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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第189回 第155章 父から私へ、私から子どもたちへ

 やがて生まれてくるであろうセシリアとあっし自身の子どもたちもヨットマンの2世グループに加わるのだ。
「いやーん、ばかーん」
 頭突き
   akimbo
    股火鉢
 これぞ、歓喜のポーズ第4番なるぞ。
 そして、誰かの誕生日にはみんなでいっせいにシェーをしながら海に飛び込むざんす。やばっ、誰も残らないで全員が船を離れてしまった! まるでダヌンツィオみたいに無鉄砲なオレたちよ。金塊とダイヤモンドを入れてある金庫の65桁の暗証番号もすぐには思い出せない。本当に忘れてしまわないうちに、書き出して封筒に入れて、うちの木魚28号の中にしまっておこう。ガオー。あそこなら、うちの爺さんがそのうちに読経中に叩き割って中から見つかることになるだろうから。
 無人になった艇は、緩い首輪から首が抜けて自然本来の姿に戻り、満面の笑みになって気楽に走り去って行くワンコのように、どんどん北極海に向けて(大袈裟な)流されていく。風よ、波よ、時間よ、(加齢よ。「今夜はカレーよ」)、止まれ。
 かつて毎年大漁だったニシンは、近年資源量が激減していた。しかし、網の目を粗くして小魚が逃げられるようにして、稚魚放流もした結果、回復傾向にある。そのせいだろうか、複数の艇を並行して走らせていて、付近の海面近くに銀鱗の小魚の群れが目に入ることが増えている。水で戻した煮干しが泳いでいるのではない。それならミイラも生き返る。ニシンだけでなく他の魚だっていろいろいるようだ。金属光沢のプラモデルの戦闘機が編隊を組んで波のすぐ下を飛行しているようにも見える。何か原因があると、散開して空中戦のような動きを見せる。
 サケは親の顔を知らない。自分の子どもたちのことも知りようがない。果てしなく広く深く敵だらけの大海原を、世界も宇宙もほとんど何ら認識することもないままひとりで必死に泳いで行くだけだ。海に安全な場所は1立方センチメートルもない。
 父さん、ボクが小学2年生のころ言ったよね。
「今日みたいに眠っていて怖い夢を見たら、父さん助けてって言いなさい。父さんきっと浄を助けに夢の中に行ってあげるから」
「えっ、ほんと。ぼくをたすけにゆめのなかにきてくれるの、そんなことできるの、とうさん」
「大丈夫だ。父さん約束するぞ」
 昔、黒澤外国語大学在学中に附属図書館で見つけた詩集に出ていた中原中也の「真ツ白い嘆かひのうちに」で始まる『夏と私』を思い出した。中也は東京外国語学校専修科仏語部を出ている。中也は西、私は北から上京していたのだ。中也も父は医師であった。また、ともに札幌農学校の2期生となった新渡戸稲造、内村鑑三だけでなく、植物学者として北大植物園初代園長も務めた宮部金吾も札幌に来る前に、さらに、桜田門外の変の半年後に現在の神戸市御影で誕生した柔道の父・嘉納治五郎も、開成学校に進学する前に、同じ東京外国語学校で英語を学んでいた。
 父さん、オレの声が聞こえるかい。今日も青空だよね。この空のどこにいるの? あの日から毎日ずっと空を見上げて見回してきたんだけど、一度も父さんの姿が見えないんだ。オレや母さんや爺ちゃんや兄ちゃんのことは、父さんには見えているの? (それとも、セシリアだけを遠めがねで見ているのかな。それは罰符どすどす)。オレ、もう少しで父さんの年を越えるんだよ、不思議だね。あの時、命がけでオレを賊から守ろうとしてくれてありがとう。もう帆を見ても怖くも悲しくも寂しくもなくなったよ。
 でも、一度でいいから父さんの字でオレの名前書いておいて欲しかったよ。「ン」を付け足す前の方を。そうだ、良い考えがあるんだよ、父さん。もしセシリアとオレの間に男の子が生まれたら、その父さん、母さんの孫に、縁起のいい末広がりの「八」、父さんの生まれ育った知恩院通からすぐの所にある八坂神社の「八」をオレの名前に足して、「浄の助八ン」にしようと思うんだけど、どうだろう。「タモソ」が遠目には「タモリ」と見分けにくいように、これだってきっと、お上品な京言葉のようにJonosukehan(じょうのすけはん)って読めるよね。どないどすやろ、お父はん?
「好きにし」
「アホくさ。それより、今年は租庸調、もとい、夕張メロン半ダースいつごろ送ってくれはるんどすえ? うちの洛南牛酪学園初等部の孫娘たちが、張り替える前の唐紙に筆であみだくじ描いて待ってるんどすえ」
(旧北朝・某親戚)。

第156章 京の親戚たちどすえ https://note.com/kayatan555/n/nb283da6dd42b に続く。(全175章まであります)。

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