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我が国の建築標準仕様書の曙

建築仕様書は一般の方々にとっては目にする機会はほとんどないと思います。建築物を設計する際に図面では表現できない材料や施工法などを記述したものです。図面と合わせて設計図書といいます。

日本建築学会は100年以上前からこの建築仕様書の標準となる標準仕様書を作成しています。第二次大戦中や戦後一時中断していたことがありますが、現在も多くに委員会を設置して標準仕様書(JASS)を精力的に作成しています。我が国の建築界において施工技術の体系化・標準化を通して建築生産技術の向上に果たした役割は極めて大きいものがあります。この委員会の嚆矢ともいえる委員会は1914(大正3)年に設置された「常置委員会第5部仕様及び豫纂数量委員会」です。

この報告では、日本建築学会図書館に所蔵されている「仕様豫纂数量常置委員會記録」(a)に基づき、この委員会の活動内容についてまとめました。標準仕様書の歴史という専門的な分野の話です。興味のある方は極々少ないと思うますが、お読みいただき興味のある方はご意見をお寄せください。

(目次)

1.建築学会の建築標準仕様書作成を巡る動向

2.「常置委員会第5部仕様及び豫纂数量委員会」「仕様豫纂数量
常置委員会」の仕様書作成の経過

3.「仕様書作例の編纂」

4.「建築工事仕様書」

5.まとめ

6.終わりに

7.引用・参考文献


1.建築学会の建築標準仕様書作成を巡る動向

明治時代には欧米から鉄筋コンクリート造や鉄骨造などの新技術が導入されたが、その技術を習得し建物を作り上げることに注力がなされたため、新たな施工技術を体系化・標準化した建築仕様書を作成するまでには至らなかった(b)。明治時代の後半になり実務家による建築仕様書の出版物が次第に増加する。立川知方編纂「洋館建築設計書式」(1894(M27)年)、小國巳一編纂「建築工事仕様便覧」(1905(M38)年)、辰野金吾・葛西萬治「家屋建築實例」(1908(M41)年)、久恒治助「仕様及積算法上巻」(1920(T9)年)、田中豊太郎「建築仕様全集」(1925(T14年))などがあげられる。

このように、実務家よる建築仕様書の刊行物が出版されることにより施工技術を体系化・標準化した建築標準仕様書を作成す機運が建築界に高まってきた。さらには「仕様の記述に必要な請負契約書、材料・試験法の規格、建築用語の整備がなされた。建築学会における1911(M44)年の建築請負契約書の作成、1905(M38)年のセメントの国家規格「ポルトランドセメント試験方法」の制定、度量衡作成調査委員会1917(T6)年設置、1918(T7)年建築学術用語の作成、また佐野利器による鉄筋コンクリート造の耐震研究や諸外国の鉄筋コンクリート条例取締規則や標準仕様書が紹介された」(b)。

このような事情を背景に建築学会は1914(T3)年に常置委員会第5部として「仕様及び豫纂数量委員会」(委員長:中村達太郎)を設置して建築工事仕様書の検討を始める。この委員会は1918(T7)年7月に「仕様書作例」を常置委員長に提出し、「仕様豫纂数量常置委員会」(主査:葛西萬司)と改称され、1923(T12)年1月に「建築工事仕様書」を建築学会会長中村達太郎に提出し終了となる。その後この委員会を引き継ぐ「標準仕様調査委員会」(委員長:松井清足)が同年6月に設置され1924(T13)年~1941(S16)年にかけて18種類の建築工事標準仕様書を作成・公表したが、第二次大戦の戦火が激しくなる1943(S18)年まで活動を続けたが委員会活動は休止となった。戦後は1951(S26)年から「材料施工規準委員会」(委員長:下元連)を設置して戦後の復興に向けて日本建築学会建築工事標準仕様書(JASS)作成を開始しその活動は現在まで引き継がれている。このように建築学会が建築工事の標準仕様書の作成を始めてから既に百十数年の歴史を有しており、この間建築界において施工技術の体系化・標準化を通して建築生産技術の向上に果たした役割は極めて大きいと思われる。

3.「常置委員会第5部仕様及び豫纂数量委員会」「仕様豫纂数量常置委員会」の仕様書作成の経過
 

常置委員会第5部仕様及び豫纂数量委員会の委員構成は、当初、葛西萬治(辰野葛西事務所)、飯田徳三郎(建築請負業)、福永佐和吉(辰野葛西事務所)であったが、1915(T4)年2月に安達喜次郎(大倉土木組)、田中豊太郎(建築技師、建築設計監督)、矢田鉄三、下條禎一郎(学習院女学部臨時建築部)の4名の増員を行った。概ね7名で1914(T3)年11月~1923(T12)年1月まで審議を続けた。葛西萬治は辰野金吾とともに辰野葛西事務所の主宰者であり、いずれの委員も設計・施工技術に精通した実務家である。 

第1回の会合を1914(T3)年11月30日に開催し「会議規定及び目的」を定める。その内容は、第六条で「日本風及欧米風建築の標準仕様書を作成する、ただし日本風建築は住宅、土蔵等を主とし、欧米風建築は住宅、事務室建物、倉庫等を主として調査する事」、第七条「標準仕様書を作成すべき建築工事の数量計上法を設定する事」、第八条「建築工事の工手間に関する係数の標準を設定する事」、第九条「仕様書、数量計上法、工手間係数とも議決をする毎に常置委員長の出席を請けて之を付議確定の事」となっており、標準仕様書作成だけではなく積算方法の標準化もこの委員会の目的であった。第2回(同年12月15日)の会合で、欧米風および日本風の標準仕様書の作成順序と種類を決定したが、第4回(大正5年3月15日)に見直し改めて以下のように決定している。工事類別の中には一時決定とあり確定したものではない。

欧米風建築工事類別・順序 (1)仮設工事(2)基礎工事(3)煉瓦工事(4)石工事(5)コンクリート工事(6)鉄工事(7)木工事(8)屋根葺工事(9)金属板工事(10)飾金物工事(一時決定)(11)漆喰工事(一時決定)(12)塗師工事(一時決定)(13)硝子工事(14)給水及排水工事(15)暖房及通気工事(16)電気工事(17)瓦斯工事(18)室内装飾工事(19)雑工事

日本風建築工事類別・順序 (1)仮設工事(2)基礎工事(3)木工事(4)屋根葺工事(5)壁塗工事(6)敲き及敷瓦工事(7)建具工事(8)畳工事(9)金物工事(10)塗工事(11)給水及排水工事(12)電気及瓦斯工事(13)掃除 第3回1915(T4)年2月22日の会合では、「標準仕様書編成の方針に関する規定」を定めている。(一)用語・句体は平易とし簡単明瞭とする、難解な漢字・漢語は使用しないこと、(二)専門用語は従来使用されているものは特段の支障がない限りはそのまま使用し、意味不明瞭なものは、この際新語を使用する、(三)句読を付ける、(四)図面に明示すべきことは書かない、(五)記述すべき事項はなるべく明瞭に区分し、各項毎に其順序および小見出しを付す(六)建築材料の品質や特に必要な場合にはその検査法を明記する(七)施工法の程度を明瞭に示定する(八)新施工法で普及していない事項は特に詳細に記述する。
 第5回以降、欧米風標準仕様書の類別ごとに、月2~3回の会合を開き仕様書案の審議を行っている。1918(T7)年7月22日まで委員会の開催数は95回を数え第一読会の審議が終了したとある。その後第一読案は「仕様書作例」として葛西萬司主査の直筆と思われる頭書「仕様書作例の編纂について」(a)とともに常置委員長に提出されている。これを検討することにより委員会が作成しようとする仕様書がどのような意図のもとに編纂されたかを理解することができるので次項で詳細に報告する。


 その後、「常置委員会第5部仕様及び豫纂数量委員会」は1918(T7)年7月に規則改正により「仕様豫算数量常置委員会」と改称され1920(T9)年9月16日より仮設工事から第二読案の検討に入る。各工事の作例について検討を重ね1923(T12)年1月19日の最終委員会までに94回ほどの委員会を開催している。月に2回ほどの会合であり委員会設置から会合数は189回にも及ぶ。1923(T12)年3月に理事会に提出された委員会報告の中で主査葛西萬司はこの委員会を終えるにあたり次のように述べている(c)。「委員等は就任の当時先ず建築工事の仕様書作例とも称すべきものの編纂を企てた。其の目的は単に従来建築家によりて採用された仕様書の区々な形式を統一し、其用語、文体、工事の分類、配列及記事詳密の程度等の標準を得ようとするにあった。この希望の下に編集に従事したる間に我建築界は急激に進展し、大規模の建築一時に起り、材料及び職工に大いに不足を告げ、工事は何れも速成を要求する有様となり其の結果材料の選択法、施工法等は一般に粗質化し、職工の多くは当然に施すべき工法さへも解し得ざるに至る傾向にあるように委員等は認めた。此際に於て編纂する仕様書は所謂当然の工法を示明し置くことの無用ならざるべきを感じ或いは冗長の誹議あるべきを自覚しながら、施工の順序方法等まで記述した項もある。標準仕様書に施工法を示定するとすれば、実施効果等、につき、尚十分な竅究を加ふる要もあり。記載工事の区域も成るべく広汎なることを要するは勿論なれども、委員等就任以来既に約八年を経過し此種の調査事業としては余りに長期に渉ることの不可なるを感じ、今は単に普通一般的な工事に対してのみ記述したところのこの仕様書作例一冊を提供す。素より不備の点の多いことは、委員等も自識するところなれども、幸に受領せられんことを希望す」。この「仕様書作例」は「建築工事仕様書」と名称を変え建築雑誌に全文掲載される(d)。

4.「仕様書作例の編纂」(a)

 本章では、葛西萬司主査の直筆と思われる頭書「仕様書作例の編纂について」を検討し当時の建築工事の実情や仕様書作例の編纂方針を明らかにする。ちなみに広辞苑では「作例」とは手本、見本という意味で、仕様書作例とは仕様書作成の手本、見本という意味である。まずは前文で、「和洋建築工事の仕様書作例の編纂を試み、これを終わりて後、建築用材料及び工手間の単位とその計上方法等を、前記作例の項目に基拠して調査し、一定の標準を作らんことを期したり」とある。しかし検討を初めてみたものの「僅かに欧米式普通建築工事の仕様書作例を編し得たるのみにて、本邦式工事の仕様並に数量の問題等には触手するに至らず。惟ふに、建築工事の範囲は広衍にして、施工の方法も多種、異様なるを以て、単なる仕様書の作例とを稍完備したるものを編成することは到底短年月の業にあらざる」という認識が委員を引き受けた際の共通の認識であった。したがって「短き任期間に調査し得べき程度のものを作成する方針を以て従事したる結果にして、素より不完、朴訥の多きことは自任するところなり。然れども本員等既に、一回の任を重ね、今や二回の期末に近きたるを以て、別紙仕様書作例一冊を提供す」と結んでいる。
 次に、前文に引き続き(1)作例の編纂理由、(2)作例の価値、(3)編纂方針の三項にわたり以下のような記述がなされている。

(1) 作例の編纂理由

ア) 在来の仕様書:在来の仕様書は「記事妥当で、参考となるべき傑作も少なく、同一工事の仕様書に、或種の工職(トレード)は詳蜜な要領を示定してあって、他の工職(トレード)は甚朴訥なるものや、又全く省略されたものもある。甚だしいのは、実行不可能な條項を見出すこともある」とし、既存の仕様書には参考になるものが少ないとしている。

イ) 仕様の問題:「仕様の問題を研究して、記き方の法則を設定する等のことは、適当な結論が得られたら甚有益であろう。仕様等の研究は、英国や米国の書物に書かれたものを見れば十人十色の議論で、特に感服するものは見当たらない」とし、仕様の問題を研究しても有益な結果が得られないとしている。

ウ)研究の範囲:そこで、「研究の範囲を狭小にし」「本邦現時の建築界で行なるる瑕疵多い仕様書に多少の改革を加えることを」を目的としたとある。この多少の改革点として、「(一)用語、句体其他仕様の形式を成るべく一致せしむる。(ニ)字句を簡明にし、解釈に関する争論等を少なくせしむる。(三)仕様を実用的のものとし、実行不可能、又は困難なる示定を禁ずる。(四)在来施工法中の弊害あるものを廃し、新式施工法を採用する」の4点である。この目的を「迅速に有効に遂成することを期して、多忙な現業従事者にも容易に之を応用し、又は参考に供することを得せしむる為に、作例の形式を採った」とある。

(2)作例の価値

建築の仕様書は、「各工事毎に、特に記上すべきものであって、作例〇〇、標準〇〇を決めて置いて、何の工事にも応用すると云うことは元来不当で、殆ど不可能である」とし、「工事の性質が特殊なる場合、若しくは設計者が材料、施工法、又は工〇に関して、ある特殊の意見を有した場合等は特別な証明が必要であって、作例などは何の用もなさない」と述べている。したがって作例編纂の目的を「特色ある仕様を作成するのではなく、単に多数の建築に普通な工事を、普通な施工法で実施する場合に応用すべき、所謂平凡無味の出来合仕様を作る」ことにあるとしている。どのような工事にも使える仕様書の作成を目指したといえる。その理由を「平凡の作例を作ることは、愚の至りであると云う意見もある。而して委員等は之を無益の事業とは思わぬ」とし、「本邦仕様は、施工法の研究尚不十分なりて、誤れる工法の、数十年間繰返される事実もある。故に有識者の平凡とするものの、必ずしも一般現業者の平凡でなく、此作例の目的なる、形式の一致等の外に、所載の施工法が若年現業者の参考となる無きにしもあらぬと思ふ」とし、当時の請負業者の施工技術レベルに問題があり標準的な施工法の普及が望まれていたことが伺われる。さらに続けて「請負者、建築家、または注文主間に工事に関して、意見の衝突を来すとあれば、其の多くは、仕様が基因となっている。また官庁工事等に於て、検査の追究に、監督者又は請負者の苦しめられるのは、仕様と実施の相違した場合が多い。此等の場合にも最重要視さらるる趣がある。工事中の争論を避けよふとする建築家又は検査官の追究に備へよふとする設計者は、往往、仕様書を殊更に曖昧な、可撓性のものとする傾向があると思う」と述べており、発注者、設計者、請負者間で仕様と実際の工事をめぐる紛争が往々にして起きやすいことも理由の一つとしている。

(3)編纂の方針

 ア) 仕様の仕様の定義:「欧米の書物にあるものを参酌して、材料及び其品質と施工の程度、又は方法とを示定すべきものと見て、図面に表わし得べき寸法や、数量は一切記載しない」としている。この「施工の程度、又は方法」については、「近年欧米に於いて、請負者を信頼する議論は、可なり威に唱へられるよふである」とし、「施工の仕様は、元来程度若しくは工果を示定して、方法は請負者の手腕に委せねばならぬ」のが原則ではあるとしているが、わが国の現状では「未だ少々事情は異なり、工事の種類によりては、方法も示定の必要がある。特に新施工法などは比較的詳細な方法を示明すること、却て有益であると信ずる」としている。

イ)  仕様書の記載:① 「簡明に仕様を記くことの必要は一級に唱へられている。委員等も此方針を以て〇事〇〇、文句を短縮する為に、助詞、接続詞等を廃し、句読を以て、之に代えたるるもあり。」② 「工法を明瞭にする為に、従来使用される術語は能ふだけ多く之を採用した。されば、術語は皆、最も徹底した意味を有するからである。而し簡単なるを望むで、不明瞭な限り、明瞭を期して、冗長となったものも尠くない。但其設計は一個にあらずして数個、又は十数個もあるものと見做し、種類の異なった施工法を成るべく多く示すことを希望した。」③ 「設計が仮想であるから程度を示すべき数字や、材料の選択等は、委員等の任意で決めてある。此作例を応用する場合に、此等の数字や材料を変更すること可能なものには〔〕形括弧を附してある。而してこの仮想の建物は皆東京付近にあるものとした。地方により材料、施工法及び其名称、市場寸法等も相違していて、一々之を挙記するじゃ煩に耐えぬのである。」

5.「建築工事仕様書」(d)

仕様豫纂数量常置委員会が最終報告とした「仕様書作例」は「建築工事仕様書」として1923(T12)年1月に仕様豫纂数量常置委員会主査葛西萬司と常置委員長横河民輔から建築学会会長中村達太郎に提出され建築雑誌に全文が掲載される(5)。この「建築工事仕様書」の工事類別は、第4回委員会で決定した工事類別とは若干異なり、(1)假設工事(2)基礎工事(3)煉瓦工事(4)石工事(5)「こんくりーと」工事(6)鐵工事(7)木工事(8)金属板工事(9)「すれーと」工事(10)瓦葺工事(11)金物工事(12)左官工事(12)塗師工事(13)硝子工事(14)雑工事の構成となっている。一部工事類別の統廃合はみられるが基本構成には変わりがないが、給排水、暖房・通気、電気設備の設備工事が作成されていない。この仕様書の基本的性格は、上記作例の価値で述べられているように「特色ある仕様を作成するのではなく、単に多数の建築に普通な工事を、普通な施工法で実施する場合に応用すべき、所謂平凡無味の出来合仕様を作る」ことにあるとしている。したがって仕様書の構成や記述内容も当時の建築工事の技術水準に合わせたものになっている。

度量衡の表記法は、1919(T8)年に建築学会の「建築材料寸法統一調査会」が設置され、9月にはメートル法による寸法の統一が決定されたが尺貫法で記述されている。当時は設計者や施工者がメートル法を使いこなすまでには今しばらくの時間が必要と判断されたのであろう。鉄筋コンクリート造や鉄骨造は新たに工事類別を設けず、鉄筋コンクリート造については、仮枠は「仮設工事」に、セメント・骨材・練方・打方・打込時間・養生・供試体は「コンクロート工事」に、鉄筋架設は「鐵工事」にと分散記述されている。また鉄骨造は「鐵工事」に記載されているが、他には鉄筋架設や鉄製階段、鉄管柱工事、石材・木材緊結用鉄物のように素材として鐵に関連する工事が記述されている。当時は鉄筋コンクリート造や鉄骨造は先端的な技術であり、未だ「普通の工事」とはいえないため新たな工事類別を立てる必要性はないと考えられたのであろう。洋風木造の記述が詳しい(2)のは当時大規模な洋風木造建築が多数建築されていたためと思われる。アスファルト防水が雑工事として扱われていることは当時陸屋根形式の建築物が少なかったという実情を反映している。

6.まとめ

葛西萬司主査のもとで「常置委員会第5部仕様及び豫纂数量委員会」(後に仕様豫纂数量常置委員会)は1914(T3年)11月30日から1923(T12)年1月までほぼ9年近くにわたり14の仕様書を作成した。この両委員会の活動経過、仕様書作例(建築工事仕様書)の編纂趣旨や仕様書の特徴をまとめると、
(1) 当初の目的に入っていた日本風建築工事仕様書の作成、建築工事の数量計上法の設定、建築工事の工手間に関する係数の標準の設定は達成するに は至らなかった。
(2) 委員会の作成した「仕様書作例」(建築工事仕様書)は多くの工事に適用可能な普通工事の出来合い仕様を作ることにより一般現業者のみらず若年現業者に対する技術の普及や、発注者、設計者、請負者間で仕様をめぐる紛争防止を目的としていた。
(3) 施工の仕様については欧米に見られる性能規定を指向していたが、当時の請負者の技術レベルから特に新しい技術については工事の方法の示定も必要であるのとしている。
(4) 建築工事仕様書の構成は、多くの工事に適用可能な普通工事の出来合い仕様を作ることが目的のために、当時の最新技術である鉄筋コンクリート造や鉄骨造の工事類別の項目建ての記載はない。鉄筋コンクリート造については仮設工事、コンクリート工事、鐵工事に分散記述されている。また鉄骨造については鐵工事の中に記載されている。両工事類別ともコンクリートや鐵といった素材ごとの工事仕様の中で記述されているのが特徴である。

7.終わりに

「建築工事仕様書」は建築雑誌(d)に全文掲載されるが、その巻頭言は「本篇ハ大正3年10月設置セラレタル常置委員第五部仕様及豫纂数量委員会ニ於テ審議編纂ノ上呈出サルモノニシテ不取扱(とりあえず)コ〃ニ印刷ニ附シ一般ニ配布スルコトシタリ、学会に於テハ更メテ標準仕様書編纂ノ計画中ニ付之ガ参考資料ノタメ本篇内容ニ関シ会員諸君ノ率直ナル御意見ヲ得バ幸ナリ」と結んでいる。「更メテ標準仕様書編纂ノ計画中ニ付」とあるが、この時を待っていたかのように1923(T12)年5月には新たな標準仕様調査委員会が設置され6月から松井清足委員長のもとで「建築工事標準仕様書」の制定作業が始まる。建築学会としての仕様書作成の第二段階が始まるのである。当初は少人数でのスタートであったが、徐々に委員や臨時委員が増員され、官庁営繕(大蔵省、陸海軍、警視庁、宮内省、東京市等)、設計事務所、建設会社、大学関係等総勢八十数名に及ぶ。建築界総力をあげての仕様書作成といえる。この背景には鉄筋コンクリート造や鉄骨造を中心とした建築需要の増大により施工技術の体系化、標準化をはかり建築生産の合理化を進める必要に迫られたのであろう。

葛西萬治を主査とする常置委員会第五部仕様及び豫纂数量委員会、仕様豫纂数量常置委員会が建築工事仕様書を9年ほどかけて作成している間に建築需要は増大し建築技術も大きく進歩していた。官公庁は多数の設計者や技術者を抱え、また請負業者も技術者を抱え高度な建築技術の蓄積がなされていた。何よりも大学の建築アカデミズムが確立し建築材料や構造について理論的支柱を提供するようになった。新たに設置された標準仕様調査委員会にはアカデミズムの委員として1929(S4)年以降多くの研究者が委員や臨時委員として参画してくる。谷口忠(東工大)、濱田稔(東大)、二見秀雄(東工大)、田辺平學(東工大)、内藤多忠(早大)、武藤清(東大)、小野薫(日大)、鶴田明(早大)、加藤六美(東工大)、斎藤謙次(日大)、仲威雄(東大)、後藤一雄(東工大)等々である。この委員構成で1941(S16)年までに 16の「建築工事標準仕様書」が制定される。

                                                                                                                   以上

«参考・引用文献»

(a) 仕様豫纂数量常置委員會記録、日本建築学会図書館蔵、当時の事務局の議事録綴りと思われる。その中に第一次案を常置委員長宛に報告した際に主査葛西萬治の自筆と思われる「仕様書作例の編纂について」の文書が綴じられていた。
(b) 日本建築学会百年史、3編施工、3.7標準仕様書の成立、亀田康弘、日  本建築学会、1976
(c) 建築雑誌、No.442(1923.4)、p.183
(d) 建築雑誌、No.444(1923.6)、pp.1-56


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