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日記(20191215)

犬合宿をしていたので、犬がうちに滞在してくれていた。前もちょっと書いたけど、長時間、ある程度の大きさの動物と一緒にいると、自分の安定性をもっと高めたくなる。

人間同士では日頃、言葉や表情で色々なことを伝えあっていて、特に僕は身体的な表現をあまりやらないほうなので、細かい言語表現に依存している。だけど例えばそのへんにいるカラスとか、すごく敏感に、こちらがカラスを意識して動いてるかどうか、害を与える可能性がどれぐらいか、歩調や動きの特性を読み取って行動している。

犬とか猫とか他の家畜とかもそういうところが多くて、こっちの持っている心配や怖れ、戸惑いが伝播したりする。言語無しの状況においては、所作というのは、かなり情報量のあるコミュニケーションだということが分かる。

たとえば、音声なしで、誰かがプレイしている「スーパーマリオブラザーズ」を見る。やってる人の様子は見ずに、その画面録画だけを見る。プレイヤーがどれぐらいゲームに慣れた人か、どこでストレスや難しさを感じているか、どこで迷ったか、驚いたか、楽勝だったか、楽しそうか、ある程度ゲーマーなら細かい挙動で分かってしまうだろう。

最近、こういうのを見たときも、「あるかも」と思った。

将棋で何手か先を読むためには、1手ごとにパターンが順列組み合わせで増えていくので、ぶわっとした計算になる。すこし計算能力が落ちただけでは、「読める手数」には差が出ないようにも思える。

たとえば、読むのに必要なパワーが
・3手先を読む:5
・5手先を読む:120
・7手先を読む:24000
だとしたとき、普段の読みパワー6000が4000に落ちていても(つまり体調が普通でも悪くても)、その人は毎ターン(7手読みをできず)5手読みをやって指すことになる。

TD(ところがどっこい)、将棋における5手読みと7手読みはデジタルな階段ではない。3手読みと5手読みに5と120パワー消費したあと、残存パワーは5875(6000-5-120)、体調悪いと3875(4000-5-120)になる。それを「不完全な7手読み」に全流しする。結果は如実(アナログ)に変わってくる。それぞれの7手読み達成率は24.48%、16.65%だ。

昔、24000円するフランス料理かなんかのコースがあった。ある親は貧乏で、3875円しか持っていない。だがレストランにお願いして、自分の子供に「レストランでカトラリーを使って食べること」を一度体験させてあげたいと思っていた。いつかもし、この子に何かのチャンスが巡ってきて、そういう場所で何かと交流するとき、作法なんかで恐縮してしまうことがあってはいけないと思ったからだ。レストランは受け入れてくれたが、値段分の料理しか出せないという。パンはバタ付きで700円、水は500円、サラダやスープは900円…。親はこう思った。「くそ〜、この3875円が、5875円だったら、どんなに良かっただろう!」。残酷なことに、何かに足りない時ほど、それをどれだけ持ってるかということの意味が大きくなってしまうのだ。

しかし悔し涙はレストランの支配人の永久凍心を16.65%だけ溶かし、皿洗いを条件にフルコースをごちそうしてくれました。めでたしfin

話を戻します。

動物も人間を見ているときに、小さな迷いや打たれ弱さみたいなものを感知すると「こいつに命は預けられない」「こいつと居ると、こいつの失敗のせいで巻き添え食らうかもしれないから怖い」みたいな発想が出てくるのかもしれない。そういう動きをしてるような気がする。だから(難しいしできないけど)できるだけ低反発マットみたいでいようと心がけている。不意の衝撃や何かの介入が起こっても、うにゅっと体全体で吸収し、受け流す。柔道のような土偶ゴーレムのような、しっかりした軸で動く。

それと、歌(音声の調子)とか踊り(筋肉の動き)には、かなりたくさんの情報を載せられるので、スタンダードな歌や踊りを学ぶと、たとえば未熟な言葉でもすこし余計に伝わりやすくなったりしそうだ(ポジティブな意味の文脈は音程が高く、肋骨が前に出る、とか)。

とにかく生きてると、今まで全くおろそかにしてきた部分にも時々目が向くようになってきた。自分は色んなものを獲得してきたが、同時に、何もかも見逃したきたと思う。

(おわり)

先日おしらせしていた「ベルリンうわの空」トークのイベントは、おかげさまで、追加分もふくめて満席となりました。ありがとうございました。

漫画「ベルリンうわの空 ウンターグルンド」は水曜日にあたらしく更新されました

(おしらせおわり)