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26歳の誕生日に入院しました

さて、初note投稿ですが、晴れやかなマニフェストでも、初々しい自己紹介でもなく、題名の通り、人生で初めて入院した記録として、(1)病気について、(2)院内生活について、(3)退院後の経過観察と回復、を、ささっとバババッと書いていこうと思います。
(記:2019年10月18日)

(0)発症

実際に体の異変が現れたのは10月9日、誕生日の前日なわけですが、その頃は寝ぼけて顔がまだ起きていないような違和感のようなもので、そのまま1日を過ごし、翌日起床して「やっぱりおかしいぞ」と思って病院に行ったら即日入院、という流れでした。
暇つぶしで口に空気を含んでほっぺを膨らませるのが僕の身体的な癖なのですが、朝起きたらそれが全力でできなくなっており、みるみるうちに顔の筋肉が動かなくなっていきました。お昼ご飯を食べるころには口に含んだお水がボロボロと漏れていくほどになっていて、「体の一部がどんどん動かなくなる」という恐怖感と焦燥感で、目にするもの全てが色褪せて見えました。結構怖かったのですが、その怖さとは裏腹に気持ちはかなり冷静で、(僕は現代の科学や医療の技術を過度に信じるきらいがあるので)「まあなんとかなるだろう」くらいのテンションで色々と調べていました。

(1)顔面神経麻痺について

僕がかかった病気、病気というか異変は、「顔面神経麻痺」と呼ばれるものです。「顔 麻痺」とかでググればすぐ出てくると思いますが、「神経麻痺」なんて名前がついているものですから、神経内科とかだろうと思って病院に行くと耳鼻咽喉科の先生が診察をしてくれました。
顔面神経麻痺とは、顔の表情を作る表情筋を支配する顔面神経が何かしらの理由で損傷し、自分の意思で表情を動かすことができなくなる病気のことです。皮膚や骨とは異なり、神経は一度壊れてしまうと再生しないようで、様々な神経麻痺から回復した例は、生き残った神経のネットワークの機能が強化されたものだと考えられています。(最近では、末梢神経の回復に関する研究も進んでいるようです。)
顔面神経麻痺の60%は原因不明で、全体で大きく分けて(1)中枢系と(2)末梢系の二つに分類されます。また、ひとくちに顔面神経麻痺といっても、表情筋は20個以上あり、麻痺の程度と範囲で様々な症状が見られるのも特徴です。

(1)の中枢系は、その名前の通り神経系の中枢に何かしらの異常が発生し、その異常が表出する際の症状として顔面神経麻痺を発症する、というもので、脳梗塞や脳出血、脳腫瘍など脳内での異変によりその他多くの症状と共に発症するものです。「神経系の中枢」という大雑把な書き方をしましたが、延髄と中脳の間に位置する「橋(きょう)」に存在する「顔面神経核」のことだそうです。

また、顔面神経核をから伸びる神経は、鼓膜に極めて近い場所を走っていることから、内耳に異変をきたした際にも顔面神経が侵される場合があります。

対して、(2)の末梢系は、神経系の中枢には異常が見られず、顔の表情を作る「表情筋」への信号伝達を担う神経そのものに異常がある場合です。これは、(a)ベル麻痺と(b)ハント症候群に分けられ、末梢系の顔面神経麻痺のだいたい75%ほどをベル麻痺が、残りをハント症候群が占めています。
(a)ベル麻痺は特発性顔面神経麻痺とも呼ばれ、これまた理由がわからないものが大多数だそうです。原因不明とされる60%の顔面神経麻痺がこれに当たるのか、もしくは他40%の顔面神経麻痺の原因として「ベル麻痺」という原因(?)があり、その原因の真の原因が不明なのかは、そこまで調べていないのでよくわかりません。2012年の記事では、人口10万人あたり年間20人〜30人程度がかかるとのことで、寒冷刺激、過度の飲酒、精神的ストレス、過労などが引き金となって発症するものが多いです。
(b)ハント症候群は、帯状疱疹ウィルスを原因とし、耳帯状疱疹を伴います。大きな後遺症を残す例も数多く、幸い僕はこちらではありませんでした。入院中、毎日の診察で先生が耳の裏を見て「ぶつぶつできてないね!」と手際よくチェックしてくださったのが印象的でした。

正確な数字を表した資料がどれも有料だったりでしっかりとデータを見ることができていないのですが、ばっと調べたところベル麻痺もハント症候群も特に性差はなく、年齢に関していえば、僕のケース(ベル麻痺)の発症は50歳代に多いといったところでしょうか。

僕の場合、耳介後部(耳の後ろあたり)の鈍い痛みを伴い、2日間ほどそれが続いたのちに顔面神経麻痺を発症しました。症状として、大きな音を聞いた時に鼓膜を守る役割を果たしている「アブミ骨筋」と呼ばれる筋肉の麻痺症状による聴覚過敏になっていたこと、味覚が鈍麻し、舌に痺れのような感覚が出ていたこと、閉眼が困難になっていたこと、口に入れた水分がこぼれ落ちることなどから、原因不明の神経損傷によるベル麻痺の疑いが強く、また、その症状も重いことから、診断から即日入院という形になりました。

さて、入院したものの、どう治療するの、というところで、神経損傷による顔面神経麻痺の治療法は、抗炎症剤(ステロイド剤)の大量投与によるものが一般的で、1日一回1時間ほどを点滴の時間にあて、あとは休養する、といった生活が「治療」でした。

余談ですが、看護師さんに「ステロイドめっちゃ打ってるから入院中に筋トレすればムキムキになれますかね」という話をしたら「なりません」という回答をいただきました。日常的な呼吸から摂取する窒素も筋肉にはならないことを先日知ったばかりなのですが、こちらもダメだったようです。ボブサップになれる日は一体いつなのか。

(2)院内生活について

僕みたいに「休養することが治療ですからね」と毎日看護師さんに釘を押されるような、命に関わらない病気を持った患者の病院内での生活はかなり平穏で、6時半起床、7時半の朝食まで読書、朝食後にまた読書、8時半に診察、10時半から点滴、11時半から入浴、12時半からの昼食まで読書、という読書三昧の日々で、これといって不自由はなく、ご飯も美味しく、パソコンも持ち込めないため毎日好きな本を読んで考え事をして過ごしました。一週間も滞在していると、日当たりのいい部屋で本を読みながら「ご飯まだかなあ」などとつぶやいてしまい、まるで猫にでもなった気分を味わいました。強制的に暇になる、というのはなかなか奇妙な体験だなぁと思います。
そういえば、かの有名な宮崎駿は、映画を一つ作り終えると山奥にこもって人間社会から離れて数ヶ月ほど過ごすらしいのですが、まさにそんな感じです。決定的に違うのは、山ではなく病院に引きこもっていることと、一本も映画を作っていないことです。

入院している人々は、特別なことがない限り、入院中の外出は基本的に許可されていません。そのため、僕のような症状の軽い患者さんが気分転換として来る「デイルーム」と呼ばれる日当たりのいい部屋があります。僕が入院していた病棟は重度の患者さんがかなり多く、デイルームに僕以外の誰かがいるというのは少なかったのですが、軽い症状の方が入院してこられたりすると、そこでひとしきり挨拶を交わします。
院内でのコミュニケーションは非常に興味深いものでした。名前や所属、職種などをお互いに開示し合うところから「さて会話をしましょうか」というステップに進むのが一般的なコミュニケーションかと思うのですが、デイルームで出会った方々は、時間帯に応じた一言に続けて「どこが悪いんですか?」と穏やかに聞いてくることがほとんどです。自分の病状もしくは怪我の説明をし、それが起こった経緯を説明し、どうやってこの病院まで来たのかという話をしていると、自然と身の上話というか、仕事も名前も関係のない話に花が咲きます。そんな会話を繰り返しているものですから、院内でお互いのことを認識しあっている患者さんたちは互いに「〜が悪い人」とか「〜で事故った人」とかそういう覚え方をします。(ただ、それを実際に口に出す場面は極めて少ないです。)

院内では、「ここにいる全員、誰もがどこかしらに問題を抱えている」という共通認識のおかげか、公共性のようにも感じられる妙な共同体の感覚が出来上がっています。電車の中で大声で不明瞭な会話をしている誰かを見るとどうしても「大丈夫かな」と考えてしまう僕でも、同じような会話をしている方々がデイルームに入ってきたときは、(良い意味で)特に何も思いませんでした。

(3)退院後の経過観察と回復

さて、無事に退院できたはいいものの、いまだに麻痺が残り、表情が思うように作れなかったり飲食が困難であったりします。一般的なベル麻痺は回復まで1ヶ月〜3ヶ月必要だそうで、6ヶ月以上続いてしまうと重い後遺症として様々な症状が残ってしまうそうです。
また、神経が間違った筋肉を支配してしまう、「顔面神経誤支配」という後遺症も存在するそうで、回復期に随意運動を繰り返してしまうと、生き残った神経が誤ったネットワーク構築をしてしまい、病的共同運動(目と口が連動して動いてしまう)や顔面の痙攣を引き起こしてしまうらしいです。
「損傷した神経は再生せず、ネットワーク機能が強化される」というようなことを書きましたが、この問題に対しては、「神経をどう再生させるか」という問いと、「いかに適切なネットワークを構築させるのか」という問いがあります。病的共同運動は、例えるならば、口を動かせという指令を送る神経細胞が、まぶたを動かす神経とネットワークを作ってしまうと、口を閉じているつもりなのにまぶたが動いてしまう、というものです。
2010年の日本顔面神経研究会の資料では、リハビリテーションの段階から随意運動を行うことに対して、その多くが病的共同運動を発症してしまうために「パラダイムの変更が必要」とし、それまでは随意運動もリハビリの一部とされていたことが読み取れます。何事も時代とともに進歩しているのですね。

参考:
慶應義塾大学医学部解剖学教室『顔面神経』:http://www.anatomy.med.keio.ac.jp/funatoka/anatomy/cranial/cn7.html
三井記念病院『耳の構造と鼻小骨の役割』:https://www.mitsuihosp-recruit.com/posts/20151215-medicalnote-okuno
久和孝ほか『顔面神経誤支配によるアブミ骨筋性耳鳴の1例』(1991年):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi1954/37/3/37_539/_pdf
日本神経治療学会『標準的神経治療:Bell麻痺』(2008年):https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/bell.pdf
日本顔面神経研究会『顔面神経のリハビリテーション技術講習会』(2010年5月):http://www.fnr.umin.jp/common/program/33-1-rehab.pdf
総合南東北病院『顔面神経麻痺について』(2017年11月):http://www.minamitohoku.jp/kouhou/kouhou201711_1.html
青森労災病院『抹消性顔面神経麻痺、特にベル麻痺について』(2012年10月):http://www.aomorih.johas.go.jp/guide/umineko/2012/10.php
羽藤直人愛媛大准教授『RamsayHunt症候群・Bell麻痺の疫学と診断』:https://www.maruho.co.jp/medical/famvir/pdf/seminars/04.pdf
船橋市立医療センター脳神経外科『顔面神経と顔面麻痺』(2003年1月):https://www.mmc.funabashi.chiba.jp/neurosurgery/files/Fac-07.pdf
市立三次中央病院『特発性顔面神経麻痺』:https://www.miyoshi-central-hospital.jp/pdf/section_medical_otolaryngology02.pdf
日本頭蓋顎顔面外科学会『顔面神経麻痺』:https://www.jscmfs.org/general/disease13.html

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