DB芸人セル(スタジオカドタ)恐怖のオリジナルサウンドノベル「カドタたちの夜」生朗読〈書き起こし〉【前編】
はじめに
動画はセルの朗読の面白さにフォーカスされていますが、ベジータが作ったオリジナルサウンドノベル「カドタたちの夜」が、作品としてクオリティが高いので書き起こしてみました。
書き起こし
・・・もう、どのくらい経っただろうか。5時間?6時間?いや、半日以上経過しているかもしれない。
幸い、尿意や便意はなかったが、空腹だ。
明け方にチョコレートとルイボスティーを口にして以来だから、ノドもカラカラだ。何故だか無性にピルクルが飲みたい。
永遠に続く暗闇、頭の中に鳴り響くバクオン。いい加減、神経がすり減ってくる。
もう何周しただろうか、ELLEGARDENだかMAN WITH A MISSION辺りのロックサウンド。
持ち主のシュミだろう。
視覚と聴覚。互換のうち、二つを断たれるというのは、こうも不安になるのか。
…誰かに手を引かれて、ゆっくりと歩いている。
せめてこの手は、女性のものであってほしい。
…音楽が止んだ。
と同時に、歩みも止まった。
耳に付けられていたヘッドフォンが取り外される。
「…お疲れさまでした。アイマスクを外していただいて結構です。」
言われた通りにアイマスクを外し、ゆっくりと目を開く。
ああ。目の前が真っ白。まぶしい!
数時間ぶりの光。当然の反応だろう。
とりあえずここが屋外で、今が夜じゃないことは分かった。
「お疲れさまでした。」
ラフな格好をした、眼鏡の男。
声では気付かなかったが、一度打合わせをしたことがあるディレクターだ。
「おひさしぶりです。ディレクターの海江田です。」
「イヤ、何すかコレ?」
何かのドッキリだということは分かるが、あまりに情報量が少ない。
無表情のまま、ディレクターが答える。
「今から角田さんには、この館で、ケッコンする相手を見つけてもらいます。」
「・・・はああ!?」
カドタたちの夜
改めまして、私の名前は角田達矢。平たく言えば、売れてないピン芸人だ。
芸人としての活動としては月に数回、ライブやオーディションが入るくらいのもので、ディレクターの海江田とは去年、若手芸人vs警察犬リアルケイドロという深夜番組の企画で面識があった。
その時も適当な説明で若手全員が混乱していたのを覚えている。オンエアも2~3分、ヒドイ仕事だった。
当然、今回の事も何一つ聞かされていない。
今日から三日間、先パイのイベントのスタッフとしてスケジュールを空けておくよう事務所から言われていただけだった。
そして今朝、自宅で準備をしていたら急に押しかけてきたスタッフにハイエースに乗せられ、こんなわけのわからない場所まで連れて来られたのだ。
大体、館って何だ。誰の家だ。
海江田は私を残して行ってしまった。とりあえず、中に入るしかない。
今度は一体何の番組だろう。テラスハウスみたいなこと?TVじゃなくてYouTubeだったら嫌だな。
他に芸人はいるのだろうか。ケッコン相手を探すって、女芸人だったらどうしよう…。
まあゴチャゴチャ考えても仕方ない。入るか。
「来た来た!」
「わあ、本物…♡」
「え、どうしよ、まだ心の準備が…」
玄関開けたら0分で女。
しかも三人。多分面識はないけど、結構可愛いぞ。
「あ、はじめまして…角田と言います。今回は、その~…」
何を言えばいいのか分からなかったが、ちょうど自分の言葉をかき消すように、一番の右の女性が元気よくしゃべりはじめた。
「ハイハーイ、じゃあ私から!馬場園美穂、21才、歯科衛生士やってまーす!」
真ん中の女性が続く。
「はい、えっと、安達薫です。年は25才、職業はWEBデザイナーです。」
そして一番左。
「…比嘉愛花、石垣島でダイビングインストラクターやってます。」
「ああ、はい…よろしくお願いします…」
「え~何かテンションひくくないですかぁ?もしかして私達、外れとか?」
右の娘…見穂ちゃんだっけ?が、からかうように効いてくる。
「やめなよ、まだ着いたばっかりで、分からないことばっかりですよね?」
真ん中の娘、薫ちゃん?がすかさず間に入ってくれる。
「とりあえず、お水でも飲んで一息ついた方が…」
左の…何だっけ、オキナワっぽい娘が続く。
そう、色々聞きたいことはあるが、とにもかくにも、ノドがカラカラなのだ。
「あ、そうさせてもらえると助かります…。」
「じゃあ私案内しますね!」
見穂が名乗りを上げる。
「・・・せーのっ!ようこそ、カドタハウスへ♡」
カ、カドタハウス…!?
「ハイ、とりあえず、お疲れ様でーす。」
リビングに案内してくれた見穂が、水を手わたしてくれた。
ペットボトルではなく、洒落た緑のビンに入った水だ。よく冷えている。
…ゴク、ゴク、ゴク…
…嗚呼、美味しい!!
緊張から解放され、数時間ぶりの水分。ただの水なのに、甘みすら感じる。体全体がスポンジになったように、一気に染みわたる。
「アハッ、飲むの早~い!」
見穂がキラキラした目でこちらを見ている。積極的な娘だ。
「いやー生き返った!」
そう言うと私はソファーにドカッとこしを下した。
「カドタさーん、お腹は減ってないですか?」
先程の二人がおくれて部屋に入ってきた。
「ああ…えっと…」
「薫です。」「比嘉です…」
「ああ、ごめんなさい、まあお腹は減ってますけど、それよりまずは状きょうを整理したくて…」
「そうですよね。
三時半になったら他の子達も下りてくるんで、後10分くらいですけど、ゆっくりしてて下さいね。」
他の子?他にもいるのか…。
後、今は三時過ぎだったのか。
私は壁に掛けられた時計をチラッと確認すると、ゆっくりと目を閉じた。
「…ドタさん、カドタさん。」
「…んっ!」
一瞬目を閉じただけのつもりが、寝てしまったようだ。
「起こしてゴメンなさい、移動、大変でしたもんね…。」
薫が心配そうにこちらをのぞき込んでいる。
「いや失礼、ちょっと気がぬけちゃって…」
見わたすと、女性が二人増えているのに気付いた。
「ええと、そちらは…?」
「え~と…はじめまして、じゃないんですけど、私のこと憶えてるかなぁ?」
「…あっ!確かライブに何回か来てくれた…」
「ハイ!伊織です♪」
髪型が変わっていたのですぐには分からなかったが、ライブの出待ちで2~3回話したことがある、数少ない私のファンだ。
「ええ~っ、憶えてもらってるんだ!いいなぁ。」
見穂がふくれっ面をしてみせる。
「でもそんなにお話したわけじゃなくて、下の名前くらいしか知らないですよね?
篠宮伊織、神奈川県に住んでて、今は休職中です。シュミはもちろん、お笑い鑑賞です♪」
すかさず、もう一人が入ってくる。
「ア~、私モ、ジコショウカイシテ、イイデスカ?」
外国の人までいるのか?
「私ハ、イギリスカラ来マシタ、名前ハ、シャーロット・フィリップス、都内デ英会話スクールノ先生ヲシテイマス。カドタサン、トッテモ面白イデス。」
…どうやらみんな、私の事は知っているらしい。
と、いうことは、今回の事も理解した上でここにいるのだろうか。
「あの~みなさん、ここで何をするかご存じなんですか?」
伊織が笑いながら答える。
「フフッ、ご存じですよ、だってここ、カドタハウスなんですよ?」
いや知らんしこんな家。
誰が名付けたんだカドタハウスなんて。
「それはつまりボクの…」
「おヨメさん、でしょ?」
見穂が上目づかいで答える。あざとい子だ。
薫が少し照れながら続く。
「というか私達、カドタさんとケッコンしたくて集まってるんですから。」
「ええっ!?…比嘉さんも?」
「…ハイ。あのっ、よかったら比嘉じゃなくて、愛花って呼んでほしいです…」
化粧っ気のない、少し日に焼けた顔が真っ赤になっている。見かけによらず、シャイな子だ。
「じゃあえっと…確かイギリスの…」
「シャーロット・フィリップスデス。
モチロン、私カドタサン、ダイスキヨ♡」
さすがイギリス人、一切照れることもなく、私に向かって投げキッスをしてみせた。
この人は私とケッコンしたら、シャーロット・カドタになるのか…
それとも私が、タツヤ・フィリップスに…
そんなことはどうでもいい。
こいつは大変だ。モテモテじゃないか!
ハッキリ言って、外れなんて一人もいない。
付き合うならだれでもいいくらいだが、ケッコンとなるとどう選べばいいのか。
そもそもこんな企画のノリで決めるようなことか?
彼女達はそれで幸せになれるのか?
「じゃ、とりあえず第一印象は誰とかあります?」
見穂が身を乗り出してくる。
「見穂ちゃん、流石に聞くの早すぎるよ。」
落ち着いた印象の薫は、冷静なツッコミ役がよく似合う。
「え~?第一印象ってそんなもんじゃないの?」
「でも私、まだ全然話せてないし…」
「それは愛花ちゃんが消極的だからじゃん。」
闘いはすでに始まっている。ここでは全員が主役である私をうばい合うライバルなのだ。
「まあまあ、せっかくだし仲良くしようよ。」
伊織が間に入る。
「YES!LOVE&PEACEネ!」
シャーロットは常にニコニコ笑っている。
「じゃあ私、紅茶入れるね。シャーロットちゃん、冷蔵庫にシュークリームが入ってたから、用意してもらえる?」
「OKイオリ、イッツティータイム♪」
シャーロットが言い終わった絶妙なタイミングで、私の腹が鳴った。
「えっえっ、ちょっと待ってwww」
見穂が噴き出す。
「カド兄流石すぎー!」
みんなが一斉に笑い出した。
ナイス、私の空腹。
全員で、1時間ほどお茶をしながら色々としゃべった。
これはあるテレビ番組の1コーナーで、何の番組かは秘密らしい。
この館…カドタハウスで女の子達と過ごし、三日後、その中でケッコンしたい相手を一人選んで告白しないといけないそうだ。
全く…何の番組か見当も付かないが、こんな知名度のない芸人が主役の恋愛企画なんかで、視聴者は喜ぶのだろうか。
とりあえず、候補の女の子達の情報をおさらいしておこう。
馬場園見穂、21才、歯科衛生士。
背が小さくて人懐っこく、周囲の男達を勘違いさせてしまう小悪魔タイプだ。
顔は、若い時のmisonoに似ている。
積極的な性格で、今のところ、一番よくしゃべっている。
思ったことはズバズバ言い、細かいことは気にしないように見える。若い割に、交際人数も多いらしい。
シュミはお酒とゲームで、私のことは先パイ芸人とやっていた、デッドバイデイライトというゲーム配信で知ったそうだ。
シンプルに、私の顔が好みだと言う。
安達薫25才、WEBデザイナー。
現在はフリーランスで、私が所属している吉本興業の仕事を受けたこともあるそうだ。
担当者の対応が雑だったと笑っていた。
穏やかでしっかり者の印象で、見た目は少し、松井珠理奈に似ている。
過去に同姓経験があるが、相手がギャンブル狂で借金があったらしく、一年もしない内に別れてしまったそうだ。
在宅での仕事が多く、私の配信をラジオ代わりに聴いていると言う。
私の声と、視聴者に優しい所が心地良くて好きらしい。
比嘉愛花、31才。
石垣島でダイビングのインストラクターをしている。
今はオフシーズンで休みを取りやすいらしい。
スラっとした体型で、オキナワらしい、目鼻立ちのハッキリとした顔。
髪型も相まって、安室奈美恵によく似ている。
性格はクールというよりは奥手で、恋愛経験も少ないそうだ。
人見知りで、仕事以外で人と話すのが苦手らしく、これくらいしか聞き出せなかった。
篠宮伊織、29才。神奈川県在住。
現在は休職中、前の仕事はエディター、つまり雑誌の編集で、自分の時間が取れないから辞めたそう。
この中ではただ一人、面識があった。
仲里依紗を思わせる、ちょっと個性的で明るい子だ。
元々お笑いが好きで、東京03、空気会談、男性ブランコ辺りのコント師から、あばれる君、サンシャイン池崎のようなピン芸人まで、自分が面白いと思ったら、とにかく生で観たくなるらしい。
DB芸人も好きで、中でも私の天然なところと、独特なリズムネタにハマったそうだ。
これは、ほめられているのだろうか…。
シャーロット・フィリップス、都内で英会話スクールの先生をしている。
年は27才でイギリス出身、日本に来て8年ほど。
いつも笑顔の、金髪でグラマラスな女性だ。
日本のアニメが好きで、たまたまYouTubeで私が出ていた地方のロケ番組を見つけたらしい。
信じられない事に、私が出ている動画で日本語の勉強をしていた時期があるそうだ。
自分で言うのも何だが、間違えて覚えてないか不安になる。
カラオケも好きで、休日は1人で5時間以上、アニソンを歌いに行くこともある。
将来は北海道で庭付きの広い家に住みたい、子どもは3人以上欲しいなどの希望を一方的に言われた。
…とまあ、こんなところだ。
嫌な印象の子は一人もいないが、まだ出会って二時間も経っていない。
時間が経てば、少しずつ本性も見えてくるだろう。
何せ三日しかないのだ、こちらも変に気を使わず、真剣に選ばせてもらう。
さて…夕飯まではまだに時間近くある。
私はひとまずシャワーを浴び、薫に自分の部屋として用意されている、二階の一番端の部屋に案内してもらった。
中を少し歩いて分かったが、かなり広い館だ。
着の身着のまま連れて来られたわけで、財布もスマホもない。
部屋には三日分の着替えだけが置かれていた。
それにしても、ずい分立派なダブルベッドだ…。
余計な想像をしてしまう。
しかしこれは、あくまで番組の企画なのだ。
至る所に隠しカメラが仕掛けられているに違いない。気を付けねば。
部屋のドアがノックされた。誰だろう。
「どうぞ~!」
「失礼しまーす。」
ディレクターの海江田だった。
まだこの辺りにいたのか。
「どうすか、女の子みんな可愛くないですか?」
ノリは軽いが、相変わらず無表情で感情が見えない男だ。
「まあそうですけど、これマジでケッコンするんですか?」
「嫌ですか?」
質問を質問で返してきた。
「嫌とかじゃなくて、急に言われても混乱しますよ。しかも三日で決めるんですよね?」
「彼女達は本気ですよ。ちゃんとオーディションして選びましたし。この企画に参加するために仕事辞めた子だっているんですよ。」
伊織の事だろう。
選ばれなかったらどうするつもりなのか。
大体、ケッコンしたところで、私に二人の生活を支えるだけの経済力はない。
「まあ私もいい年ですし、ちゃんと前向きに考えますよ。」
「期待してますよ角田さん、絶対これで売れますから。」
最早、この男に何を言われても半信半疑だ。
再び部屋のドアがノックされた。今度は誰だ。
「ハイ…?」
正直、少し面倒くさくなっていた。
三日しかないとは言え、フロやトイレ以外にも、もう少し一人で落ち着く時間が欲しいものだ。
「アレッ?晋平さん、いたんだ?」
見穂だった。海江田のことを晋平と呼んでいるのか。
「どうしたの?」
「晩ご飯まで時間あるし、二人で話したいな~と思って!」
「ああ…じゃあボク、邪魔になるんでおいとましますね。見穂ちゃん、ガンバって。」
そう言って海江田はそそくさと退室した。近くに宿でも取っているのだろうか。
「すごーい、立派な部屋!」
見穂はそう言うと、ベッドに座り込んだ。
「そ、そうだね…」
私は、何故だか少し緊張してきた。
「どうしたの?タッちゃん。」
タッちゃん?急な呼び方だ。
「いや、ワシャ双子の交通事故で死ぬ方か!」
私は、勢い良くツッコむことで緊張を誤魔化した。プロの技術だ。
「…それ、カッちゃんの方じゃない?」
しまった。見穂の方が一枚上手だ。
「やっぱ最高~ww裏切らないもん!」
見穂がケタケタと笑う。くやしいが、私は基本的に、こういう笑いしか起こせないのだ。
「そ、その、見穂ちゃんは、まだ若いのにケッコンしたいと思うの?」
私は苦しまぎれに質問した。
「見穂、でいいよ。」
キョリの詰め方が絶妙だ。
「もしくはミポリン。」
また来た。
「いやそれ、昔いた、女優の、中島…」
「中山ね!しかも昔って失礼すぎない!?あ~可笑しいww」
完敗だ。あ~くやしい。
笑いすぎて涙をぬぐいながら、見穂が話を続ける。
「あー、こんな人といたら毎日楽しいだろうな~。」
くやしいが、確かにそうかも、と思ってしまった。
「…ねぇカド兄、そんな小さい椅子に座ってないで、こっち座ったら?」
見穂が急に声のトーンを変え、私に向かって手招きしてきた。
もう片方の手で首元をパタパタと仰ぎながら続ける。
「何か熱いな…上、脱いじゃおっかな~。」
何かあからさまな…
この子、本当に21才か?
「い、いや、俺はここでいいから」
私は明らかに声が裏返ってしまった。見穂にも緊張が伝わってしまったことだろう。
「カド兄ってさぁ、意外とピュア?」
見穂がクスッと笑う。
完全になめられている…。
私だって、若い時は凄かったのだ。
何といっても元ナンバーワンホストなんだぞ。ここは大人なところを見せておかないと。
「いや…そうじゃなくて、カメラもあるだろうし、あんまり、ホラ…」
「私はいいよ、別にカメラあっても。」
冗談のトーンではない。彼女は本気で今、ここで私を口説き落とすつもりなのか。
「…見穂ちゃ~ん、見穂ちゃん、いる~?」
部屋の外から、薫の声が聞こえてきた。
「あ、ごめーんカオちゃん、今行く~!」
見穂が部屋の外に向かって大きく返事をする。
「実はみんなで晩ご飯作ろうって言ってたのをぬけて来たんだ、ゴメンねカド兄…」
今度は小声で私に告げる。
「…私の部屋、三階の、階段から二番目に近い部屋ね…」
何故、私に部屋の位置を教えたのか。
「じゃあ、また後で続きしよーね、カド兄♡」
見穂は私のホホに軽くキスをすると、足早に部屋を出て行った。
ふう…。いやいやいやいや、これはしんどいぞ。
これがプライベートの旅行ならウハウハ、はっきり言って入れ食い状態だが、私はクロちゃんのようなクズキャラでもない、ただの無名芸人。
そんなことをすれば、炎上どころかお蔵入りだって有り得る。
私にだって、理性というか、ガマンの限界というものがある。
昼過ぎでこの様子だと、夜は一体どうなってしまうのか…。
とりあえず、頭を整理するためにも、晩飯までひとねむりさせてもらおう。
もう誰も起こしに来ないでくれよ…。
午後七時。
ひとねむりすると、丁度晩飯の時間だった。
一回に降りてダイニングに入ると、テーブルの上にはすでに豪勢な食事が並んでいた。何だか王様になった気分だ。
「凄っ!これ、みんなで作ったの?」
「そうですよー、私はあんまり何にもしてないですけど!
愛花ちゃん、すっごい料理上手なんですよー。」
何故か伊織が得意気に答える。
「冷蔵庫にたくさん食材入ってたから、張り切っちゃいました…」
愛花が恥ずかしそうに答える。意外と家庭的なんだな。
「私モガンバリマシタ!イギリス、ゴハン美味シクナイナンテ言ワセナイデス!」
シャーロットも負け時とアピールしてきた。愛国心があるのはいい事だ。
「シャーロットちゃんもホントスゴイの作ったよねー、アレ食べたらビックリすると思う!」
これは期待できそうだ。
「いいから座って座ってー!冷めない内に食べよ。」
見穂が着席をうながす。おそらく、他の女の子の株が上がるのが嫌なのだろう。
「カドタさん、飲み物どうします?ビール?ワイン?日本酒もありますよ。」
薫が気を利かせてくれる。
元ホストのくせでついつい気にしてしまうが、彼女達はこういう細かい所でも掛け引きをしているのかもしれない。
「うーん、ソフトドリンクにしようかな。オレンジジュースあります?」
というのも、こんなハーレム状態でアルコールを入れてしまうと、理性を保っていられる自信がないからだ。
「ありますよ~。」
薫は慣れた手つきでグラスに氷を入れている。
飲食で働いていた経験もあるのだろうか。
「…ハーイ、お待たせしましたー。」
準備が整ったようだ。
「せーのっ!いっただきま~す!」
先程のお茶もそうだったが、こんな人数でワイワイ食たくを囲むなんて、いつぶりだろうか。
腹はペコペコだ。私はとりあえず、目の前にあったブタのカクニを一口ほおばった。
「…う、美味っっ!!滅茶滅茶味染みてるし、ホロホロ、トロットロ!」
予想をはるかに超えてきた。私は思わず白飯をかき込んだ。
「よかったぁ…これ、おばぁ直伝のラフテーなんです。」
愛花がホッとした表情を見せる。うーむ、これはポイント高いぞ。
「ね?愛花ちゃんスゴイでしょ~?」
伊織は自分のアピールをすることもなく、食事を楽しんでいるようだ。
「コチラモドウゾ~!」
次はシャーロットのターンだ。目の前に見たこともない料理が乗っている。牛ニクらしきものが、何かに包まれている。卵?
「…いただきまーす。」
ナイフを入れると、サクッとした触感。これは、パイ生地だ。一口大に切り、そのまま口に運ぶ。
「コレも美味っ!!外パリッパリで中ジューシー、ソースも高級感あって、初めて食べる味だわ!」
「VERY HAPPY♪コレハ、ビーフウェリントント言ッテ、イギリスノ特別ナ料理ナノデス♪」
シャーロットはダンスでも始めるような勢いで喜んでいる。
思わず、たわわな胸元に目がいってしまう。
するとトツゼン、見穂が椅子を倒す程の勢いで立ち上がった。
「どうしたの?見穂ちゃん?」
薫が驚いた顔で尋ねる。
見穂に笑顔はない。
「別に…ちょっと部屋で休んでくる…」
見穂はそう言うとスタスタと出て行ってしまった。
「えっちょっと待ってよ見穂ちゃん、具合でも悪いの?ねえ!」
思わず薫が追いかけようと席を立つ。
「放っといたほうがいいと思うよー。」
伊織が薫を制する。
「伊織ちゃん…」
薫は困った表情だ。
伊織は静かに続ける。
「見穂ちゃん、他の子がカドタさんにほめられてるのが気に入らないだけじゃないかなぁ。
ずっと思ってたけど、あの子空気読めないというか、協調性が足りないよ。」
「でも…」
薫は心配そうにキョロキョロと見回している。
「ご飯の準備も…全然手伝ってくれなかったもんね…」
めずらしく、愛花が自ら口を開く。
「他ニモ美味シイゴ飯、タクサンアリマス。温カイ内ニ食ベマショ♪」
シャーロットはあまり気にしてる様子もない。
私は…
A.薫と一緒に、見穂を追いかけることにした。
B.そのまま食事を続けることにした。
そのまま食事を続けることにした。
「とりあえず、一人にさせてあげてもいいんじゃない?
せっかくみんなが作ってくれたんだし、冷めない内に食べよっか。」
「…ゴメンカドタさん、私、やっぱり様子見て来る。」
そう言うと、薫は部屋を出て行った。
それがまさか、
あんな事になるなんて・・・。
【後編に続く】
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