「時空を交差する想い」全編
遠い昔に色が消えた街。
何層にもフィルターがかかっているような、もやがかかっているような。そんな風景を窓から眺める。
「今日もグレー。」
僕は、ここの住人だ。
生まれてから、ずっとここで暮らしている。
色のない街に生まれたけれど、色を知らないわけじゃない。
この街の人間は、子供のうちに教科書や図鑑の中で色を学ぶ。
モスグリーン、ターコイズ、セピア、シアン、パンジー、カナリア・・・
僕も、僕のママもおじいちゃんも、みんな本当の色を見たことはない。けれど、僕は知らないまま、大人になりたくないんだ。
「シアン?そこにいるんでしょ?今日は遅くなるから先に夕飯食べていてね。」
「聞こえてるよ。わかったよ。行ってらっしゃいママ。」
この日、僕は冒険をすることをママは知らない。
星になったおじいちゃんだけが知っている。
おじいちゃんが星になる前に、こっそり教えてくれた秘密の本屋の話。隣街の商店街にあるそうだ。
ある日、僕はおじいちゃんと歴史の勉強をしていた。遠い昔は、今より豊かな世界だったと語り継がれている。今とは違う、街だったと学校でも習った。習ったけれど、習いきれてない気がする。本当のことを知りたい。
「もっと本を読みたいのに、知りたいのに。なぜ、この街はこれだけしか支給されないの?」
11歳の僕には、足りているようで足りない情報量。なぜ、色が消えてしまったのか。なぜ、僕たちの祖先はこの世界を残したのか。いろんなことが気になってしかたがない。
僕のぶつけた突然の疑問に、おじいちゃんは少し眉を歪めた。苦いチョコレートを口にしたような顔をした。それでも、僕に秘密を教えてくれた。約束もしてくれた。
「シアン、それはこの街の秘密だよ。」
「オールデアは秘密によって守られている街。ここから出るということは、冒険の始まり。」
「ただ、この街にはないモノが隣街にはあると言われている。たくさんの本が眠る地下室だ。」
隣街のリーリアは、オールデアとは違い閑散としている。多くの人間は立ち寄ることはなく、忘れ去られた街として地図に記されている。
僕は意気揚々と、懇願する。
「おじいちゃん連れて行って!」
おじいちゃんは、また少し困ったような表情をした。それでも、どこか嬉しいような表情もしていた。
「いいだろう。外出禁止法令が解けたら、出かけよう。」
僕はとても楽しみにしていた。
けれど、ある朝、目を覚ますとおじいちゃんはこの街から消えていた。理由は誰も教えてはくれない。
悲しいけれど、驚くことはなかった。
オールデアでは、よくある話なのだ。先週は友人のマリーのおばあさんが消えていたそうだ。
ー僕は、1人で冒険する準備をした。
おじいちゃんの部屋には、ママに見つからないように工夫されたお菓子箱がある。僕は、その箱のことを知っている。秘密の暗号も知っている。
からくり好きのおじいちゃんはリーリアに何度が足を運んでいたそうだ。学ぶために必要だったそうだ。
本の眠る地下室の地図は、ここ以外に隠せるわけがない。そうして、手に入れたおじいちゃんの手帖を片手に冒険が始まった。
リーリアまではモノレールに乗る。思いのほか時間がかからない。ホームに降りるのは僕だけ。もちろん無人駅だ。
手帖にはリーリア中心部にある商店街について細かく記されている。
まずは、駅から離れて商店街へ向かう。駅からは10分ほどだろうか。ここからは、商店街の中をくぐり、3つ目の路地を右へ。
「リーリアには人が本当にいないのだろうか。」
忘れられた街と教えられてるだけに、だんだん心細くなってきた。
閑散として、道端には缶コーヒーが錆びた状態で転がっている。
引きちぎられたかのような、垂れ幕も。
手帖を片手に3つ目の路地を右折し、扉を探す。
「リーリアブック」
まるで表札のような小さな看板をようやく見つけた僕は中へ入ろうと扉を開ける。
「ここは、何だ。」
扉の向こう側は真っ暗な空間が続いてる。見たことのない暗闇に恐怖を感じる。
暗闇から僕は引き返すことにした。もう一度、扉を閉じて、考えるがわからない。看板が間違っていないなら、ここに本が眠っているはずだ。
僕は、おじいちゃんの手帖を読みかえすことにした。
「暗いままになるので、看板をひねる。」
どうやら、看板をガチャガチャのようにひねると、中の明かりがつくようだ。
そうして僕は、もう一度扉を開け、薄暗い階段を下り始める。
非常階段のような作りで、螺旋階段までグルグル円を描いてないものの、さすがに少し目が回りそうにもなる。
途中で、何階分か数えるのもやめた。
錆びだらけの階段、手すりなんてない。だんだん、息が上がってきたけれど、淡々と僕は下り続ける。
「もうすぐかな。だんだん明かるくなってきた。」
ようやく最後の一段だ。目の前には本が眠る地下室の扉、僕は呼吸を整える。
ここまで来たものの、少し怖くて目を閉じたまま勢いよく扉を開けることにした。
ーーー
「ガチャン!」
勢いよく扉が閉まって驚き、僕は目を見開く。
見渡す限り、少し古びた本屋といったところだろうか。奥行きがあり、今までに見たこのない大型店舗だろうか。数えきれないほどの本が棚いっぱいに詰め込まれている。
僕は、端から順番に見て歩くが、お客さんはまだ見かけない。だんだん、不安になる。
「誰もいないのかな。」
僕は日が暗くなるまでに家に帰りたい。あまり長い間ここにいることはできない。
だから、少し慌て気味で歴史の本を探していた。
「歴史コーナー」を探して、急ぎ足でウロウロする。
「はい。じゃあ、今月までに返却で。」
人の声が聞こえた。恐る恐る聞こえる方角に身体を向ける。隠れるように覗き見る。
「受付」「返却」
リーリアブックは本屋ではなく、図書館なのだろうか。借りた本を片手に、僕の存在に気づいた大柄な男が声をかけてきた。
「よくここまで来たな。楽しみな。少年。」
見渡す限り人のいない街を歩いてきた僕は少しホッとした。
この調子で、リーリアブックで歴史の本を探していく。題名なんて、わからない。知らないんだもの。それっぽい本を探すのだ。古くて、分厚い一冊を、僕の直感で選ぶ。
広い店内の中からようやく見つけた「歴史コーナー」
本棚の前で腕を組み、眺める。
少し悩んで、僕は最も古そうな本を選んだ。本を開くと、僕には読めない文字が多い。けれど、挿絵が印象的だった。
そのまま受付まで本を持っていく。題名はわからない。
「本当にこれでいいのかな。ちゃんと帰ってくるんだよ。」
「はい。ちゃんと返します。」
「そしたら、今月までに。」
そのまま僕は早速、本を開いて歩き読みをする。それから重たい地下室の扉あけて、長い長い階段を上る。
「これで、あとは帰るだけだ。」
リーリアにたどり着いてからの不安はもう無い。これから、ウキウキしながら家路につくのだ。星になったおじいちゃんにも報告しよう。
「何事も最初の一歩は怖いものだ。次からはなんてことない。」
階段を上りきった僕は、扉の前で本を一旦閉じる。清々しい気持ちのまま、勢いよく扉を開けて一歩、二歩と足を踏み出した。そして、扉が閉まる。
閑散としたリーリアの街、また歩き読みでもしながら駅に向かい、モノレールに乗ってオールデアへ。こうして来た道を辿って帰るのだろう。僕はそう思っていた。
しかし、今。この瞬間。
僕の目の前には見たことのない風景が広がっているのだ。もちろん本を閉じたまま。この「色」鮮やかな景色を眺めている僕がここにいる。
不思議とあまり恐怖はない。ただ、ここはどこなんだろうか。
「ここはどこだ。」
僕は、そんな重要なことを考えるよりも、目の前に突然現れた様々な色のことで頭がいっぱいになっていた。
降り注ぐ光が眩しい。光を反射している僕の瞳は輝いているに違いないだろう。
見慣れない大自然、緑豊かな風景。刺激的で目や胸に突き刺さる。痛いぐらいに全身が刺激される。
この感動を瞳に焼き付けようと、僕はこの草原の丘まで走ることにした。本では見ることのできない立体感を、360度の草原を丘の頂上から見渡したくて走る。そこには冒険心しかない。
僕の心臓ははち切れそうなほど動き回る。少しでも走ると、僕は胸が苦しくなる。身体は苦しいけど、心の中は見上げれば広がる青い空ぐらい、開放的で爽快だ。
「透き通ってみえる空。鮮やかな緑。」
丘には、背もたれにちょうどいい岩が並んでいる。僕はふかふかの草むらに座り込んだ。とても気持ちが良い。
せっかくだから、ここで少し読書をしてから、帰ろう。まだ時間は十分にある。
空を見上げれば、青が広がっている。いったいどこまで、この青が続いてるのだろう。ひとりぼっちの小さな冒険。借りてきた古びた本を膝に乗せて表紙をめくる。
人がどのようにして世界を築いてきたのか。学校では、地球や人類の起源について教えてはくれるけれど、それからの物語はあまり教えてくれない。
僕が今、教科書で習う歴史からどれぐらい先の未来にいるのかすらわからない。この街では西暦をもう使っていない。
そして、オールディアとリーリアを含む17の街をつなぐモノレール以外の乗り物を知らない。
学校で習った歴史以上の情報を、本当のことを、この借りた本に僕は求めている。
きっと、何かのヒントぐらいはあるはずだ。こうして僕は、見知らぬ大自然の中で本を読み進めていく。
ーーー
「ガサガサ。ガサガサササ・・・。」
離れたところで、物音が聞こえた気がした。動物がでてくるのだろうか。人間がでてくるのだろうか。車と呼ばれる乗り物だろうか。それとも、忍者かな。ロボットかな。ここがリーリアなら何も出てくるはずがない。
「僕の気のせい。」
でも、ここはリーリアなのだろうか。ここはどこなのだろうか。
灰色の世界から解放されたことに夢中になっていた僕は、ここがどこかなんて考えることを忘れていた。
けれど、時間になれば来た道をたどればいいのだ。だから、簡単なこと。僕はまだ、この風景を見ていたい。眺めていたい。こんな気持ちのいいところで大好きな読書をしたいのだ。
オールデアには、帰らなくてはいけないけど。まだ、もう少し旅をしたいのだ。
おじいちゃんも、この風景をみたことがあるのだろうか。そう思った僕は、おじいちゃんの手帖をおもむろに広げてみる。
薄くてズボンのポッケにはいるぐらい小さな手帖をめくる。
「3月5日 シアン」
「3月28日 モーブ」
僕とママの誕生日だ。僕はおじいちゃんのことが大好きだ。昔から、星になって消えてしまった今でも。
ママと僕を置いていったお父さんの代わりだった。
ある日のこと、僕がまだ小さい頃。顔もあまり覚えてない。それぐらい昔。
ママがたくさんたくさん泣いていたことを覚えている。ずっと泣いていたけど、強くなったママは、いつの日か泣かなくなった。
突然、人が消えることが普通のオールディア。
きっとお父さんも消えてしまったのだ。でも、ただ突然消えたわけじゃない。僕のお父さんは、きっと違う。
大嫌いだった。ママをたくさん泣かしたお父さんのことなんて。でも、おじいちゃんから、僕とママのことを頼まれたことを聞かされたとき。理由は教えてくれなかったけど、僕はお父さんのことを、もう大嫌いにはなれなかった。
ぼくたちを置いて行ったわけじゃない。なぜかはわからない。
ママも教えてはくれないけど、いつまでもお父さんの服や布団、シャンプーなんでも置いている。星になった姿なき人に向けて、街一番の大きな川では毎年お祈りをする。
名前の記された紙を二つに裁断し船に折ったものは川へ、花の形に折った方は焚き火で燃やす。誰が決めたのかわからないけど、みんなそうする。淡々と行事をする。だれも泣いてはいない。
毎年、ママはお父さんの名前を書かずにお祈りしている。この事を、僕は知らないふりをしている。事情を話してくれないのを知っているからだ。
そんなことを思い浮かべながら、おじいちゃんの手帖をまた、めくる。
「1月9日 シアンとリーリアへ」
おじいちゃんは、本当に突然消えてしまったんだ。少し前まで、僕の隣にいつもいたのに。
「6月20日 カーマイン6年」
カーマイン。お父さんの誕生日は9月だったはずだけど、6月だったのかな。またページをめくる。
また、少しお父さんのことを思い浮かべてしまった。
背表紙には、不思議なメモが残されていた。
おじいちゃんの文字は、癖が強くて読みずらい。なのに、このページだけ一回りも文字が小さくて一段と読みにくい。
「まるで、解読だ。」
僕の知らない言葉が並んでいる。
「タイムトラベラーブック」「ジュアン」「ボリア」「ローライン」「ディア」
聞いたことのない「タイムトラベラーブック」について、様々なことがまとめてあった。
からくり好きのおじいちゃんはがなぜタイムトラベラーについて、こんなにもメモをしているのだろう。
僕は、タイムマシーンについて学校で習った。オールディアの中央都市にはタイムマシーンがあるからだ。
歴史の博物館に展示されているのを何度も見学した。今はもう稼働してない過去のもの。形だけ、そこに存在している。
けれど、タイムトラベラーブックなんてモノがあるとは、僕は知らなかった。
なぜか胸がゾクゾクし始める。
あれだけの大きなタイムマシーン装置がなくてもタイムトラベルができるのか。ましてや、タイムトラベルという行為は今は行われてない。と、いうより行えない。その昔、タイムマシーンは17の街全ての都市に展示されていたけれど、今はオールディアだけ。そう習ったけれど、今見ている風景は「もしかして。」
僕は慌てて借りた本の表紙をみる。
「ボリア」
本を持ってでることで、時空を超えるということなのか。
おじいちゃんの手帖には、他にもたくさんのタイムトラベラーブックのタイトルがまとめてある。
どれも、チェックマークが付いていた。やっぱり、この景色を見たことがあるのだろうか。
そして、おじいちゃんはタイムトラベラーだったのか。
ーーー
僕は手帖をポッケにしまい、リーリアブックで借りた「ボリア」を読み進めていくことにした。そんなに時間は過ぎていない。まだまだ、ここで過ごせる。
読み進めていくと、この本は先人たちの作り上げた時空体験ブックということがわかった。歴史を後世に伝えるために、残したそうだ。さっきまで、読めなかった文字が読めるようになるのも、時空体験なのか。
時空体験ブックで、当時の風景を楽しむことができる。
ちなみに、この本は弥生という時代を「再現」しているようだ。
読んでいるうちに、誰かが借りた時に挟んだままにした栞がでてきた。
無色透明だけれど、縁が鮮やかで綺麗。カメラのフレームのように、草原を栞から覗いてみる。
それから、眩しい太陽を覗いてみる。
とても綺麗で、それから青い空を眺めたり楽しんでいる僕がいる。一頻りこの目に色を焼き付けた。
それから本に戻そうとした時、無色透明だった栞の中央に文字が浮かび上がっていることに気づく。
ーーー
いくつもの時空が存在していることを知ったことで
はるか遠い過去に領土の争いをしたように
争いが起きた
代償として
我々は切り離されることになった
このタイムトラベラーブックをヒントに
戻ってきてくれないか
ーーー
命をかけて、この本を届けてくれてであろうボリアに感謝する
ーーー
僕は、知ってしまった。頭の中がザワザワとする。オールディアやリーリアブックのこと。僕がなぜ、この街に違和感を感じるのか。いろんなことが、ほんの少し繋がってしまった。気のせいには、できない。もしかしたら違うかもしれない。だけど「本当かもしれない」という感情が上回る。
僕は、これからどうしたらいいの。こんなことを知ってしまって、どう過ごせばいいのか。わからない。これまでの、ドキドキやワクワクは消え失せて不安で仕方がない。
そんな僕に追い打ちをかけるように、また音が聞こえた。だいぶ近くにいる。
「ガサ。ガサ。」
何かが歩く音だ。
僕は、このまま座り込んでじっとしているほうが怖かった。
立ち上がり、岩にのぼり周りを見渡す。視力は良いほうではないけど、眉を歪めて目のピントを合わして眺める。
ほんの少し離れたところに、ボサボサ頭の人が歩いている。白髪だらけの、男だろうか。
僕が見渡しているのに気づいて、こっちを見てきた。
気づいてから男は、僕に向かって歩いてくる。
僕は慌てて、岩から降り、来た道めがけて走って逃げることにした。
けれど、ほんの少し走ったところで、足がもつれて転んでしまう。白髪まみれの男の足音がもう、そこまで聞こえる。
恐怖から目をつむって、聞こえないふりと見えないふりをして、うずくまることしかできなかった。
「少年、大丈夫か。」
「足でもひねったか。」
「湿布ぐらいならあったような、少し待ってな。」
男は背負っている大きなリュックを地面に置く。
「足はひねってないです。」「ただもつれただけです。」とは言えないまま、リュックを中を漁る男の背中をじっと見ている僕がいる。
「少年。湿布がなさそうだ。アロエでもいいか。」
「・・・しかし、なぜこんなところにいるんだ。」
そんなことを話しながら男は、ナイフで切ったアロエを片手に振り返る。さっきまで男の背中をじっと見ていた僕と男の目が合った。
男は、目を大きく見開いて僕を見る。驚いた顔をしている。不思議なぐらい僕も男の顔じっとみてる。
「シア、シアンか。」
この声に聞き覚えがあった。
「大きくなったな。」
この人は僕のことを知っている。
「ごめんな。」
なんで謝るのだろう。
「まだ見つからないんだ。」
僕は、遠い昔の記憶を思い出した。
「お父さん。」
僕はお父さんだとわかってから、少しの間、涙が止まらなかった。その間、ずっとお父さんは頭を撫でてくれた。何度も謝りながら。
「すまない。」「ごめんな。」
何回も。
それから、お父さんはとても静かな声で話す。
「でも、シアン。なぜ、ここに・・・」
「リーリアで本を借りて、扉を開けたらここに。」
「なんとなく、選んだ本だったのだけど、こんなことに。」
僕があれこれ説明することもなく、お父さんは本の表紙をみただけで、そのまま僕を背負って扉に向かってへ走りだした。
「待って。お父さん。まだ、もう少しここにいたい。」
せっかく見れた景色なのに、まだ時間はあるのに。反抗しても、お父さんはそのまま走る。
「だめだ。ここは危ない。はやく戻るんだ。」
あっというまに扉の前まできてしまった。僕をそっとふかふかの草の上におろして早口気味で語りかける。
「シアン、ママは元気にしてるか。おじいちゃんは、元気にしているか。」
「元気にしてる。毎年、名前書かずにお祈りしてるよ。お父さんのこと待ってる。おじいちゃんは、少し前に消えた。」
お父さんは、悲しそうにした。おじいちゃんが消えてしまったから。
あの街で悲しむ人なんていなかったのに。
「・・・だから、おじいちゃんの手帖を片手にリーリアブックに来たんだ。一人で。」
お父さんに手帖を見せる。
「おじいちゃんもタイムトラベラーだったの。そして、お父さんも。」
お父さんは何も言わずに、また僕の頭を撫でる。
「シアン。よく聞いてくれ、今日のことは秘密だ。必ず、ママとシアンを迎えにいって、元の時空に帰ろう。」
「もう少しなんだ。残るルートは限られている。だから、待っていてくれないか。」
「それと、リーリアブックで、この本は借りないように。手帖に書いてない本にしなさい。」
僕が一人でこの空間にきてから数十分。僕とお父さんが再会してから数分。それぐらいしか時間が経っていない。
ほんの少しの間の出来事。一度に、いろんなことが目や耳に入る。
「ゴトゴト」「ガガガ・・・」
草むらの向こうにある森からいろんな音が聞こはじめた。うめき声。人の声じゃない。聞いたことのない音。僕は、恐怖を感じる。
「お父さん、ここ危ないんでしょ。一緒に今帰えろうよ。ママ喜ぶから。ずっと、待っている。時々悲しそうな顔してる。」
そう、僕が話すと、また悲しそうな顔をした。
「時間が限られているんだ。すまない。シアンは、ここから離れなさい。」
「待って、お父さん。待って。」
扉を開け、真っ暗な空間に無理やり僕を押し込む。僕はお父さんの腕を精一杯引っ張る。どんなに引っ張っても、動かない。
「シアン。このまま階段を下り、本を返して家に帰るんだ。」
そのまま、お父さんは僕を勢いよく突き放し、扉を閉めた。
僕は真っ暗闇の中、何度もドアを叩く。暗闇の中、手探りで見つけたドアノブを引っ張っても、押しても、動かない。鍵のかける場所なんてない扉なのに。
そんなことをしている間に、ライトが点灯する。階段を照らしている。
「もう少し間、ママを頼む。」
「片時も忘れたことはない。」
「愛してる。」
僕は、すぐに声が出なかった。言葉が出なかった。涙だけが溢れる。
「お父さん。ママも僕も愛してる。ママを守るよ。」
「ありがとう。必ず・・・必ず、迎えにいく。その日まで、待っていてくれ。さぁ、帰るんだ。シアン。」
まさかの空間で、偶然再会した僕とお父さん。ほんの十数分だろうか。とても短い再会。短くても濃い。
扉の向こうで、お父さんも泣いていたのかな。どうだろう。僕を突き放した時の、瞳からこぼれそうな涙をこらえている顔を忘れることはない。どんな気持ちだったのか、伝わる。
僕が急ぎ足で階段を下る頃、お父さんはきっと、また別の時空へ。ルートを探しに。
この日、僕はお父さんが迎えにくるまで、ママを守る約束をした。
「まだ見ぬ未来。今の僕に、できることは何だ。」
謎が多いこの街で、息苦しくて身動きが取れない時空。僕には何ができる。
リーリアブックからオールディアまでのモノレールでは、今日の出来事を振り返った。それから、ママになんて話そうかも考えた。
最寄り駅に着く頃には、すでに門限は過ぎていた。本日何度目だ。僕はまた家まで走る。なぜ、こんなに時間が過ぎているのだろう。疑問は残ったままだけど、ひたすら走った。
「ただいま。」
「おかえり、シアン。」
そこから、1時間はこっぴどく叱られた。まだお父さんのこと話せてない。とにかく謝った。すごく心配をしたに違いない。こんな街だから、余計に。
ママの怒りもおさまって、遅め夕飯を一緒に食べた。いつもどおりに。
今日の出来事を眠る前に伝えることにした。僕の部屋の右隣がママの部屋だ。この季節は暑くてだいたい扉は開けたまま。軽くノックをして、廊下から話す。
「お父さんから伝言。」
「もう少し待っていて。片時も忘れたことない。愛してる。」
「お父さん、元気だったよ。おやすみ。」
「おやすみ。」
ママはそう一言だけ返事をした。
僕が部屋に帰ったと同時に、扉を閉める音が聞こえた。暑いのに。理由はわかってる。僕も泣きたかったから、ちょうどいいんだ。
あの時とは違う、お父さんが出ていった時とは違う涙だ。
次の日の朝、なにも僕に聞いてこなかったし、僕もそれ以上話さなかった。それで、いいんだ。
こうして、また平凡な日々を過ごす。表向き。
「今、僕のできること。」
お父さんと出会ってから、可能な限り、僕は様々なことを調べた。いろんな可能性を探した。あの日の出来事で、僕は少し変わった。あの日までの僕と、あの日からの僕はもう違う。
ーーー
あれから、お父さんはまだ迎えに来ていない。可能性はゼロじゃないのはわかっている。だけど「もしかしたら。」そんなことも想定してしまうようになった僕は「待つ」以外の方法を考えた。
考えた結果、合法的にオールディアの秘密をより知るため、国家機関管轄の公務員育成するためだけに作られた大学へ進学を決めた。
ーーー
そうして僕は、今年の春、大学生になった。
「旅は続いている。あの日からずっと。」
ーーー
終
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