書き散らしSS

病院の患者たちと話を聞きに来ている作家の話

「こうやって、この世にギリギリ指が引っかかっているみたいに生きてるとね、変なコトにも出会うんだよね」

 そう言ってOさん(仮名)は喉の穴と口からぷかりと煙草の煙を吐き出す。なんでも病気で若い頃に病気で喉に穴をあけることになったらしい。
 以前不便じゃないのかと聞いたが、息する穴が三つから四つに増えた程度で変わらんよとだけ返ってきた。
 
 ◯
 
「なんだい、変わった話?もの好きだねぇ、集めてんの?へぇ。じゃさぞやここは集め甲斐あるだろうね、お化け屋敷みたいなものだしサ」
 
 右目と口元以外を包帯で覆った彼女はそう言って紅を引いた唇と吊り上げる。
 
「じゃ、わかってンだろ。ほら」
 
 顔と同じように包帯を巻かれた本数足りない右手を差し出される。

「まったく鈍いねぇ。煙草だよ煙草。手間賃さ。まさかただで聞こうって思ってないだろうね」

 意図がわからずまごつく鈍い私に彼女は鋭い声を投げかける。
 それもそうかと煙草を一本彼女に差し出し、咥える煙草に火をつけてやる。今度は鈍くなかったらしく満足げに彼女は煙を吐き出した。

 ◯
 
 折り目をつけた紙の上に葉を置き、棒状になるよう何度か転がした後くるくると巻いていく。巻いた後に両端を軽く捻り止める。
 何度見ても手際がいいなと思わされる。今日日手巻きの煙草を吸う人は少なくなった。かくいう私もすでに巻かれている煙草しか吸ったことはない。
 そうやって巻いた煙草を口に咥え、マッチを擦り火をつける。そこに動きの澱みはかけらも無い。そこだけ見ていれば彼が盲目だと気付くのは難しいだろう。

「なんだいセンセイ、そんな見つめられちゃあ穴開いちまうよ」
 
 本当に見えていないのか疑ったのはもう数え切れないほどだ。

「いえ、手際よく巻くものだなと思いまして」
「そりゃあな!あんたがまだザリガニ釣って遊んでるような頃から巻いてるからね。指が覚えてんだ、目瞑っててもできるよ。つって目はもう潰れてんだった!」
 
 ここの人たちのこの手の冗談には困らされる。ここに通うようになってしばらく経つがいまだにどう返すのが正解なのか掴みあぐねている。
 気まずさを誤魔化すように私は知らない誰かの巻いた煙草を箱から取り出したのだった。
 
 ◯
 
 「ヤァ!外から人が来ているとは聞いていたが、あなただったか!」
 
 ここには珍しい快活な声が私を追いかけてくる。振り向けばそれはKさん(仮名)であった。

「まったく水くさい!来ているのなら真っ先に僕に声をかけてくれなきゃいやですよ」
 
 今でこそ少年のような笑みをたたえて私に駆け寄ってくる彼であるが、初めて会った時はそれはもう蛇蝎の如く嫌われていたはずなのだが、一体何が彼の琴線に触れたのやら。人とはあいかわらずわからないものである。

「今日もアレですか、取材ですか」
「えぇ、皆さんたくさんお話を持ってらっしゃいますから。まだまだ聞かせていただきたいので」
「それならセンセ、僕とっておきのが……」
 
 そう彼が勢い込んで話し出そうとした時、彼を探すよく通る声が聞こえてきた。おおかた回診の時間で見つからないKさんを探す医者の声だろう。
 その声が聞こえたであろうKさんに目をやれば、苦虫を噛み潰したような顔とはこういうものだろうというまるでお手本のような顔をしていた。

「呼ばれていますよ」
「聞こえてます。まったく、どうせ調べたって何も変りゃあしねぇのに毎日毎日」

 ぶつぶつと悪態をつくKさんの後ろ姿を何の気なしに見る。以前より襟から覗く絆創膏の数が増えているように見えた。なら変わりは無いということはないと思うのだが。

「センセイ!僕すぐ行って帰ってきますから、黙って帰っちゃいやですよ、分かっていますね。待っていてくださいね」
 
 私の方に振り返りそうまくしてて駆け出すKさんを見て、今日は長い一日になりそうだなと思ったのだった。

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