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LinKAge~凛国後日譚 其の壱

城下は賑わいを少しづつ取り戻していた。

街の目抜き通りとも言えるこの大道には、川をまたいだ大きな橋がかかっており、この上には多数の物売りたちが大きな声を上げて商売をしている。菓子を売るもの、生活用品を売るもの、果ては大道芸を見せるものまで多様である。

先日城下で起こった民衆の一斉抗議は暴動寸前の所となり、軍と民との衝突になりかかったが、元宰相であった凌羽の鶴の一声で収まるところとなった。

城内では宰相の地位にあった慈仙法師の反乱があり、これを凌羽が収めたとの報せがあった。慈仙一派はその場で処刑され、凌羽は暫定ながら宰相に返り咲いた。慈仙が宰相であった数カ月間で国の治安は乱れに乱れたが、凌羽の尽力あって少しづつではあるが凛の国は平穏を取り戻そうとしている。そんな時期だった。季節はあっという間に巡り、冬を迎えようとしている。

橋の袂では新しい建物が普請されていた。さほど大きいとも言えない二階家はまもなく完成を迎えようとしており、大工が仕上げとばかりに意気揚々と椅子や机を運び込んでいる。

「いよいよまもなくですねえ」

少女がその光景を見ながら満足そうに声を上げる。身なりこそ普通だが、どこかしら高貴なものを感じさせるその雰囲気はその美貌と相まって一種独特のものを醸し出していた。

「ああ、しかしいいのかよ、おふくろさんの形見だったんだろ?」

隣りにいるいなせな男が声をかける。羽織を肩にかけ、腰帯を額にくるりと巻いた姿はなかなかの歌舞伎っぷりだが、それが堂に入っているから違和感もなにもない。

「いいんですよ、使わないともったいないだけですし、それに元々あれは風次さんにさしあげたものですよ?」
「はは、俺は…何にもできなかったからな、鉄にも借りを作っただけだ。だからそれはあんたのもんだよ、千鶴ちゃん」

風次と言われた男は少しだけ遠くを悲しげに見やる。

「そうですね…そういえば、雪ちゃんはおげんきですか?」
「ああ、なんとかって感じかな、たまに様子を見に行ってる、今度一緒に行くか?」
「うーん…そうですね、今はまだ。お互いやるべきこともあるでしょうし、その時が来たらほっといても会うことになるんじゃないかなって、思ってます。縁ってそういうものだと思うし」
「そうか、あんたらしいや、で、開店はいつだい?」
「全部の普請が終わるのがあと4~5日、そうしたらこっちに移ってきてそこから準備して…そうですねえ、あと2~30日くらいは必要でしょうかね」
「楽しみだな、こないだ試食で食わせてもらったけど、あの饅頭も猪鍋も絶品だったからな」
「はい!鈴音さんのお料理はすっごく美味しいんですよ!」
「うちの若え集連れてくるからよ」
「宣伝よろしくおねがいします!まずは知っていただかないとどうにもなりませんから!」
「商売上手だな千鶴ちゃんは」
「あ、いたいた!千鶴さん!」

そんな会話をしていたら後ろから声がかかる。小柄な少女は千鶴に駆け寄ってくる、千鶴とはまた別の雰囲気の美人は軽く微笑みながら風次に挨拶をする。

「風次さん、この度は色々ありがとうございました」
「いいんだよ静果ちゃん、俺は段取りを勧めただけだ、おふくろさんは元気かい?」
「ええ、まだ完璧とは言えないんですけど、だいぶ回復したと思ってます、ちゃんとご飯も作ったり食べたりするようになりましたし!」

静果は嬉しそうだ、彼女と母親の鈴音はこの慈仙の動乱に巻き込まれてしまった者たちだ。それは運命だったのかもしれないが、彼女たちは家族を失った。救ってくれる人もなく、ただ流れるように悲しみの底にいた親子を救ったのは、ここにいる千鶴だ。千鶴が静果と鈴音に笑顔を取り戻した。たわいもない会話をし、食事をし、日々を過ごすことで少しづつ日常を取り戻そうとしている。

傷ついた人々は徐々に、国と同じ速度で癒やされている。ただ未だ泥濘の中で上を向けない人達だっている。

「兄貴!風次の兄貴―!」

橋の向こうから数人の若い衆が声をかけてくる。

「おう、どうしたい?」
「凌羽様の使いが来ました、ご相談が色々あるから城まで来てほしいって」
「すっかり凌羽様に頼られてますね、風次さん」
「人使いが荒いんだよあのじじいは…」
「まあ、いいことじゃないですか、なんといっても凛国宰相様ですよ?」
「それもいまだけだろうな」
「え?」

千鶴も静果もキョトンとしている。

「宰相様、なにかあるんですか?」
「葵様もいなく、白蓮様も多分…もう表には出てこれねえだろう、凌羽様は国をまとめ上げたら引退するつもりだろうな」
「ええ?じゃ、じゃあこの国はどうなるんですか?」
「はるか東の大陸には、王様ってのがいない国があるらしい」
「王様がいない?え?どういうことですか?」
「はは、静果ちゃんは想像できねえかな、王が国を収めるんじゃなく…」
「民衆の代表が、話し合いで国の方針を決める、ってことですか」
「…そうだ、君主が存在しない国家、すげえな千鶴ちゃんは」
「いえ、そういうやり方もあるよな、って思っただけです、えへへ」

風次が千鶴に感心している向こうで、橋の上から風次の子分たちが大声で怒鳴る。

「兄貴ぃ~!早く行きましょうよ!またせちゃ悪いですよ!兄貴~!」
「うるっせえなぁ!わかった今行くよ!…ったく、兄貴じゃねえっての…すまねえな、また今度な」
「…はい!いってらっしゃいませ!」

小走りに手を振りながら去っていく風次の向こうで、ゆっくり夕暮れが訪れようとしていた。

「お嬢さん、そんじゃああっしたちは日が暮れるからこれで、また明日朝から参ります」
「あ、はい!お疲れさまでした!明日もよろしくおねがいします!」

大工たちも引き返していき、小さなピカピカの店の前には二人の少女が残る。

「本当にもうすぐですね、お店」
「そうですねえ~」
「本当に、良かったんですか?お店出すなんて」
「いいんですよ!だって何かしないと生きていけないでしょ?私は何もできないのですが、鈴音さんの美味しい料理ならきっと大繁盛です!そのために必要なことは何でもしますので!おまかせください!」
「そうですね、私もお母さんも、花火は作れないから」
「…うん、だから出来ることをやろう、どんなに悲しくても辛くても楽しくても、お腹は減ります。だからきっと、大丈夫です」
「あの…実は」
「なんです?」
「私、勿論お店のお手伝いは一生懸命やります、でも、出来るなら、許してもらえるなら」
「えっ、なになに?意味深…」
「私、着物や小物を作るのが好きで、仕立直しとかをやってみたいんです、ゆくゆくは衣服を作ったりして、着てもらうのが夢なの、だから、お店もがんばりますから、そういうお仕事もやっても…いいかしら」

下を向いて申し訳無さそうに静果は言う、それを聞いた千鶴の顔が明るくなっていく。

「いいじゃないですか!えっ!やりましょう!それもお店の売りにしましょう!」
「えっ、いや、でもここ食事処…」
「どっちもあっていいじゃないですか!着物がほつれたら静果ちゃんが直して、その間に美味しいものを食べてもらう!食事処が食事しかやっちゃいけないなんてそんなの変ですよ!そうよ、得意なことがある人が集まって、色々な事がこの店だけできるようになったら面白いわ!」
「い、いいの…?」
「大歓迎!嬉しい!みんなの得意を集めていきましょう!その第一歩!」

満面の笑みにつられて静果も笑う。

「やっぱり千鶴ちゃんは凄いなぁ」
「凄くないよ!新生鈴屋!楽しくなりそう!」
「あ、でね」

静果は手に持っていた袋から一枚の前掛けを取り出す。

「鈴屋の店章、新しくしたくて、これ」

静果が取り出した前掛けには、以前の鈴屋と違う店章が染め抜かれていた。

鈴を真ん中に置き、丸の中に太極図のように鶴と鷲が翼を広げた姿、それがわかりやすく紋になっている。そして丸紋の右上と右下、東北と東南の方向には星があしらわれている。

「お母さんがこれがいいんじゃないかって、考えたの。どう…かな…本当は鈴と鶴だけってのが道理なんだろうけど、お母さんが、もう一羽鳥がいるよね、って…」
「うん…凄くいい!これでいこう!」
「本当に、いいの?」
「勿論です!」

千鶴の言葉に静果は嬉しそうな表情を浮かべる。

「では!早速明日表具屋さんに看板の発注もしないと!立派なのにしよう!」
「またお金かかっちゃう」
「余裕です!金剛石のご利益、まだまだありますから!」

思わず静果が吹き出す、二人が大声で笑う声がまだ誰もいない店に響く。

「じゃあ、帰ろう、お母さん待ってる」
「はい、少し片付けたら帰りますから、静果ちゃん先に」
「手伝うよ」
「いいんです!一応ここ、私が主人ってことになってますから!これは私の仕事です!」
「…わかった、待ってるね」
「すぐ行きますから」

静果は小走りに家路に急ぐ、千鶴は運び込まれたばかりの椅子に座り、そっと机を手でなぞる。

「…巽さーん、ウシくん、もうすぐお店ができちゃいますよ、私女主人ですって、そんなガラかなぁ?」

誰もいない店の中で小さな声が反響する。夕暮れはもうすぐその最後の光を地平線の向こうに消そうとしていた。

「約束守ってますよー、帰ってきたらパーッと宴会しようって…。二人は特別ですからね、タダでご飯たくさん食べさせてあげますから。美味しいんですよ鈴音さんのごはん、お肉もお魚もお野菜もたーくさん用意して待ってるんだからね」

おろしたての無垢木の机にタン、と雫が落ちる。

「お腹いっぱいになったらどうしましょうか、そうだ、お店であれやりましょう、私歌いますから、ウシくんはお店の外でビラを配ってお客さん集めてください。巽さんは…そうだなぁ…石割ってもしかたないから、用心棒かな?巽さんが出てきたらどんなおっかない人が来ても安心ですね…」

机にはポタポタと涙がこぼれ落ち、シミを作っていく。

「ずっと待ってるからね、ちゃんと帰ってくるまで、私がしっかりここを守りますから、約束の場所はここですから」

日が落ちて夜が来る。

「千鶴はやっぱり強いな…これはもしかしたら俺より強いかもしれんぞ?」
「あー、かもしれないですね!さすが俺らの妹だ」

声に驚き、千鶴は振り返る。勿論そこには誰もいない。だが、確かに聞こえたのだ、耳に残る大好きな家族の声が。

「…よし、きっと明日もいい日だ、頑張ろう!」

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