有罪道具温故知新 第2回「いやなことヒューズ」

皆さん、唐突なんですが最近「嫌なこと」ってありましたか?

些細なことでいいんです。他人の発言で自分の心がちょっと傷ついたとか、出したいひみつ道具が一発で出ないとか……もうそういった些細なこと。

というのもですね、そういった「嫌なこと」っていうのが昔はもうちょっとパターンが多かったらしいんですよ。
それこそ「ひみつ道具」が今ほど大量にない……いや、それこそ概念的に「ひみつ道具」といった概念が存在しない時代は今より不便だったので、嫌なことなんて生きていれば必ず発生する状態だったんです。



なので、非常に悲しい決断ではあるのですが……当時の人類はその「嫌なこと」の積み重ねといった生活を避けるために自殺といった行動をとる人も少なくはなかったんです。本当に、悲しい話ではあるんですが。



自殺……という単語は最近聞かなくなりましたね。
もしかしたら、最近の若い子は知らないかもしれません。
2314年のメガロポリスの自殺者人数は2人……そりゃ古の単語にもなりますね。
今よりもっとはるか前……2000年代辺りは本当に自殺者数というのが多く、今の10000倍の人数が自殺という手段を選ぶ人がいたという記録があります。現代の私たちには想像が出来ないでしょう?でも、そういった決断をしなくてはいけない状況になってしまう……本当にそういう時代があったんです。


今回、そんな「自殺」に関係する販売中止ひみつ道具についてご紹介いたします。


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時は2030年、日本での自殺者数が5年連続増加というとんでもない情報が出たのが全ての始まりでした。
2030年前後というと、ひみつ道具が出始めた時代。はるか前から伝えられていた2045年問題説の時代が近かったこともあり、様々な職が未来への不安を感じ始めた時代だったんです。
ひみつ道具の利便性によって自分たちの仕事がなくなると思ってしまった。それも自殺者数増加の原因の一つ……なんて報じている週刊誌も、当時はありました。
ひみつ道具といった新たな革命に対して期待と不安が半々の時代の感覚が現代人に通じるかは分かりませんが……


とにかく、原因が何なのかはともかくとして……自殺者数が増加しているのは事実だった為、政府も対策をとるために自殺対策計画委員会(以下、自対会)を設立、新たな対策を考えることとなりました。


それまでも自殺は発生していたので、対策自体は今までも勿論取っていました。といっても、その対策というのが基本的にはカウンセリングとかの人為的補助メンタルケアであり、それ以外の対策はあまり多くないのが現状でした。まぁ、当時の技術力や人件費では出来ることに限界はありましたしね。


自対会もメンタルケア等の心理的対策以外の方面、つまり自殺自体不可能な状態にすればよいのでは?という方法をとろうとしたのですが、残念ながらあまり上手くはいかなかった。自殺には様々なパターンがあり、その全てを物理的に不可能[※1]にするのは実現的ではなかったということです。

そして委員会発足から約9ヶ月、遂に対策案が発表されたんです!
しかも心理的だけでなく、物理的にも自殺数を減らす画期的な発明が!!遂に出来たのです。


それが2031年、自対会から販売された「いやなことヒューズ」になります。


※1 物理的に不可能
自殺で一番多い方法は服毒だったのだが、薬の厳重な取り扱いをより徹底して対策をとった。また、海や池へ近寄る際は食用浮き輪が義務化(現在はテキオー灯)とする運動もあった。と、ここまで対策をとっても首つりや刃物で自らを刺す等があるため不可能だったと伝えられている。
因みに飛び降り自殺はこの頃には既にタケコプター実用化に向けて対策が練られていた為、上空からの落下が対策されていた。

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この「いやなことヒューズ」の画期的な自殺対策方法とは、今までの「自殺をなんとしてもさせない」とは全く逆の発想、「自殺はしてもいいけど生き返らせる」という方式にしたことでしょう。


「いやなことヒューズ」は只の小型なヒューズではなく、小型生命維持装置や扁桃体読取装置が組み込まれたひみつ道具でして……まだひみつ道具の使い方も凄くシンプルでした。
なんと首の後ろにつけるだけ!ボタン等もなく誰でも簡単に準備ができるのです。
先ほど言った扁桃体読取装置が自殺へのトリガーとなります。扁桃体は脳内に位置する人間の感情にかかわる箇所でして、ここからマイナス的な感情……恐怖やストレスに近い感情を読み取ると、自動的にヒューズが起動します。


ヒューズが起動すると強制的に脳に指令を出し、使用者の心肺を停止させます。まぁ、皆さんご存知の通り……本来なら心肺停止したら死んでしまうわけなんですが、ヒューズ内の生命維持装置が作動して心肺の代用をしてくれます。なので本当に死ぬわけではなく、疑似的な仮死状態[※2]になるわけです。(この疑似仮死状態はもう少し専門的な技術がかかわるのですが、今回は割愛します)
そして疑似仮死状態から15分後、改めてヒューズから指令を出し、元の心肺を動かし生き返ります。
この装置により、嫌なことが発生した際に15分間だけ自殺が可能となり、実際の自殺をする必要がなくなる……という狙いです。


そしてその狙い通り、なんと日本の自殺者数は低下していったんです!

※2 疑似仮死状態
臨死体験をしている状態。本来の仮死状態は生き返って初めて仮死状態となるため、このような仮死状態はコールドスリープ等に近い。因みにこの装置(RomeO-JuliZ)は現在まで「いやなことヒューズ」でしか使われていない。

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「いやなことヒューズ」は「自殺」というネガティブなワードを名前にあえて付けなかったこともあり、もしくは「現実逃避」を求める人が多かったのか当時の大ヒット商品となり、人々はこぞって首の付け根にヒューズを付けていました。
「いやなことヒューズ」の箱買いも多く発生しました。「いやなことヒューズ」は使い捨て品[※3]が多かったので、皆こぞって行列を並び、大量に現実逃避のタイミング、チャンスを買っていったのです。凄い時代ですよね。


ところで、「いやなことヒューズ」は作られた時代が時代なのでフルメタルが使用されていないタイプでして、ひみつ道具職人以外でも作ったり分解や改造をすることが比較的容易でした。
それもあって発売から数ヶ月経ったころ、「いやなことヒューズ」の……まぁ改造品というのが多く出回り始めました。
正直、ひみつ道具関係者の多くが読むことを想定されているものに掲載されるコラムで「改造」というタブーに近い話題について触れたくはないんですが……歴史の一つではあるので、ご了承下さい。この頃は残念なことに違法改造品という話は珍しい話ではなかったんですよ。ひみつ道具と一般の機械との差があいまいで、普通のメカニックの延長線上としてひみつ道具の改造も出来てしまうんです。ただ、この「いやなことヒューズ」の改造品は今までの改造品とは異なることがありました。


それは今までの改造品と違って「いやなことヒューズ」の改造品はバカ売れした、という点ですね。


この頃のひみつ道具の違法改造品は、出力を上げたりちょっと機能を変えたものが大半でした。認定を受けていない加速装置を入れた通常の50倍速度のでるタケコプターとか、特殊な生成をしたドライライトを入れたりした16777216色に光る月光灯とかですね。ただ、普通に暮らしている人にのって50倍の速度も16777216色もいらないのでそんなに売れなかったんです。
「いやなことヒューズ」の違法改造品はそこが異なっていて、人が求めている機能が入っていたんです。
それは、15分以上の疑似仮死状態です。


「いやなことヒューズ」が生命復帰までの時間を15分としているのは仮死状態が長すぎると周囲の人に迷惑をかけてしまう可能性が高いというのと、当時の倫理観で許されるギリギリの時間として設定されています。
生命維持装置も現状のサイズで15分がギリですし、どうやっても仮死状態からの復帰時間は長ければ長いほど成功確率は低くなってしまいますからね。

ただ、実際仮死状態になった人はだんだん感覚がマヒしてきて15分じゃ足りなくなってきたんです。

「15分経っても上司が怒っている。せめて3時間くらい死んでいたい」

「俺の辛さは15分じゃ賄いきれない。せめて14時間は死なないと無理」

と。人々はより長い、心をいやすための自殺期間をご所望だったのです。


違法改造は凄く楽でした。流石に時間が長くなると生命維持装置を大きくする必要が出てき始めるので最初より大きくなりはしましたがそれでも大豆一粒の大きさでなんと3日まで[※4]は仮死状態になれるように技術は進歩したらしいです。らしいというのは、違法改造なので正確な情報がないからですね……もっと長期間のがあったという情報をお持ちの方は当館でお話をお伺いいたします。勿論、非公式ですが。

※3 使い捨て
23世紀以降は滅多に見なくなった使い捨てひみつ道具。「いやなことヒューズ」は後に違法改造品に対抗する意味も込めて複数回使えるタイプが出たのですが、そこまで売れなかった。理由は複数回使用するタイプの人間は仮死状態になるのを一種の癒しとしてしまっている方が多かった為、仮死状態からの復帰というのがショックとなり再び仮死状態となってしまうから。

※4  3日まで
因みにこの3日というのは心肺を3日まで持たせられるというだけであり、栄養素等の補給が別途必要となる。

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なにはともあれ、非公式品とはいえ3日間も仮死状態が可能な製品が普通に手に入ってしまう世の中になったわけですが……まぁ大変なことになるのは皆さん分かりますよね?


2031年、あちこちで疑似仮死状態で倒れている人がいる状態になりました。右を観たらベンチで人が仮死状態。左を観たら地面に突っ伏して人が仮死状態。空ではタケコプターで仮死体が飛んでいる。

全部仮死状態とはいえ、薄気味の悪い日々が続いていまったんですよね。予想以上に、人間って不安を抱えながら生きているので。明確に「大丈夫」な逃げ道が用意されてしまったら逃げてしまうんですよ。

また何が怖いって、この状態がしばらく続いたからみんな慣れちゃったんですね。町中に仮死状態の人が大勢いることに。あぁまた仮死状態の人だ。仮死するにももうちょっと道の端っこでなってほしかったなぁ……でもまぁしょうがないか、つらかったんだろうし。そんなことをみんな思ったりしながら普通の生活をしたんです。


自対会も数ヶ月経って発生したこの現状を何とかするよう、商品回収をしようとしたのですがそれはそれで多くの反対がありました。

ただの仮死志願者だけならいいんですがそうもいかなかった。
何故なら「いやなことヒューズ」はちゃんと結果を出していたからです。
自殺者は減りましたし、実は犯罪率も低下していました。ほぼほぼ全ての人が仮死状態でストレス発散していたので社会がよりよくなってはいたんです。それに比べたら仮死体がいっぱい落ちてるのはどうでもいいんじゃないか、と。だってもう一般市民は迷惑とも感じなかったんですから。万が一迷惑だとしても……それは場所をとるとかだけなのでそれ専用のスペースを用意すべきだ、と。


結局のところ、「いやなことヒューズ」は販売中止という手段をとりました。回収するには遅すぎた……といったところなんでしょう。自対会も解散し、現存する正規の「いやなことヒューズ」も減っていきました。


一応、これは心配している人もいるかもしれないので記しますが……「いやなことヒューズ」回収後、自殺者数は増えなかったそうです。どうやら仮死状態を繰り返して逆に現世の良い点を理解したから……という話がよく後世には残されていますが……本当のところは定かではありません。ただ、この仮死ブーム[※5]が終わり、逆に生きることへの喜びを感じ取れたならよかったのかなと私は思います。本当に、そうならね。


最後に、自殺者数と毎年同時に発表されている数値を記して本日のコラムを終えようかと思います。




[2314年現世現代行方不明人数[※6]:24172人]




つづく

※5 ブーム
流行のこと。
仮死ブームの後は古物商ブームが起き、その後はツチノコブームが起きた。


※6 現世現代行方不明数
タイムマシン等を利用しタイムスリップし、1年以上行方が分からなくなった人や「もしもボックス」で異なる世界へ旅立って1年以上元の世界に戻ってきてない人数。
もしもボックスの場合、入れ違いでこちらに来る同姓同名同遺伝子の人間が来る場合があるが、それらを除いた人数は自動的に「死亡」扱いとなる。

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