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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第104回 第82章 埋蔵金自動増殖発見 (前半)

 金、金と思いを巡らせているうちに、不意に古い記憶が蘇り、私は医学部合格祝いに東京の親戚から名義書換で譲渡されていた株があったことを思い出した。
 実は、この親戚からは私が子どものころ素晴らしい帆船の模型をプレゼントされたことがあった。親切でしかも経済的に成功している親戚ほど心温まるものはない。だが、その帆船には一瞬も思い出したくもない忌まわしい事件が結びついてしまったため、この親戚には本当に悪いが、それとの関連で何とはなしに株のことも意識しないようにしていた。そうしているうちに、医学部の6年もの勉学を中心とする格闘の日々に、自分が株主である事実自体を本当に忘れてしまっていたのだ。
 こうして何年も株のことなど念頭になかったので、おおよその価格さえ知らなかった。ところが、金策が必要になって意識に再浮上してきた株についてネット上でその日の相場を調べてみたところ、驚くべきことに、株価はざっと2.5倍に上昇していて、しかも株式分割により私の持ち株数は40倍に増えていたのであった。
 貰った時の価格はさほど高くなかったようなおぼろげな記憶があったが、優良株だったようである。放置していた間に私のこの金融資産は100倍となっていたのである。一財産である。もちろん、これだけでこれからの人生の費用全部を賄えるほどではないのだが、それでも、相当有り難い額ではあった。まさか、自分にそのような含み資産が帰属しているとは想像してもいなかった。
 我が家には「株、政治、生牡蠣には手を出すな」という家訓ないし家憲(Familienverfassung=ファミーリエンフェアファッスング)がある。昔先祖に何かあったのだろうか。株か政治か生牡蠣か。組み合わせにより7通りの可能性がある。いずれの場合も、家訓に遺すぐらいだから、その当事者(たち)は相当深刻な打撃を受けたのだろう。だが、私が株に手を出したのではない。私の手に株を乗せてくれる利他的な親戚がいたのだ。従って、家訓違反にはならない。株はすでに保有しているのだから私の裁量で自由にできる。また、アップルパイなどと並んで私の大好物である牡蛎フライも生ではないのでセーフである。あのクリーミーな食感。ああ、いますぐ食べたい。誰かちょっと持ってきてちょ。醤油をかけるか、レモンにしておくか。ああ、まだ心は動き続けている。邪念の方が理性より生命力が強いのだ。
 落ち着かなければならなかった。私はこのにわかに発覚した僥倖に当惑しながらも、深呼吸をしてお湯を沸かし、熱い紅茶を飲んでから、簡易寝台に横になって目を閉じた。
「旦那はん、ご臨終、どすか?」
「いいえ、まだ、どす」
「ほな、もしも必要になったら、このドスお使いやす」
(誰と話しとんねん、ジブン?)
 眠り込んでしまわないように気をつけながら、心を鎮めて深く考え続けた。35分ほどその姿勢だったが、起き上がってケント紙を広げ、黒の太めのボールペンでその間に頭に浮かんだ具体案をいくつか書き付けていった。さらに、冷却・熟慮期間として丸2夜おいて検討した。その結果、これらの株は半分を処分して利益を確定し、その売却益の一部を入札用の資金に充て、残りの大部分でインゴットとダイヤモンドを購入しておくことにした。恐慌時には実物資産こそが強い。120歳まで生きられるかも知れない時代である。邱永漢の書いている通り、年を取ると子よりも金(かね)の方が頼りになる。残りの株式はそのまま保有することにした。引き続き上がってねーん。またリーマンのようにならないでねーん。

第82章 埋蔵金自動増殖発見(後半) https://note.com/kayatan555/n/n64c1d73cd916 に続く。(全175章まであります)。

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