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暗黒期を経験した者として。

はじめに
「暗黒期の阪神タイガースは弱かったの?」と言われますが、みなさんが思っているとおりに弱かったです。
当時の野球ゲームで、阪神と巨人の試合やってみたんですが簡単に負けました。(小1が小6にケンカ挑むくらいフルボッコにされましたので、今は亡き祖父から聞いた「阪神と巨人の試合は小1と小6のケンカ」というのは事実でしたね。)
暗黒期を経験した者として、1998年の阪神タイガースで印象に残った試合を取り上げます。

1998年4月30日ヤクルト戦(神宮)
この試合は、前日敗戦投手の郭李建夫投手が一転して勝ち投手に。(郭李のリベンジ?)
なお、これから約20年後、埼玉西武移籍後にお世話になる辻発彦選手がヤクルトのユニフォームでホームランを打った試合でもあります。

1998年5月26日中日戦(倉敷)
この試合は、川尻投手のノーヒットノーランがありました。
引退後、新橋に店を開いているようなので、寄ってもらえると嬉しいです!

1998年6月20日巨人戦(甲子園)
この試合は、当時の阪神エース・薮投手が先発した試合。
ぼくのオカンは、このときスタメン出場していた元木選手をこれよりも前に香川でのオープン戦で偶然にも見かけたとのこと。

1998年7月7日横浜戦(大阪)
この試合は、「七夕の奇跡(阪神ver)」として語り継がれている試合。
それまで、今シーズン無敗の大魔神(佐々木主浩投手)から矢野選手が土をつけるサヨナラタイムリーを放った試合です。

1998年8月23日ヤクルト戦(大阪)
1日前に、元阪神監督の村山実さんが帰らぬ人になり迎えた試合。(ぼくも、喪章をつけてテレビを見ていました。)
今岡選手のサヨナラホームランで村山実さんに勝利を届けました。

1998年9月17日広島戦(甲子園)
8月の12連敗などで支持率が急落し、不信任案や苦情の電話がやってきた頃の試合。
山村投手が意地を見せて勝ち取ったプロ初勝利の試合でした。(現在は甲府工業でコーチをされているとのことなので、叶うならば智弁和歌山の中谷監督との「阪神OB対決」を甲子園でみたいかな。)

1998年10月4日広島戦(甲子園)
負ければ最下位決定の試合で、山村投手の魂のピッチングも打線の援護がなく、最下位決定戦に敗戦し最下位が決定した試合。。。
そのあと、世間の厳しい声を受け断腸の思いで全試合終了後翌日の10月13日に総辞職を発表するという形に。。。

総評
「見どころが少ない」と言われた暗黒期においてもよく見るとドラマを起こした試合はありましたね。
ここで負けを経験した選手は、のちの黄金期でも主力になったり優勝に貢献しています。
「このときの負けがあったからこそ、(ぼくも)阪神も、強くなれたんだ」と今でも思いますね。


終わりに
のちに、阪神復帰後2度の優勝を経験し、現在は埼玉西武に移籍したが移籍3年目で初の連覇を経験したかつしゅん。
今でも夢に描いている想いは変わらない。
「聖地・甲子園で(阪神タイガースさんと)一番を決める戦い(日本シリーズ)をしたい、辻さんの置き土産である埼玉西武日本一の夢を叶えるのが責務だと感じているので。」
かつしゅんは、新政権となる松井ライオンズを頂点に導けるか期待が高まっている。

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