぶしになる? そんなはずはないな。
 下手に正式な鑑定を依頼するとその分高くなってしまって現実的でないため、試みに内輪の私的「入札」を実施してみた。仲間たちがそれぞれ「こんなもんでしょ」という金額を書いてみるのである。こういう場合に、個々人の強気、弱気の傾向がはっきりと現れる。何とはなしに、最低価格の10%である150万円を1単位として、2単位増しなら300万円を足した1,800万円、3単位プラスなら1,950万円、と予想した。これらを基準として、数万円加減した額も想定の範囲内であった。
 すると、1,648万円という中途半端な額を書いた奴が3人もいた。受験勉強の悪影響である。ウェストファリア条約締結の1648年と同じ数字であったからだ。これは、予定価格の1割増し弱である。悲しいことに、これが我々が共同で出せる額の上限だったのだ。こんなところかねえ。誰も反対しなかったので、この額に決定した。人気の物件なら億の単位の札が寄せられただろうが、あの辺鄙な海岸の廃校とその敷地は札幌から随分離れた不便な場所にあるので、高い札が投じられるとは思えなかった。ここから毎日心の安らがない日々が続いた。来る、来ない、来る、来ない、来る、来る、パー。

第81章 落札できたか(前半) https://note.com/kayatan555/n/nb7bdbd659b83 に続く。(全175章まであります)。

This is copyrighted material. Copyright (C) 2018-2024 by 茅部鍛沈 Kayabe Tanchin « Kayatán », 新 壽春 Atarashi Toshiharu. Sapporo, Hokkaido, Japan. 石狩湾硯海岸へ接近中は、新 壽春の登録商標です。All rights reserved. Tous droits réservés.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?